第3話 ハエ男、襲来

 歓迎の宴で勇者一行の紹介と国王のスピーチが終わったと思いきや、一人で酒を飲み始めている大臣。豪快に酒を浴びる大臣にどう反応していいのかわからない一同を後目に、すぺるんが粗野に尋ねる。

「おい、何で戦士が来てねえんだ?」

 ハリーも遠慮なく疑問を口にする。

「この宴が終わったらすぐに冒険の旅に出発するのに、来てないのはおかしいな」

「そんなことより、宴じゃ。さあ、飲め、食え」飲み食いを勧める大臣。

 飲食などどうでもいいやとばかりにぶっきらぼうに、今から仲間になる奴らに対してすぺるんが言う。

「ところで、俺らみんな初対面だよな。どいつもこいつもおかしな経歴持ちやがって。おい、お前、魔法使いらしいが、ちゃんと魔法使えるのか?」

「失敬な。よく見てろよ。おあーっ、鼻がでっかくなっちゃった」ハリーは自分の鼻に巨大なおもちゃの鼻をあてがって言い返した。

「単なる手品だろ。ふざけてんのか、てめえ」どすの効いた声のすぺるん。

「ひいいいいいい!」ビビるコニタン。

「そういうお前こそ、神にも仏にも仕えたことなんかないんだろうが、ええ。お前みたいな筋肉バカがちゃんと回復魔法を使えるのか、ええ、こら」売り言葉に買い言葉のハリー。

 すぺるんはコニタンの肩の骨をボキボキとはずしながら「見ろよ、このはずれた肩をよ、こうやって力いっぱい押し込むとよ」と言ってはずれた肩を元に戻した。

「ぎゃああああああ!」当然悲鳴をあげるコニタン。

「ほら、元に戻っただろ。ケガが治った」無茶苦茶な理屈を言いながら平然としているすぺるん。

「それは回復魔法でも何でもないだろうが、こら」見下した言い方のハリー。

「ちょっと、ケンカはやめましょう」かおりんが仲裁に入る。

 すぺるんはかおりんを睨みながらバカにした態度で言う。

「女が口出すんじゃねえよ」

 妖精のかおりんはムッとして、魔法を唱える。

「水流魔法!」

 突然空気中に水の渦が出現して、大きくなりながらハリーとすぺるんを飲み込み、二人は竜巻に巻き込まれたかのように部屋の壁の方へはじき飛ばされた。すぺるんもハリーも水でボトボトになって、それぞれ痛いだの何だのとつぶやいている。今度は大臣が、かおりんとバカな男二人の仲裁に入る。

「これ、やめぬか!」

「お前、いきなり魔法を使うとは卑怯だぞ。使うなら使うって言ってから使え」すぺるんが愚痴っぽく言った。

「初めて見た。今のが水流魔法か」ハリーがぼそりとつぶやいた。

 みんなが、「えっ?」とハリーを見る。

「ケガはないか」飛ばされた二人に大臣が声をかけた。

 すぺるんは「痛え」と言いつつも、自分で自分の体中の関節をボキボキ鳴らしながら復活した。大臣はうずくまっているハリーに「大丈夫か」と尋ねた。ハリーは身を低くしたままで妖精の方に向き直り、土下座のようなポーズで言う。

「弟子にして下さい」

 みんなが「えーーーーーっ!」と声をあげた。そりゃそうだろ。

「ところで、パーティーは四人だろ? なんで五人分紹介があったんだよ」とすぺるん。

「わしを入れて六人分じゃがな」国王が言うが、誰もツッコまない。

「まあまあ、まずは飲んで、食おう」大臣が言った。

「おい、ごまかしてんじゃねえぞ」偉そうなすぺるん。

 かおりんが無礼なすぺるんを懲らしめようと、また魔法を唱え始める。

「水流魔――」

「やめい! マモルのことを話しておくかな、大臣よ」国王が止めた。

「……実は、戦士のマモル殿は、先に一人で冒険に出発されてな……」と大臣。

「で? そのマモルは今どうしてんだ?」無礼なすぺるん。

「うむ、マモルどのは戦死じゃ」悲痛な表情の大臣。

「おう、マモルは戦士なんだろ」

「そう、戦死じゃ」

「だから、戦士がなぜ今いないんだよ。戦士はパーティーに絶対必要な職業だろうがよ」

「だから、戦死じゃ」

「は?」

「マモルどのは戦死じゃ」

「マモルが戦士なのはわかった。でよ、なぜ来てないんだ?」

「だから、戦死なんじゃよ」

「だから、戦士なのはわかったから!」

「だから、戦士は戦死なんじゃよ」

「戦士は戦士って当たり前だろ」

「戦士は戦死したんじゃ」

「戦士が戦士?」

 噛み合わない会話が続いて、ハリーが間に入ってくる。

「お前、バカか!」

「何だと!」

「つまり、戦士マモルは、戦死したのですね」ハリーが大臣に尋ねた。

「……そうじゃ」

「わけわかんねえな。戦士は戦士だろうが」ケンカ腰のすぺるん。

「そのマモルという戦士は、モンスターとの戦いで亡くなったんだ」とハリー。

「そうじゃ。戦死したんじゃ」悲痛な大臣。

「……ああ、おう……死んだのか……」ようやく理解できたすぺるん

「やっと理解できたのか筋肉バカめが」上から目線のハリー。

「なんだとこの野郎」

 かおりんがケンカになりそうな二人に向けて魔法を唱え始める。

「水流魔――」

 すぺるんは「おっと」と、かおりんが唱え終わる前にヒョイと大臣の背後に回る。

「こんなところで仲間割れしている場合ではなかろうが」と大臣。

「しかし、マモルのことはさておき、普通パーティーは四人なのに、なぜ五人登場する予定になっておった?」国王も不思議そうに言った。

「四人のはずが、五人いる」と妖精のかおりん。

「だれか一人、招かれざる客がいるってことか」怪しむすぺるん。

 コニタンは「ひいいいいいいい!」と悲鳴を上げ、すぺるんからビクビクするなと殴られておとなしくなった。

 その場の若干重い空気を全く読まずに、大臣は軽いノリで言う。

「だが、一人はもう亡くなってるからのう。四人でいいんじゃね」

「で、今いるのは、勇者、僧侶、魔法使い、それに……」と言い、すぺるんは金を見た。いや、みんな金のほうを見ている。ハリーが金に尋ねる。

「ちょっと、あなた職業は?」

「あっしかい? あっしは仕事なんて就いてやしませんよ。見ての通りケチな遊び人ですわ」金が返答した。

 みんなが「えっ? 仕事しろよ」とか「遊び歩くのが仕事なのか」とか「あいつ和服だよな」とか「ちょんまげしてるよ、おい」とか「遊び人なの?」等々、遠慮なしに、しかも金に聞こえる声でそれぞれの疑問を口にした。その様子を見て大臣が怒り気味に言う。

「人を見かけで判断するでない」

 今度はかおりんが不思議そうに言う。

「なんか、さっきから大臣様、妙に話をにしたがってませんか」

「俺もそう思う。あんた五人いる秘密を知ってるのか。何か隠してるんじゃねえのか」高圧的なすぺるん。

「何を言っておるか――」

 ガシャーーーン!

 大臣の説明を遮るように突然、広間の天窓を破って黒っぽい生き物が飛び込んできた。そいつは人間のように手足があるが、背中に羽が生えている。白い顔に赤い半球状の目のようなものがあり、全身が黒い影のようなものに覆われている。まるで襤褸ぼろを着ているようだ。巨大なハエのような姿をしているその生き物は、右手に短い槍のようなものを持ち、黒い羽を広げて渦を巻くように広間の中を一周し、壁に張り付いて甲高い声で「ヒーーーーーーーヒッヒッヒッ!」と不気味に笑った。

「ひいいいいいいいいいいいい!」

 コニタンは両手で自分の側頭を押さえながら悲鳴をあげている。

「モンスターだ、モンスターが現れたぞ!」

 突発的な襲撃だ。兵士たちが戦闘態勢に入る。招待客らは各々、叫んだり、慌てたりしながら兵士たちに広間の外へと誘導される。

「何者だ!」国王が一喝した。

 兵士たちが長槍を持って取り囲もうとするが、空を飛ぶその巨大な黒いハエを攻撃することは容易でない。数名の兵士が矢を放つと、巨大なハエは持っている槍で数本を叩き落としたが、うち3本が羽根を貫いた。しかし兵士たちには、その巨大なハエは何も感じていないように見えた。「面倒くせえな」と言いながら、巨大なハエは細長い筒を大臣に向けて、「フッ」と吹いた。誰もが吹き矢だと確信した時にはすでにサンドロ大臣の首筋に小さな矢が命中していた。大臣は苦しみせながらその場に倒れこんだ。

「大臣様!」兵士たちが大臣に駆け寄り、巨大なハエからの攻撃を防げるように壁になった。

「おい、マジかよ?」とすぺるん。

「水流魔法!」

 かおりんが唱えた水の渦が巨大なハエに向かっていく、だがハエは何らおくすることなく、にやついている。

「ンフフフフフフフ! 水よ集まれ!」

 巨大なハエがそう言うと、空気中に膨大な量の水が出現して、かおりんの出した水の渦を飲み込んで消えた。

「うわっ、すごい量の水!」驚くかおりん。

 兵士たちが「魔法の盾を装備してかかれ!」と号令を掛けるやいなや、数名の兵士が魔法の盾を装備しながら広間へとなだれ込んできた。巨大なハエは、広間の壁に張り付いて不気味にニヤニヤしながら、静かにつぶやく。

「いかづちよ、集まれ」

 パチパチッ、という音が上の方から聞こえてくることに皆が気づいた。広間の中が少し青っぽく光り輝いてくる。

「いや、まずいぞ、こいつただのモンスターではない。悪魔だ!」国王が言った。

「悪魔、こいつが」とかおりん。

「自然現象を操るぞ、魔法の盾では防げん!」焦る国王。

 だが、国王が悪魔と呼んだ巨大なハエは、右手に持った槍を天井に向けて焦ることなく言う。

「いかづちよ、落ちろ!」

 魔法の盾を装備している兵士たちに向けて轟音とともに稲光が落ちる。兵士たちが「うわあああああ!」と叫んだ。数名がその場に倒れこみピクリとも動かない。その場の全員が、あまりの一瞬の出来事に、そしてあまりの大きな音に驚いて動けなかった。そして巨大なハエはまた右手の槍を上に向けている。

「いかずちよ、落ちろ!」

 兵士たちが皆慌てふためきながら稲光から逃れようとするまさにその刹那、広間の後ろの方へ運ばれていた大臣がすでに魔法を唱え終えていた。

「壁魔法!」

 大臣がそう叫ぶと、土の壁が全員を覆うように現れて、稲妻が直撃するのを防いだ。しゃがんで耳をふさいでいる者も、広間から出ようとした者も、皆自分たちが土の壁に守られていることに気づくのに数秒ほどかかった。そして土の壁は霧が晴れるように消え去った。ハエ男に次の攻撃をさせないように、とっさに数名の兵士が矢を放ち、魔法を使える兵士が炎の魔法を唱えた。

「火炎魔法!」炎の柱が一直線にハエの悪魔に向かい飛んでいく。

「水流魔法!」かおりんの魔法も同じくハエの悪魔に向かう。

「風よ、吹き飛ばせ!」

 巨大なハエが言うと、突然起こった強風が矢を弾き飛ばし、火炎を吹き消し、水流をはね返して蒸発させた。炎と水の魔法が一度に無にされ、魔法を唱えた二人は呆然としている。応援部隊が次々と広間へやって来る。それを見た巨大なハエは不機嫌そうな顔つきで言う。

「ヒーーーーーーヒッヒッ! めんどくせえなあ、帰ろ」

 突然強風が吹き荒れ、巨大なハエは風に巻かれるように広間の天窓から飛び去って行った。

「追え! ナウマン教の手のものか、おのれ!」命令を出す国王。

 ハリーが「すごい、これが魔法の力か」とつぶやいていることに全く気づかずに、妖精のかおりんが大臣の元へ駆け寄る。

「大臣様!」

「大臣よ!」国王は大臣を抱え起こした。

 兵士たちも大臣の元へ集まり様子をうかがっている。

「わしは……もう助からん……」気弱そうな大臣。

 すぺるんが「しっかりしろ!」と言い、国王は「医師を呼べ!」と兵士に命令する。

「解毒魔法! だめ、マジックパワーが足りない!」悲痛な表情のかおりん。

「猛毒が……心臓と脳に……達しておる」と大臣。

「ひいいいいいいい!」

 コニタンは震えながら叫んでいる。それを見たすぺるんが力一杯ビンタする。

「お前、空気読め!」

 コニタンがぶっ倒れる。

「弟子にしてください」

 ハリーは妖精に頭を下げている。それを見たすぺるんは力一杯ビンタする。

「お前も空気読め!」

 ハリーもぶっ倒れる。

「わしの心配をしろやこら!」

 業を煮やした大臣がすぺるんにキレた。それを見たすぺるんは力一杯ビンタする。

「お前も空気読め!」

 元ボクサーから豪快なビンタを浴びて大臣はガクッとうなだれた。そして、その場の空気が凍りついた。兵士たちの表情も凍りついた。

「……あれ、今、お前が殴ったから……」

 自分の頬を押さえながらハリーはすぺるんに言った。

 コニタンは「人殺しいいいい!」と叫んでいる。すぺるんは焦りながら「おい、しっかりしろ!」と大臣を揺さぶった。すると、大臣はひょいと顔を上げ国王に何か言おうとする。国王は「何じゃ」と大臣の言葉を聞き取ろうとしている。

「おい、筋肉バカ、回復魔法でなんとかしろ」とハリー。

「バカな俺に回復魔法なんか使えるわけねえだろ」自分でバカと認めるすぺるん。

「はあ? お前、詐欺師か! 僧侶なのに回復魔法使えないって、何だそれ!」

「お前も魔法使いなのに魔法を使えないんだろが! 一緒だ!」

「私は手品が得意だ、お前と一緒にするな」と言って、チャラララララー♪と鼻歌を歌いながらハリーは「ほら、薬草と解毒剤だ」とマントのすそから取り出した。

「お前、持ってるんだったら早く出せよ、バカが!」大臣がまたキレた。

 それを聞いたすぺるんは力一杯ビンタする。

「お前死にかけてんだろ、空気読め!」

 大臣は再びガクッとうなだれた。

「ひいいいいいいいいいい!」悲鳴をあげるコニタン。

 国王は「早く、薬を飲ませろ」と冷静に対応している。

 すぺるんはハリーから薬草と解毒剤を分捕ぶんどり、薬草を傷口にあてがい、解毒剤をサンドロ大臣に飲ませようとする。しかし、大臣は何も反応を示さない。国王が大臣の脈を取り、静かに自分の首を左右に振った。その場がさらに凍りついた。

「……死……ん……だ……」誰かが小声で言った。

 その場の全員が、すぺるんに冷たい視線を向ける。

「お、お、俺のせい?」みんなの顔を見渡すすぺるん。

「大臣様ーーーーー!」かおりんが叫んだ。

「大臣様ーーーーー!」兵士たちも叫んだ。

「人殺しいいいいい!」コニタンも叫んだ

「どうか、弟子にー!」ハリーは懇願した。

 歓迎の宴が終わり次第、勇者一行は冒険へ出発する予定であった。まさに彼らの冒険が始まろうとしたその矢先、ハエの姿をした悪魔が王宮へ侵入し、サンドロ大臣を殺害した。一体なぜ?

 どういうわけか、久しぶりに編成された勇者一行たちはおかしな奴らで構成されている。臆病な勇者、回復魔法の使えない僧侶、魔法を使えない魔法使い、和服にちょんまげの変な男。こんなパーティーでナウマン教団に挑むことができるのか?

 その場の誰もがそう感じていた。

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