第8話 聖騎士に遭遇

 逃走したコニタンを追って、すぺるんは森の中へと入って行った。すぺるんは体力には自信があり、走るのも比較的速いと思っていたが、コニタンが自分よりもはるかに速く走れることに正直驚いていた。

「おい! コニタン、どこ行った! なんだあいつ、めちゃくちゃ足が速いじゃねえか! 何で森の中に逃げ込むんだよ! ホラー映画で速攻で殺されるようなキャラが取る行動だな、まったく」

 すぺるんは全力で走るのをやめ、コニタンの名前を大声で呼びながら歩き回ることにした。


 一方のコニタンは、相変わらず目に入るものにビビりまくっている。

「ひいいいいい! 鳥いいい! ひいいい! 木いいいいいい!」

 混乱状態に陥ったコニタンは亀のように鈍い足取りで、あっちにふらふら、こっちにふらふらと、森の中をさまよっている。と、そこへ突然三匹の影が現れる。

「大ナメクジだぜー!」

「ひいいいい!」

「大カマキリだーー!」

「嫌ああああ!」

「大アリだぎゃーー!」

「ぎゃあああ!」

 コニタンはあっさりと気絶した。


 その頃、「おい、どこだ!」とコニタンを探していたすぺるんは、何か叫び声が聞こえてきたような気がして、耳を澄ましながら辺りをキョロキョロと見回していた。


 気絶したコニタンは、少しひらけた場所へと先ほどのモンスターたちによって運ばれていた。鍋や飯盒はんごうが火にかけられている。コニタンを見ながら、モンスターたちはひそひそと話をしている。

「あれ、この冠、勇者がかぶる冠だろ」

「この男、勇者なのか? 弱すぎないか」

「この冠、どこかから盗んだものじゃないか」

「それなら、元の持ち主に返さなければ」

 もう一人のモンスターが言う。

「冠はそのままにしておけ。食料はどうだ? 持ってるか?」

 変な会話をしているモンスターたち。しかし端から見れば、まるでモンスターたちがコニタンを食べようとしているみたいだ。その光景を見たすぺるんが、勢いよく飛び出してきた。

「おい! モンスターども!」

 モンスターたちは、すぺるんを怖がらせるためにマニュアル通りの対応を始める。

「大ナメクジだぜー!」

「大カマキリだーー!」

「大アリだぎゃーー!」

 シーンと静寂。

「何だ、でっけえカタツムリの中身とカマキリか」

 落ち着き払って答えるすぺるん。ナメクジでもカマキリでもないもう一匹がイラっとして言う。

「おい、こっちスルーしただろ?」

「何だ、でっけえゴキブリか」

「アリだ!」

「何でもいいわ。おらっ!」

 すぺるんはいきなりモンスターたちに殴りかかる。戦闘開始だ。ボディブローを食らった大ナメクジが倒れる。そして大カマキリもボディブローを受けて倒れる。二匹とも、避けようとしていたようだが、どうも体が思うように動かなかったようだ。

「ほう、やるな」と大アリ。

「おらっ!」

 すぺるんは大アリにも殴りかかるが、かわされた。すぺるんは続けてパンチを何度も繰り出すが、大アリはからくも全てをかわした。

「ちょっと待て! 待て! 待ってくれ。動きにくいから脱ぐ」

 と言って、大アリは着ぐるみを脱ぎ始めた。すぺるんは「はあ?」みたいな感じでそれ見ている。大アリの着ぐるみを脱ぐと、端正な顔立ちの男が現れた。まあまあ背丈のある優男であるが、体格はがっしりとしていて、軽そうな革製の鎧を着ている。優美な立ち振る舞いは、高い教養を感じさせる。男は几帳面にも脱いだ着ぐるみをちゃんと畳んで邪魔にならない所に置き、すぺるんに向き直り身構えた。

「なんだ、人間かよ」

「いくぞ!」

 戦闘再開だ。すぺるんは素早くジャブを連発する。だが一発もヒットしない。着ぐるみを脱いでさらに動きが機敏になった男は、ひょいひょいとすぺるんの攻撃をかわす。

「お前の職業、格闘家だな」

「僧侶だ!」

「僧侶? 僧侶で格闘技が強かったら、モンクだな。ちなみに私はモンクという職業が嫌いだ」

「なぜだ?」

「カタカナだからだ。勇者とか、戦士、魔法使いみたいに漢字じゃないからだ――」

「知るか!」

 殴りかかろうとするすぺるんに再度、この男は待ったをかける。

「待て! ちょっと待て! 私は、こいつを使わせてもらう」

 男は木に立てかけてある剣を取ってきて、構えた。

「ふん、剣か。かかって来いよ」

 すぺるんは人差し指をクイクイと動かして、かかって来いという合図で男を挑発した。男はすぺるんに斬りかかる。速い速い。男の剣の動きはすぺるんの想像を上回っていた。すぺるんはガントレットでなんとか男の攻撃を受け止めている。とても反撃に出られる状態ではない。すぺるんは仕方なく男と間合いを取った。

「強え!」

「命まで奪わない、心配するな」

 突然、コニタンが目を覚ました。自分の横で大ナメクジと大カマキリが倒れているのを見て、絶叫し、すぺるんの脚にしがみつく。

「ぎゃああああああ!」

「おい、邪魔すんな! コニタン、こら、どけ!」

「ぎゃああああああ!」

「どけよ、コニタン!」

 すぺるんがそう言うと、男は驚いた顔をして剣を下ろした。

「えっ? コニタン? もしかして、勇者コニタンか?」

「ひいいいいいいい! 死にたくないいいいいい!」

「ジャポニカン王国のキャンペーンに応募した、勇者コニタンか?」

「だったら何だ。そのコニタンだったら、殺すのか」

「ブクブクブク……」泡を吹きながら気絶するコニタン。

「……いや……」男は剣をさやに収めた。戦闘終了だ。

「何だよ」

「失礼した。訳あって、私たちはジャポニカン王国まで行かなければならない。そのために魔物に身をやつして、追剥おいはぎをしながら旅を続けてきた」

「何だと!」

「それも全ては世界の平和のためだ、理解してほしい」

「人様に迷惑をかけてまでして、平和のためだと! ふざけんな!」

「どうか、分かってほしい。貴殿もコニタンのパーティーの仲間か?」

「ああ、そうだ。俺は僧侶のすぺるんだ」

「私は、ビクター。聖騎士のビクターだ。私たちは王宮へ行き、サンドロ大臣に会わねばならないのだ」

「聖騎士だって? 本当かよ、それはすげえな」

「今現在、その地位に就いているのは私だけだ」

「お、おう。で、お前ら、どこから来たんだ?」

「私たちはここから遥か南西にあるゴータマの神殿からやって来た」

「ほう、ゴータマの神殿か。そいつらはだれだ?」

「彼女たちはゴータマ神殿の神官だ」

 大ナメクジと大カマキリがゆっくりと起き上がった。そして二人とも着ぐるみを脱ぎ出す。

「あ痛たたた……。私はアイン」

「私の名は、カベル。私らと同じ聖職者がこんなに武闘派とは……」

 着ぐるみを脱いだアインもカベルも、いかにも神官らしい白く長いローブを着ている。二人がすごく美人であることに気づいて、テンションが一気にマックスになったすぺるんであるが、エロい感情を察知されないようにカッコつけて言う。

「いやー、お前らが弱いだけなんじゃないかな⤴」

「私らはダガーの扱い方なら知っています」とアイン。

「私らの杖は、このように逆にすれば武器として使用できる」とカベル。

 見せてもらったカベルの杖は、下側が二股のほこのようになっている。アインの杖も同様だ。

「へー、二股のダガーか。これなら敵の剣を受け止められるな」感心するすぺるん。

「聖職者は戦闘において身を守ることを第一とする。それゆえに使用する武器も攻撃より防御することに重点を置いてある」とカベル。

「あなたは僧侶なのに杖を持っていないのですか?」とアイン。

「お、おう。俺は、魔法が苦手だからよ、体を鍛えてるんだ」筋肉自慢するすぺるん。

「そうでしたか」とカベル。

「じゃあ今度、俺が体の鍛え方とか武器の使い方を手取り足取り教え――」

「お断りします」とアイン。

 言い終わる前に冷たく拒否されたすぺるん、でもすごくにやけた顔をしている。この男、やはり汚れキャラだ。対照的に、ビクターは生真面目な顔つきで質問する。

「すまぬが、食料はないか? 昨日から雑草くらいしか食べていないのだ」

「ああ、これで良かったら、食えよ」

 すぺるんは背負っているカバンから干し肉を取り出してビクターに渡した。アインとカベルのつばを飲み込む音が聞こえてきた。

「かたじけない」

「ここに来る途中、国外れの村に立ち寄ったんだが、すでにナウマン教団の奴らに破壊されて、燃やされちまってた」

「……むごいことを。村人たちは、おそらくナウマン教団の支配地へ強制移住させられている。そこで過酷な労働に従事させられているはずだ」

「ビクター、王宮へ急ぎましょう。これ以上そういう犠牲者を出さないためにも」とアイン。

「王宮までは二、三日かかるだろう。これだけありゃ、大丈夫だろうよ。ほら、食い物。持っていけよ」

「かたじけない」

「……それとよ、言いにくいんだけど……大臣のことなんだが……亡くなった」

「……何? 本当か?」

「そんな……」とアイン。

「ナウマン教の仕業なの!?」カベルがヒートアップ。

「……多分な。でっけえハエみたいなモンスターが突然城の中に現れ――」

 すぺるんがまたしても言い終わる前に、突然、そいつが現れた。今話していたばかりの巨大なハエだ。

「ヒーーーーーーッヒッヒッヒッ!」

 全員、とっさに身構える。辺りの空気が急によどんできた。同時に気温も急激に下がってきた。

「そうかい、大臣は死んだのだな。ヒッヒツヒッ!」

「こいつだ、あの時の!」

 すぺるんは王宮内で起きたことを思い出して、恐怖の感情が急激によみがえり、硬直している。しかし、ビクターたちは至って冷静だ。

「最高位の悪魔、ハエ男!」とアイン。

「ハエ男?」とすぺるん。

「この悪魔が大臣様を殺害したのか」とカベル。

「ああ、そうだ、こいつだ」

 ハエ男は、においを嗅ぎながらすぺるんたちの周りを飛び回っている。

「何かおかしなにおいがするから来てみれば……クンクンクン……神に仕えるやからのにおいがするな。ヒッヒッヒッ、殺しておくか。出でよ!」

 急に地面が割れて二体のモンスターが出てきた。長い角を持つ馬のモンスターと手足の生えた木のモンスターだ。それだけでなく、空中に現れた穴から巨大なコウモリが数匹出現した。

「こいつが大臣様の仇か」いつでも斬りかかれる体勢のビクター。

 ハエ男が「ヒーーーーーッ!」と声を上げる。戦闘開始の合図だ。

 ビクターは馬の角攻撃を剣で受け流し、真横から剣を突き刺した。アインとカベルは杖を逆さに持ち、コウモリたちを攻撃する。彼女らの動きは速い、しかも軽やかだ。宙を舞うような身のこなしで的確にコウモリをダガーで仕留めていく。「やるな二人とも」と言いながら、すぺるんは木のモンスターのパンチをガントレットで防ぎながら、そいつの特徴を探っている。木の一番太い幹の部分に顔らしきものを発見して、すぺるんはそこに右ストレートを食らわせ、続けてパンチを連打し倒した。

「ヒーーーーッ!」ハエ男が叫んだ。

「ひいいいいい!」コニタンは目覚めて、また気絶した。

 戦闘終了かと思いきや、地面から、空中から、モンスターが湧いて出てくる。

「おい、次から次へとモンスターが湧いてくるぞ」焦るすぺるん。

 ハエ男はまるで何かを感じ取ったように、コニタンの元へ飛んできて槍で刺そうとするが、ビクターに阻まれる。

「おい、そんなニセの勇者殺しても意味ねえぞ。モンスター、どんどん増えていくぞ!」とすぺるん。

「これが最高位の悪魔のなせる技です」とアイン。

「だから、根本を叩くんですよ」とカベル。

 ここでやっとモンスターが増えていく理由に気づいたすぺるん。

「そうか、あいつか。任せろ、おら!」

 すぺるんはハエ男に何発も殴りかかる、しかし、パンチがヒットしない。いや正確に言えば、パンチはハエ男のボディにヒットしているのだが、スカッと襤褸ぼろにかするような感覚しかすぺるんは感じていないのだ。暖簾のれんに腕押しだ。そしてハエ男は槍で横殴りし、すぺるんをはじき飛ばした。

「おわっ! 何だ、あいつ、動きがくせにこっちの攻撃がまるで当たらねえ」

「言ったでしょう。最高位の悪魔だと。悪魔とモンスターは別物です」とアイン。

「悪魔はその辺のモンスターとは次元が異なるんです。だから特別な能力を持っています。魔法か特別な武器を使うしか、攻撃を当てることはできません」とカベル。

「じゃあ、どうすんだよ」

「見ていて下さい」とアイン。

「とりゃーーーー!」」

 ビクターは勢いよくハエ男に突進して、剣を振り下ろした。剣はハエ男の左肩の辺りに食い込んだ。

「ギエエエエエーーー!」

 ハエ男は叫び声を上げる。するとモンスターが数匹消えた。

「ぐあああああーーー!」

 同時にビクターも叫んでいた。ハエ男は槍でビクターの左脇腹を突き刺している。

「おい!」すぺるんも思わず叫ぶ。

「大丈夫ですよ」カベルが冷静に言う。

 ビクターは両手で力一杯剣を握っているが、これ以上深く斬りこむことはできないようだ。ビクターは左手で、自分に突き刺さっている槍を体から引き抜く。

「回復魔法!」

 神官二人が魔法を唱えた。幾層にも重なった青白い光の輪がビクターを覆い、彼の腹の傷が塞がっていく。苦痛が消えていくことは、表情からも読み取れる。

「私たち二人も神官として最高位です。回復魔法に関しては大陸一だと自負しています」とアベル。

「とりゃーーー!」

 再びビクターがハエ男に斬りかかる。今度は自分が刺されたのと同じ左わき腹に剣を突き刺した。

「ギエエエエエーー!」

 また少しモンスターが消えていく。

「人間の分際で生意気な! 風よ吹き飛ばせ!」

 突風が吹き荒れ、全員を吹き飛ばした。すぺるんは木に激突し、頭を強打した。ビクターも木にぶつかったが、鎧がダメージをかなり軽減してくれたようだ。アインとカベルは軽業師のような身体能力でうまく木の枝につかまり、ノーダメージだ。そして二人同時に魔法を唱える。

「回復魔法!」

 すぺるんの頭の痛みとビクターの全身の痛みが引いていく。

「ヒーーーッヒッヒッ! わしに傷を負わすとは、やっかいな武器を持っておるな。聖剣か。うっとうしいが、疲れたから今日はこれくらいにしてやろうか。ヒーーーーーーッヒッヒッ!」

 強風に流されるようにハエ男は飛び去った。しかし、まだモンスターが数匹残っている。すぺるんは巨大なサソリのモンスターをパンチの連打で倒した。その合間に、ビクターは巨大なイモムシと、巨大なコウモリ三匹を斬り倒していた。戦闘終了だ。

「俺の力はまだまだだな、くそ!」

 ビクターとの力の差を感じて悔しがるすぺるんに、ビクターは言葉をかける。

「いや、すぺるん、あなたは相当強い」

 すぺるんは握りしめた自分の拳を見つめている。

「ビクター、王宮が襲撃されていないか、心配です」とアベル。

「大魔法使いであらせられる大臣様がいない今、早くわれわれが行かなければなりません」とカベル。

「そうだな、王宮へ急ごう。しかし、まずは腹ごしらえだ」

 ビクターは風で飛ばされた鍋を拾って、火をおこし始めた。神官二人はしばらくじっとしていたが、腹が減っているのか、すぺるんからもらった食料を鍋の中に入れだした。

 すぺるんは気絶しているコニタンを起こそうと揺さぶっている。

「おい、コニタン、起きろ」

「……えっ、ひいいいいいいい!」

 目を覚ましたとたん、コニタンは叫び声を上げてまた走って逃げて行く。

「おい! こら! 待て!」

 すぺるんは慌てて追いかける。

「ビクター、それとべっぴんの姉ちゃんら、じゃあな!」

「すぺるん、ご武運を」とビクター

「……あれで、本当に勇者なのか?」とアベル。

「……」無言のビクターとカベル。

 何事もなかったかのように、火の周りに座り、三人は黙々と食事の用意をする。

 ゴータマの神殿に仕える聖騎士と二人の神官が、サンドロ大臣に会いにジャポニカン王国へ行くという。しかし、大臣はもうこの世にいない。かなり優秀なこの三人、コニタン一行に代わってナウマン教団を倒しに行けばいいのにと思わなくもない。さて、どうなることやら。

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