第5話 最初の戦闘

 やっとこさ冒険に出たおかしな勇者一行、城から先はどこまでも地平線が続いているかのように見える。とりあえず、歩き続ける一行。やがて日が暮れて来る。一行はちょうどいいところに教会を発見した。中には誰もいない。ここで一晩過ごすことに決めた。扉は頑丈で、窓は全て鉄製の格子こうしが取り付けられている。ここならモンスターに襲われることもないので、安心して休むことができるのだが、みんなそわそわしている。誰かが裏切り者かもしれないという状況で、同じ屋根の下で過ごすからだ。神父でもいてくれれば、気を緩めることもできたのだろうが。かおりんが簡易食品を使って夕食をつくり、みんなにふるまった。そしてみんな、ぎこちないまま朝を迎えた。


 コケコッコー!

「さあ、皆さん、行きますよ!」ハイテンションのかおりん。

 冒険を進める一行、城からもうすでに数十キロも歩いている。しばらく平野が続いていたのだが、背の高い草木が生い茂っている雑木林までやって来た。コニタンは右向け右をして、林の中を通りたくはない様子である。ハリーとかおりんも立ち止まって考えている。金も同じく。しかし、すぺるんはコニタンの襟をつかんで躊躇せずに雑木林へ踏み込んで行った。

 仕方なしにハリーたちも二人の後に続いて行く。しばらくすると、日光がだんだんと届かなくなってきた。こういうシチュエーションでは、もうモンスターが出てくるしかない。

「キエエエエエーーーー!」

 案の定である。雄叫びを上げながらモンスターが三体、パーティーの前に現れた。巨大なイナゴのモンスター、巨大な蝶のモンスター、巨大なキツネのモンスターだ。

「モンスターのお出ましよ。みんな、実戦経験あるわよね?」

「おうよ!」

「当たり前だの何とやら」

「ひいいいいいい!」

 金だけ無言である。そして、かおりんが魔法を唱えようとすると、すぺるんが遮った。

「おい、姉ちゃん、俺に任せとけよ」

「姉ちゃんではありません」

「おっ、悪い、かおりん。マジックパワーは無駄にしないほうがいいぜ。久しぶりに暴れてやるか!」

 このパーティーの初めての戦闘だ。すぺるんは、前腕をすっぽりと覆う鋼鉄製のガントレットをはめ、イナゴのモンスターに殴りかかった。見事に右ストレートがイナゴの左側面にヒット。かおりんはそれを見て、さすがは元ボクサーと言うだけのことはあるなと感じ、思わず「おおっ」とつぶやいた。すぺるんは手を休めずに殴り続ける。ハリーは自分のマントの中からワインのボトルを二本取り出して、ジャグリングをし始めている。そして金は自分の右肩を着物から出して、モンスターに。その右肩には刺青が見える。ハリーはジャグリングしながらボールを取り出し、ワインボトルをバット替わりにしてそのボールを打った。ボールはキツネに向かって飛んでいくが、キツネはひょいと左側へボールを避けた。だがどういう仕掛けなのか、避けたボールが戻ってきてキツネの顔面にヒット。してやったりのハリー。金は蝶と間合いを取りながらすかさず後ろに回り込み、チョップする。そうこうしている内に、すぺるんがイナゴを倒した。キツネはハリーめがけて突進してくる。ハリーが闘牛士のようにマントをひらりと翻すと、キツネはハリーの横をすり抜けて、すぺるんに向かって突進していく。だが、すぺるんは冷静にアッパーカットをキツネにお見舞いしてやった。

「ハリー! 危ねえだろが!」

「ふん、計算通りだ、筋肉バカ」

 金は羽をつかんで背負い投げして、蝶を地面にたたきつけた。そして羽を持って引っ張り上げて、ひたすらチョップを連発。キツネも蝶も倒され、勇者一行の最初の戦闘が無事に終了した。

 すぺるんと金は格闘で戦い、ハリーは手品をしながらモンスターと戦った。かおりんは真剣に彼らの戦闘を眺めていた。コニタンは真剣にビビりまくっていた。

「お前ら、なかなかやるじゃねえか」

 すぺるんはハリーと金の二人を褒めた。

「猪武者に言われたくはないな」とハリー。

 会話しながらも、みんなが金の刺青に注目している。すぺるんが尋ねる。

「おい、金、それ何だ?」

「すぺるんさん、ちょいと不躾ぶしつけじゃねえですかい。あっしら仲間になってまだ間もない。なのに、金と呼び捨てにされるのは我慢なりませんねえ」

 かおりんとハリーも同意見の様子だ。

「ああ、いや、悪い。ええと、金さん、その刺青、何だ? キリンか?」

「こいつですかい? アルパカ、ですぜ」

「どう見てもキリンに見えないだろ、筋肉バカめ」

「うるせえ!」

「金さん、見事な刺青ですね。アルパカ・タトゥーの男か……」褒めるハリー。

 妖精のかおりんは少し驚きながら、それでいてうれしそうにしている。

「みなさん、思っていたよりもはるかに強いですね。正直、うれしい誤算だわ」

「師匠の魔法に比べればまだまだです」

「お前のはただの手品だろうが」

「手品と魔法との差は、紙一重だ」

 モンスターとの戦闘でお互いのことを徐々に分かり合う。そのことが昨日のそわそわした感じを吹き飛ばしてしまったみたいだ。

「おや、村を発見しました」

 ハリーはマントから望遠鏡を取り出して覗きながら言った。

「国外れの村ね。行きましょう」


 一行は雑木林を抜けて、国外れの村へ向かう。すぺるんはコニタンの胸ぐらを掴んで無理やりについて来させている。歩くこと約2時間、ようやく村を守る防御壁までたどり着いた。高さが数メートルあるとはいえ、城壁というよりはむしろ木でつくられた柵だ。門が開いているし、見張りがいない。一行はとりあえず門から村の中へ入ろうとする。

「おっ、第一村人発見」とハリー。

 襤褸切ぼろきれを頭からかぶった一人の男がパーティーの方へ近づいて来る。

「……助けて……」

「おい、どうした、しっかりしろ」すぺるんが駆け寄る。

「……村が……」

 そう言われて一行は、家々が破壊されていることに気づく。柵の外からは見えなかったが、あちこちからうっすらと煙が上がっている。一行はひどい有様に顔をしかめている。金でさえ「こいつはひでえ」と眉間にしわを寄せている。

 そして、倒壊寸前の家から十人ほどの男たちが出て来て、コニタンたちの方へ近づいて来る。剣やこん棒を持って、敵意むき出しの連中である。そいつらが言う。

「おい、お前らもこの村の人間か?」

「この村の人間だったらただじゃおかねえ」

「この村の人間じゃなくてもただじゃおかねえ」

「あの服、ナウマン教の信者よ」かおりんが小声で言った。

 さっきの男は「うわああああ」と叫びながら逃げて行く。

「お前らがナウマン教の信者か、初めて見るぜ。さっきはモンスター相手だったが、今度は人間か。人間相手にすんのは、久しぶりだな」

 すぺるんは自分の指の骨をボキボキといわしながら、すごくうれしそう。一方の信者たちはすぺるんの挑発に全く動じずに余裕ぶっこいている。

「おい見ろよ、一人妖精がいるぜ」

「こいつは珍しい。お前ら、ジャポニカン王国から来たナウマン教討伐パーティーだろ」

「パーティー組んで世界を救おうってか、勇者ご一行様」

「こいつらで何組目だ?」

「さあ、もう何百組も見てきたなあ」

「ひいいいいいいい!」やかましいコニタン。

「悪党どもめ」怒りのかおりん。

 かおりんが魔法を唱えようとするが、すぺるんが「おりゃ!」といきなり信者たちへ攻撃を仕掛ける。戦闘開始だ。

 すぺるんは相手の剣を鋼鉄のグローブで上手く受け流しながら懐に入り込み、アッパーカットを食らわせ、まずは一人をノックアウト。ハリーはマントの中から野球ボールを取り出して剣を持つ信者に投げつける。1球、2球、3球……10球、信者は剣で打ち返すわけにもいかず、その内8球を受けて倒れこんだ。金は刺青の入った右肩を着物から出して、信者に突進していく。振り下ろされるこん棒を巧みにかわしながら間合いを詰めて、相手の首元へ強烈なチョップ、そして胸元をつかんで豪快に背負い投げし、倒れた相手の顔面をグーで殴り、信者を一人倒す。コニタンはただ震えている。

 ここまでは順調だったが、信者たちも本領発揮する番だ。信者が二人がかりですぺるんを挟み撃ちしている。元ボクサーだけあって攻撃をうまくかわしているが、反撃するのは難しい状況だ。ハリーも左右から挟み撃ちされ、マントから取り出したフレイルを振り回してなんとか剣による攻撃をしのいでいる。フレイルの鎖が伸びたり縮んだりして信者らを驚かせているとはいえ、守勢に回っている状況だ。金は三人から囲まれ、うまく間合いを取りながら戦ってはいるが、武器もなく、すぺるんのように鋼鉄のガントレットで相手の斬撃を受け流すこともできない。他の信者たちが誰を攻撃しようかと機会をうかがっている。

「こいつら、なかなかやりやがる」必死のすぺるん。

 すぺるんが信者らと距離を取った。そこへ、うまいタイミングでかおりんの水流魔法がヒットした。信者二人は押し流されて、家の壁に激突した。そのことに気を取られた信者たちの隙を突いて、ハリーと金は信者たちから離れ去る。そして、かおりんの水流魔法が信者たちにヒット。信者たちは空中へ突き上げられ、地面にたたきつけられた。戦闘終了だ。

「いや、マジで魔法って、すげえな」驚くすぺるん。

「さすが師匠です」

「痛ててて」

「ケガしたのね」

 かおりんは痛そうにしているすぺるんの腕を見て、傷を確認している。

「軟弱だな」偉そうなハリー。

「ふん、かすり傷だ。お前もケガが……」

「私も、かすり傷だ」と言ったハリーから血がだくだく流れている。

「お前、死にかけだろ! ふん! ナウマン教の信者、死ぬ気で戦ってきやがったな。ある意味、モンスターよりも厄介かもな」

「回復魔法!」

 かおりんが魔法を唱えると、二人の周りに白いもやがかかり、見る見る傷が癒えた。すぺるんは「おおっ、かおりん、ありがとよ」と痛みの取れた腕を曲げてストレッチを始めている。それを見てハリーが呆れている。

「それは本来お前の役目だろ、筋肉バカ。あれ……傷がふさがらない。私の傷がふさがらないぞ」

「私の初歩の回復魔法ではこれ以上の治療は無理です。村の宿で治療してもらいましょう」

 そう言ってかおりんは、倒壊した家屋がいくつも見える村の奥の方へ進んで行った。ハリーが後に続き、すぺるんがさらにその後に続いた。コニタンはすぺるんに無理やり引っ張られて行った。

 宿を探しに行ったその四人を、後ろから見つめている男がいる。先ほど助けを求めてきた男である。かぶっている襤褸ぼろの奥の目つきは歴戦の強者のように鋭い。

「ほう、このパーティー、それぞれなかなかの腕前だな。それに面白い戦い方をしやがる。それと、やはりあいつ……」

 ぼそぼそとつぶやくこの男を、近くの物陰から目を細めて見ている男がいる。金だ。まるで監視しているように見える。襤褸ぼろをかぶった男は金に見られていることに気づかずに、村の外へと去って行く。

 襤褸ぼろをかぶったこのな男は何者なのか。そして金の行動もまた不可解。それはさておき、かおりんたちは普通に宿を探しに行ったのだが、村はめちゃめちゃに荒らされているぞ。宿は見つかるのか? 見つかっても、営業してるの?

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