第2話 勇者一行登場

 ここはジャポニカン王国の宮殿。ファンファーレが鳴り響いている。部屋で王冠をかぶり赤いマントを身に着けた男が演説の原稿を読んでいる。この男、ジャポニカン王国の現国王ノダオブナガである。見たところ結構な男前で教養があり、ナイスミドルといった感じの中年だが、どこか抜けた感じがする。

「よくぞ集まった勇敢な者たちよ。ナウマン教を倒すために多くの者たちが幾度となくこの城から旅立っていったが、いまだ誰一人として戻ってきた者はいない。そなたたちは、彼らに続くこの国の希望なのだ。ナウマン教を倒し、無事この城に戻ってきた暁には、そなたたちの望むものはなんなりと褒美として遣わす。よいな、必ずやナウマン教を倒し、世界に平和をもたらすのじゃ」

 決まったな、と自信あふれる表情から一転してひょうきんな顔つきになり「どうかのう、大臣よ?」と国王はすぐそばにいる初老の男に聞く。この初老の男は、ジャポニカン王国の大臣サンドロである。

「国王様、だいぶ訂正が必要ですの。まず、誰一人として戻ってきた者はいない、というのは削除ですな」

 ファンファーレはたまに音程が外れている。どうやら離れたところで音楽隊が練習中のようだ。音楽に合わせるかのように国王が眉をしかめながら大臣に言う。

「事実であろうが。だからこうして毎回毎回勇者一行を集めておるんじゃろう」

「それと、望むものはなんなりと褒美として渡すというのも具合が悪いですな」

「それぐらい言っとかないと、気が変わってナウマン教を倒しに行かないかもしれないじゃろう」

「ダメです! 国王様いいですか、『あなたもナウマン教討伐のための勇者一行に加わりませんかキャンペーン』に二カ月ぶりの応募があったんですぞ。辞退されるわけにはいきませぬ。それにもし、ナウマン教を倒してきたりした場合、1,000億yenくれとか言い出したら、どうします。どうやってそんな大金払うんですか? 国家予算を超えちゃってますよ。ですから国王様、このようにおっしゃりなさいませ。ナウマン教を倒すために多くの者たちが幾度となくこの城から旅立っていった。まことに勇敢な者たちである。そなたたちは……うんぬん……この城に戻ってきた暁には、そなたたちに褒美を遣わす。よいな……ですな」

「なんか、他人を騙してる気がしないかのう?」不機嫌そうに国王が言った。

「騙してません! あなた様は国王にあらせられますぞ。この国で一番偉いのです。何をしても騙すとかそういうことにはなりませぬ!」怒り気味の大臣。

 そこへ音もなく小綺麗な妖精が近寄ってきた。性別は女性で、身の丈も見た目も十代後半の人間くらい、魔法を唱えるための杖を持ち、背中に四枚の羽根が生えており低空で飛ぶことができる。なので、床からほんの少し上を歩いているように飛んで来たから、音もなく近寄ることができたのだ。そして妖精は声をかける。

「あのー」

「わかった、わかった」国王が面倒くさそうに大臣に言った。

「では私の申した通り、もう一度」

「あのー」妖精がまた二人に声をかけた。

「えー、オホン。よくぞ集まった勇敢な者たちよ。ナウマン教を倒すために多くの者たちが――」

 その国王の言葉を遮るように大臣が言う。

「そこもっと抑揚つけて!」

「えー、よくぞ集まった勇きゃんな――」

「はい! 噛まない!」

「あのー」妖精がまたまた二人に声をかけた。

「よくじょあちゅまった」

「はい! 噛まない! もう一回!」

「よくぞ集まった勇敢な者たちよ――」

「あのー」妖精がまたまたまた二人に声をかけたところで、ようやく大臣が気づく。

「なんじゃ!」

「大臣様、今日来られる勇者一行のことなんですが……。プロフィールが五人分あるんですが、どうしましょう?」

「その内一人は、もういないんじゃろう。だから四人分はあるんじゃから、それでいいじゃろう」

「でも五人分あるのがそもそもおかしいですよ」

「いや、一人減ってんだから、四人分あるし、いいんじゃないのか」国王が言った。

「はあ、それはそうですが、しかし……」困惑気味の妖精。

「気にせんでよい。わしは国王様のスピーチの練習に付き合わねばならんから忙しい、四つも五つも気にせんでもいいじゃろ」

「はあ、そうおっしゃるんでしたら。じゃあ、サインをお願いします」

「ほら」大臣はチラッと書類を確認し、面倒くさそうにサインをした。

 妖精は「ありがとうございます」と礼を言い、音もなく去っていった。そんなことを気に留めず、国王は真剣にスピーチの練習をしている。

「えー、オホン。よくぞ集まった勇敢な者たちよ。ナウマン教を倒すために多くの者たちが幾度となくこの城から旅立っていった。まことに勇敢な者ちゃちでありゅ――」

「だから噛むな!」上下関係などどうでもいい感じで怒る大臣。

「そちが添削するから、ややこしくなったんじゃろうが!」若干怒っている国王。

「はい、もう一回!」

「よくぞ集まった勇敢な者たちよ。ナウマン教を倒すために多くの者たちが幾度となくこの城から旅立っていった。まことに勇敢な者たちである。そなたたちは、彼らに続くこの国の希望なのだ。ナウマン教を倒し、無事この城に戻ってきた暁には、そなたたちに褒美を遣わす。よいな、必ずやナウマン教を倒し、世界に平和をもたらすのじゃ!」

 さすが国王と言わんばかりの貫禄で、完璧に自分に酔いしれているように自信にあふれた表情で国王は遠くを見つめている。大臣も満足気な顔でうなずきながら国王に言う。

「うむ、結構です。それでは、まいりましょうか、国王陛下。歓迎の宴へ」

 真剣な表情が若干ゆるくなったとはいえ、口元を引き締めとした顔で「うむ」と答え、国王は大臣の後に続き歓迎の宴が行われる部屋へと向かった。


 王宮で最も広くて豪華な歓迎の間は円形状で天井が高く、真ん中は客人が集まる広間になっており、その周りの一段高い場所は座ってくつろげるように設計されている。歓迎の間には、数十人の兵士や音楽隊、王国内の村や街の長たち、その他招待客など百名以上がすでに集まっていた。彼らは皆、国王と大臣が姿を見せると静まり、それぞれ敬意を表する仕草をとった。全員が神経を張りつめる中、国王が宣言する。

「お集りの諸君、勇者一行を迎え、これより歓迎の宴を開催する」

 一同が盛大に拍手をする。音楽隊がその拍手をかき消すくらいの大きさの音でファンファーレを演奏する。先ほどの、音が外れて聞こえてきたのとは大違いで、美しい音色に皆が聴き入っている。そして、妖精が国王と大臣より前に進み出て、マイクを持ち自信たっぷりに話し始める。

「皆様、本日司会を務めます妖精のかおりんです。どうぞよろしくお願いいたします。勇者一行が来てくださるのもなんと二カ月ぶりなんですね。そうか、前に司会してから二カ月も経つんですね。たしかその時の勇者一行は、勇者と戦士三人のパーティーだったはず。誰も回復魔法を使えないパーティーで旅立っていきましたが、たぶんすぐに全滅したんでしょうね。回復魔法なしですから。戦士三人ってバランス悪すぎでしょう。どうして誰も止めなかったんでしょうね。戦士三人って、僧侶三人のほうがまだマシだっつーの」

「おい! そんなこといいから、進めなさい」大臣がたしなめた。

「失礼しました。レディース・アンド・ジェントルメン! お待たせしました。勇者様一行のご入場です。ミュージック、スタート!」ノリノリの妖精。

 聴いている者を物憂げな気持ちにさせるようであり、かつひょうきんな踊りを踊ってしまいそうな気分にもさせるような音楽が流れてくる。と、背が低くて髪が薄い男が、びくびくしながら奥から入場してくる。年齢は35歳くらいで、若干小太りで、おやじ狩りに遭いそうな俳優を選ぶオーディションなら絶対に通りそうなぐらい弱々しい。服のセンスも恐ろしいほど悲惨だが、着用している勇者特有の冠はまあまあカッコいい。

「ひいいいいいいいい! 人いっぱいいいいいいい!」男はめちゃめちゃビビっている。

 妖精のかおりんは紹介を続ける。

「最初のご登場は、勇者のコニタンさんです。コニタンさんは、トンキン中学卒業後、勇者アカデミー・トンキン校に補欠合格しますが、成績不良のために10年連続落第を重ね、最終的に除籍されました。その後警備員のバイトを5年間続け、自己研鑽を積み、立派な勇者になるべく頑張ってきました。今までで一番つらかったことは、真っ昼間に路上で中学生にカツアゲされたことです。そのときの屈辱は自分を戒めるために今でも忘れていません。今回、『あなたもナウマン教討伐のための勇者一行に加わりませんかキャンペーン』に応募され、見事当選。パーティーのリーダーを務めていただきます。さあ、皆さん、盛大な拍手を!」

 皆が拍手を送るが、コニタンはビビりまくって今にも気絶しそうなくらいに顔が青白くなっている。

「ひいいいいいいいいい!」震えるコニタン。

 コニタンを見て国王と大臣がとしている。

「……えっ、なんか、ビビりじゃない? それに、勇者アカデミー・トンキン校って定員割れが続いてる養成所だし、そこに補欠合格って、補欠じゃなくても合格できるんじゃないのかのう?」首をかしげる国王。

「……パッと見、臆病ですが、能ある鷹は爪を隠すと言いますから……」首をかしげる大臣。

 コニタンは所定の位置につくように兵士たちに誘導されている。

 突然、昔深夜のお色気番組で使われていたような曲が流れ出す。そして、全身から汚れのオーラを放ちながら筋骨隆々な男が入場してきて、歓迎の間の一番目立つセンターへ行きカッコつける。いかにもマダムキラーな感じの男だ。平均的身長で、なぜかな瞳をしている。この男は自分の筋肉を見せつけるかのごとくポーズを決めている。それを見て妖精がマイクを手に取り、続ける。

「続きましては、僧侶のすぺるんさんです。すぺるんさんは、子どもの頃からガールズバーに入り浸り、ここ5年間毎週のように花街に通い詰める筋金入りの女好きです。寄ってくる女は拒まず、許容範囲の広さならまだまだ誰にも負けません。特技は、格闘技全般。中でもボクシングはプロライセンスを所持するほどの腕前です。趣味はビデオ鑑賞。チャイドルから熟女まで幅広いグラビアアイドルのイメージビデオを網羅しており、その知識は雑誌に連載を持つほどです。映画は、ハリウッド創成期の作品からポルノ作品まで、AVは裏から表まで、あらゆるジャンルを鑑賞し続けてきた強者です。大仏寺のそばに35年間住み、毎年除夜の鐘を聴きながら自分の煩悩を消す努力をしてきました。皆さん、拍手!」

 国王と大臣は二人並んで当惑している。

「……僧侶じゃないよな? 寺でも教会でも修業してないよな……」困惑する国王。

「……煩悩の塊みたいな奴ですな……」困惑する大臣。

 自分の筋肉を招待客に見せつけて、にやけた顔で投げキッス送りながら、すぺるんは所定の位置に案内される。招待客たちは、一部のマダムを除いて、皆引いている。

 そして、手品と言えばこの曲だと誰もが思い浮かべる音楽がかかり、魔法使い専用の長い帽子をかぶりマントを羽織った怪しい男が入場してくる。男はすぺるんよりもカッコつけながらセンターへと自信満々に向かう。中肉中背で、顔は男前である。だがしかし、何かが抜けている。そしてまた、すぺるんと同じく汚れのオーラを放出している。そんなことはどうだっていいみたいな感じで、妖精は嬉しそうに自分の仕事を続ける。

「さて、続きましては、魔法使いのハリーさん。ハリーさんはなんと、名門ゲロンビア魔法学校に若干12歳にして入学しますが、入学試験時に教員へ賄賂を渡していたことが週刊誌によって暴露され、退学処分となります。その後、難関校であるソードブリッジ魔法学校に若干13歳で入学しますが、入学後、替え玉受験していたことがバレて退学処分になります。その後、最難関校として名高いビッグバード魔法学院を受験しますが、見事に不合格。そしてその後、有名マジシャンのミセス・トリックに弟子入りし20年間助手を務めてきました。一番得意な魔法は、水中脱出だそうです。拍手!」

 国王と大臣は呆気にとられている。

「……えっ? 水中脱出って魔法じゃないだろ。魔法学校出てないんだから魔法を使えないんじゃないの? ていうか魔法使いじゃないよな」困惑する国王。

「……え……あ……う……」困惑する大臣。

 ハリーも兵士から所定の位置に案内され、コニタンとすぺるんの横に並ぶ。それと同時に、着物を着たちょんまげの遊び人風の男がずかずかと入って来る。江戸っ子感が半端ない感じで、すごく堂々としている。音楽はない。

「おう、ちょっくら邪魔するぜぃ」

 男は妖精にぶつかりながら「おう、ごめんよ」と謝った。

 妖精のかおりんは少し不機嫌な顔をしながら、仕事を続ける。

「続いては、えーっと、あれ、プロフィールが、あれ、どこだ? あれ、大臣様、プロフィールがありません」

 妖精のかおりんは持っている紙を一枚一枚確認しながら困り顔で首をかしげる。

「ちゃんと管理しておくのが、お前の仕事だろうが」

「さっきサインしていただいたときに、大臣様が一枚抜き取ったんじゃないんですか」

「わしがそんな泥棒みたいなことするか」

「おっと、あっしのために争うのはよしておくんなせえ。いつも女から取り合いされててね、争いごとはいい気がしねえんだ」江戸っ子気質な男が気取って言った。

「えー、たしか、金さん? でよろしいでしょうか?」

「おうよ」金が妖精に色目を使いながら返事をした。

「皆さん、金さんです。拍手!」

 国王と大臣は落胆している。

「……なんか、おかしな奴ばっかじゃねえ?」困惑する国王。

「……気のせいです……」困惑する大臣。

 金という男も所定の位置につく。

 先ほどまで意気揚々としていた音楽隊は急に萎えた感じでレクイエムを演奏し始める。国王と大臣の顔つきも変わり、それに合わせるように出席者も皆静まり返る。妖精が低い声でゆっくりと静かに話し始める。

「では、最後になります。戦士のマモルさんです。マモルさんは、戦士中学、戦士高校、戦士大学を経て、プロフェッショナル戦士スクールを首席で卒業されました。その後ジャポニカン王国にて衛兵として10年間勤務したエリート中のエリート戦士です。満を持して今回の『あなたもナウマン教討伐のための勇者一行に加わりませんかキャンペーン』に応募された期待の星です。諸事情のため、今日はこの歓迎の宴にお越しいただいておりません。が、拍手!」最後急にテンションを上げた妖精のかおりん。

 出席者一同、拍手をしてもいいのか疑いたくなるような雰囲気を感じながらも一応拍手をする。その拍手をかき消すようにファンファーレが再び演奏され、なぜか国王が広間のセンターへ出て来る。かおりんは、待ってましたと言わんばかりに楽しそうに仕事を続ける。

「そして、わがジャポニカン王国の現国王、ノダオブナガ様! 国王になって27年、以来、歴史に類を見ないくらい善政を敷き、国民に慕われてい――」

 突然大臣が妖精のスピーチを遮る。

「ストーーーーーップ! おい、やめろ! こら、おっさん、お前も!」

「えっ、おっさんって」漫才のノリの国王。

「もっと真剣にやって下さい、国王様。二カ月ぶりの歓迎の宴ですぞ。おわかりですか。妖精、お前も!」大臣が国王とかおりんに厳重注意。

「すみませーん」口をとんがらしてかおりんが謝った。

「はい、仕切り直して」怒り気味の大臣。

 国王が咳払いしてからスピーチを始める。

「えーーー、オホン。うむ。よくぞ集まった勇敢な者たちよ。ナウマン教を倒すために多くの者たちが幾度となくこの城から旅立っていった。まことに勇敢な者たちである。そなたたちは、彼らに続くこの国の希望なのだ。ナウマン教を倒し、無事この城に戻ってきた暁には、そなたたちに褒美を遣わす。よいな、必ずやナウマン教を倒し、世界に平和をもたらすのじゃ!」キメ顔の国王。

 少し間を開けてかおりんが言う。

「はい、拍手!」

 国王は遠くを見つめる感じで自分の練習の成果に若干酔っているように見える。妖精は国王への拍手が最も大きいものと勝手に想像しながら仕事を終えた自分に酔っているように見える。だがしかし、会場は静かなままだ。拍手が起こらないのだ。その場のみんなは唖然としている。みんなの視線の先には、酒を飲んでいる大臣がいる。国王は自分に酔っており、妖精も自分に酔っており、大臣は酒に酔っている。

「ぷはーーーっ、酒うめえ」

「いや、お前も真剣にやれよ!」

 国王が大臣に鋭いツッコミを入れた。

 勇者一行が登場したが、変わった奴らだ。ビクビクしてる勇者って、勇敢じゃないから、そもそもコニタンは勇者じゃないだろ。僧侶のすぺるんは心が汚れているし、魔法使いのハリーは魔法学校に通ったことないし、金という和服の男は職業不詳で怪しいし、戦士マモルはいないし。国王と大臣もおかしな感じだし。四人パーティーなのに紹介するプロフィールが五人分用意されてて、しかも一人分のがなくなってるって?

 なんか意味深……。

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