第18話 ナウマン教、誕生

 私たちは虹の都から風の谷へと戻った。帰ってきた私たちを谷は暖かく迎えてくれた。十数名の者が虹の都の街で兵士に捕まったようだ。私の妹のアマザエも。

 風の谷ではみんなが家をたくさん建てていた。虹の都から戻った私たちも生活の基盤を整えようと作業を手伝った。そして半年か一年ほど過ぎた。

「どうにかして、新しい土地を開墾していこう」

「屋根のある建物をもっと増やそう、雨露ぐらいはしのげるようにしておかなければ」

「谷のはずれの洞窟で、新しい穴が見つかったんだって」

「なんでも、化石が出てきたらしいな」

「谷一番の天才少年が言うにはよ、ナウマン象の化石だってよ」

「おお、あの博識な小僧か」

「ナウマン象のクローンをつくるとか言ってたなあ」

「そんなもんつくってどうすんだ? 明日の食料のほうが大事だ」

 化石? クローン? 天才少年って、あいつのことか? その少年に心当たりがあった。現場に行ってみると、化石を掘り起こしている少年がいた。

「ねえ、その化石から、生きたナウマン象をつくれるのか?」

「うん、僕の頭脳があれば可能ですよ」

「ナウマン象って、強いのか?」

「うん、もちろん強いよ」

「もし、ナウマン象のクローンをつくれたら、兵士を何百人も倒すことができるのか?」

「うん、もちろん。何百人どころか、何千人、何万人もの兵士を相手に戦えますよ」

 私はそれを聞いて、虹の都での出来事を思い出した。谷の者たちが受けた仕打ちを思い出し、怒りが込み上げてきた。虹の都の奴らに対する怒りが。そいつらだけじゃない、水の森や土の里や火の丘の奴らにも。復讐心に満ちた怒りが……。

「私と一緒に、戦わないか? 強い組織をつくって、水の森や火の丘、土の里と同じくらい強い国をつくらないか? 風の谷が二度と理不尽な目に遭うことのないように、私と一緒に戦わないか?」

「……んー……別にいいですよ。ナウマン象を復活させるのを手伝ってくれるのなら」

 それから少年と一緒に毎日化石を掘り起こした。少年は自分のことをドクターと呼んでいた。私よりも9歳年下だった。アマザエと同い年だ。少年も災害で家族を亡くしたらしい。時々、他国への憎しみを互いに口にしながら、しばらくの間掘り続けた。別の穴からナウマン象の体毛や内臓が、良い状態で見つかった。少年はとても喜んでいた。


 災害の後、川は濁ったままだった。ずっと不漁が続いている。こんな状況では、孤児を養う余裕など人々にはなかった。谷では孤児が増えている。森を切り開いて無理やりつくった畑で、私は粗末な小麦を収穫していた。近くの木陰でうずくまっている子どもがいた。10歳ぐらいだろうか。

「君は、孤児か? 行く所がないなら、私と一緒に来ないか?」

「食い物くれよ。おいら、今日は雑草しか食ってねえ。食い物くれたらついて行ってやるよ」

「ほら、これでよかったら食べて」

「団子? バナナとかないの?」

「今は団子しかない」

「しょうがないな。団子でいいや。まだあるなら、おいらの友達にも団子あげてくれない?」

「友達?」

「おーい、団子もらえるぞー!」

 藪の中から子どもが二人出てきた。

「ホントか?」

「おーっ、団子やんけ」

「君たち、家族は?」

「おいらたち、みんな孤児だ。洪水とか山崩れで、養父母が死んじまった」

「俺の養母は洪水で死んだ。水の森のせいだ。水の森が貯水池の水門開けっ放しにしたからだ」

「わても同じや。家族がおったら、こんな物乞いみたいな生活してへんかったやろな」

「ねえ君たち、私と一緒に、国をつくらないか? 強い国を。火の丘や水の森や土の里に負けないような強い国をつくらないか?」

「国? 風の谷のこと?」

「ああ。風の谷を強い国にするんだ。そして君たちのような孤児が二度と現れないような国を、私と一緒につくらないか?」

「ああ、いいぜ。飯食わしてくれるなら、おいらは手伝う」

「今は持ち合わせが団子しかないが、これからも食べるものに困らないようにちゃんと面倒を見ることを約束する」

「みんな、いいよな?」

「おう」

「君たち、名前は?」

「ない」

「ない? どうして?」

「俺たち、生まれてすぐに孤児になったから、本当の名前を知らないんだ」

「姉ちゃん、名付けてくれていいぜ」

「わてら、団子に釣られてついて行くんか。なんかおとぎ話みたいやな」

「おとぎ話か。じゃあ、犬、猿、雉、でいいか?」

「うん。じゃあ、こいつはバカだから、バカ犬な」

「何だと、じゃあお前は、クソ猿か」

「ほんなら、わてはアホ雉でええんか?」

「はっはっはっ、こいつは愉快だ。私はウマシカ、よろしく」

 そして、彼らと共に宗教を始めた。ナウマン象を復活させて、その力で大陸を統一し、差別のない世界をつくるという理念の下に、たくさんの信者が集まってきた。


 谷の長が使者を送って、捕らえられた者を解放するように虹の都と交渉していた。だがある時、谷に伝えられた。狼藉を働いたかどで投獄されていた谷の者たちは皆亡くなったということを。私は泣いた。涙が枯れるまで泣いた。唯一の家族だった妹も亡くなった。日に日に憎しみが募っていくのを感じていた。


 数年後、奇妙なことが起こるようになった。誰もいないのに声が聞こえてくるのだ。

「……聞こ……えるか……」

「……何だ?」

「……すごい……魔力……を感じる……」

「何だ? どこから聞こえてくる?」

「……魔界から……だ……」

「……」

「……お前の……魔力……欲しい……」

 幻聴なのか? 私はドクターに訊いてみた。ドクターは古文書を読んで原因を突きとめてくれた。数千年ぶりに、魔界と人間界との距離が近くなっているらしい。強い魔力を持つ私には、魔界からの声が聞こえるというのだ。モンスターをべる悪魔の声が。

「ウマシカ様、解けました。これで悪魔を召喚できるはずです」

「この魔法陣でよいのか」

「ウマシカ様の魔力があれば可能です」

「アブラカタブラ……カシマウハシタワ……」

 周囲が瞬時に闇になり、魔法陣から青白い光が漏れてきた。そして、その光は私と魔法陣を包み込んだ。その光の中に黒い生物が浮かんでいた。

「……ヒッヒッヒッ……」

「お前が、悪魔か?」

「そうじゃ、人間よ」

「お前はなぜ私に話しかけてきた?」

「わしは自ら人間界へ行くことはできぬ。お前の力が必要なのじゃ」

「私に力を貸してはくれないか」

「ならば人間よ、わしと契約するか?」

「ああ」

「わしに何を望む?」

「人間の世界を征服するのを手伝ってほしい」

「なぜ世界を征服したいのじゃ?」

「私は、平和な世界をつくりたい。そのためには世界を統一しなければならない」

「平和のために血が流れてもか」

「承知の上だ」

「ヒッヒッヒッ、狂っておるわい。ではわしに何をしてくれる?」

「何が望みだ?」

「人間の命」

「世界を征服するまで、大勢が死ぬことになるだろう。その命でよいか?」

「多くの人間の命など、いらぬ。わしが欲しいのは、お前の命。どうじゃ?」

「私の命でなければならない理由は?」

「お前の心は邪悪に染まりきっておるが、根源部分は善良じゃ。食ろうてみたい。何とも稀有けうな存在じゃ」

「……」

「それに、並外れた魔力を持つお前の魂を取り込めば、わしはさらに強くなれる」

「……わかった。世界征服が終わったら、私の命をお前に捧げよう。ただし、その後、全てのモンスターを人間の世界から消し去ってほしい」

「よかろう。契約は成立じゃ。お前の力で魔法陣からわしを引きずり出せ。わしは魔界で最高位のハエの悪魔じゃ」

 ハエの悪魔がナウマン教に力を貸してくれることとなった。世界を統一したら、私は死ぬことになる。何世代も、いや未来永劫風の谷の人々が幸せに生きていくことができるのならば、それもかまわない。

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