第34話 魔国ドーソ
ここは魔国ドーソ。
草原が広がるこの国では立派な建物は少なく、所々にしかない。
その代わりに柵が多くあり、それぞれ区画が作られている。
この国に住む魔族は兎のような姿をしており、頭の上に生えた長い耳が特徴的である。
他の魔族達からは戦闘ラビットと呼ばれ、戦闘を得意としている。
そして、ほとんどの者が武闘派であり、金属の鎧を着ていた。
草原が広がるこの国には金属を採掘できるような鉱山はどこにもない。
では、どこで金属を採掘しているのかと言うと、草原の草をエサとしているアーマーブルと言う魔物から採っている。
皮膚が金属でできている牛であり、推定ランクはランクスリー。そこそこの戦闘力がある。
戦闘ラビットからしたら、自分達の脅威になる魔物ではなく、家畜のようなものであった。
狩るだけではなく、時にはエサを与えたりしている。
また、推定ランクがランクスリーであることから一人で狩ることができれば、大人。言わば一人前の戦士として認められるようになる。
そんなこの国は現在、一大事となっていた。
「族長、どうしましょうか?」
戦闘ラビットは個々に名前がないため、互いに族長などの役職で呼び合っている。
族長と呼ばれた戦闘ラビットは目を細め、柵の向こう側にいる集団を睨む。
「ざっと数えて100くらいはいるな、世間話をしに来たとは思えないわな」
柵の向こう側にいる集団は牛の頭を持つ魔族であり、ミノタウロスと呼ばれている者達だった。
「武装もしているようですし」
武装していると言うが、戦闘ラビットのように鎧を着ているわけではなく、生身の肉体に斧や剣などを持っているだけだ。
「何かあってからでは遅いかもな。女、子どもは安全な区画に戦える者はここに集まるように」
「わかりました!」
返事をした戦闘ラビットは走り回り、伝達して行く。
ほどなくして、鎧を着た戦闘ラビットが族長の元に集まった。
その中に陽気な声をあげる者がいた。
「族長!なんすか?あれは」
「スロウスの住民のミノタウロスだな」
「ほう!強そうっすね!」
スロウスは魔王ベルフェゴールが統治する魔族の国であり、ドーソとは隣接している国でもある。
族長は集まった者達と共にミノタウロスの所に近づく。
「何の用だ?」
ミノタウロスは歯を見せながら言う。
「この地を治めようと思ってここに来た」
「おいおい、気でも触れたか?ここはーー」
「お前ら戦闘ラビットの国ではないだろ?」
「どういう意味だ?」
「まさか、互いの魔王様が死んだことを知らないのか?」
アスモデウス様が死んだという情報は知っている
ただ、情報元はストレインの住民であるハーピーだ
「知っているとも。だが、確かではないはず」
「いや、魔王様はもういない」
戦闘ラビットはミノタウロスが何を根拠にそうであると言っているのか疑問に思う。
情報元が同じハーピーだとすれば、それは間違えだろう。
何故なら、ハーピーという魔族は誘惑し、騙すことを得意としているからだ。
「実際に証拠となるものを見たのか?」
「見てはいない。だが、あの魔王様は常に国に居たいお方だった。国外に出ていたとしてもこれ程遅くなったことはない」
帰りが遅いからとか、なんだそれと戦闘ラビットは思ってしまう。
思わず、戦闘ラビットの誰かが鼻で笑ってしまう。
「話し合いの結果で俺達の配下に下ってもらうつもりだったが、もういい」
そう言うと、手に持つ武器を強く握った。
その反応を見た戦闘ラビットも険しい表情に変わる。
「配下?誰がなるとでも?」
お互いに武装もしている事から、一触即発しそうな雰囲気となる。
そんな間にどこからか何者かが割って入って来た。
背丈は大きくなく、犬耳が特徴的な少女だった。
犬耳の少女は両者を見ながら叫ぶ。
「なんで!魔族同士で争わないといけないの!」
両者は犬耳の少女を見ながら驚いた声で言う。
「エン・ヘリアルの者がどうしてここに!?」
「お前もこの地を取りに来たのか!?」
本来ならいるはずがない魔族の登場でさらに異様な雰囲気となり、ついに武器を構えた。
睨み合いが続く中
「全く、お前達は」
と声が聞こえてくる。
声の方角から威圧感を感じ、その場にいる者の視線を集めた。
誰かが視線の先にいた者の正体を口にする。
「ま、魔王様!?」
この場にいるはずがない魔王の登場に戦闘ラビットは驚いた表情をし、ミノタウロスは一歩下がる。
頭にある大きな角が特徴の魔王ベルゼブブがそこにいた。
魔王ベルゼブブはまず、犬耳の少女に目が行く。
この両者の間に割って入るとは、この娘は何者だ?
たしか、エン・ヘリアルにいた魔族だったか?
ただの命知らずの馬鹿か、それとも……
魔王ベルゼブブの視線がやっと戦闘ラビット、ミノタウロスに移る。
「これ以上、問題ごとを増やさないで貰いたい」
ミノタウロスのリーダー的な者が反論する。
「ま、待ってくれ!俺は魔王になりたいんだ!だから!」
「お前が魔王に?」
魔王ベルゼブブはさらに威圧する。
ミノタウロスは息を呑み、後退りしてしまう。
それを見た魔王ベルゼブブは言い放つ。
「魔王の席が空いているからといってもその程度の覚悟なら魔王になるのはやめるだな」
その会話を聞いていた戦闘ラビットは魔王の席が空いていると言う言葉に反応し、魔王ベルゼブブに問いかける。
「魔王様、アモスデウス様は本当に……」
「あぁ、あいつは死んだ」
魔王ベルゼブブのさらっとした返答にほらみろと言わんばかりの顔をミノタウロスがする。
一方で戦闘ラビットは地面を見る者や天を仰ぐ者がいた。
アスモデウス様は本当に……
戦闘ラビットと呼ばれるようになったのは魔王アスモデウスのおかげであった。
戦闘の仕方を教わり、強さを知った。
だから、戦闘ラビットは魔王アスモデウスを尊敬し、感謝していた。
一触即発しそうな雰囲気は無くなり、喪失感が漂った。
「そこの娘が言ったように魔族同士で争う意味はない。お前達の面倒も俺様が見る」
この場を治めることができた魔王ベルゼブブであったが、腑に落ちないところもあった。
今のでやる気がなくなるなら、誰かに吹っかけられたか?
なら、その首謀者はどこだ?
魔王ベルゼブブは周りを見渡し始める。
「ま、魔王様。まだ何か?」
「ちょっとな」
魔王ベルゼブブはある方向へ目を向け、歩き始めた。
その後ろを一定の距離で着いてくる者がいる。
あの娘か、まぁいいだろ
後ろを着いてくる犬耳の少女には気に掛けない態度で歩き続ける。
すると、魔国ドーソの外れ辺りで地面を見ながら、何やらぶつぶつと呟く者を見つける。
「私は……私はこれからどうしたらいいのだ……」
覇気も威厳もどこにもないが、間違えない。
「こんな所で何をしている?ルシファー」
その言葉を聞き、顔を上げる。
魔王ルシファーは余程のショックだったのか包み隠さずに話し始める。
「ベルゼブブか、あれとの連絡が途絶えた……私はお役に立てなかったから捨てられたのか?」
「お前はあれの指示に従ってたのだろう?」
「そうなんだ……なのに……どうして……」
これは完全に精神をやられている
上空に目を向ければ、鳥のような姿をした魔族ハーピーと呼ばれる者達がいた。
誰もが困惑した表情を見せている。
空に何かがいると思い、ここに来たが、やはり、ルシファーの部下だったか
主人がこの有り様ではそうなるな
「いい機会ではないか?これからは自分の思うように生きればいい」
そんな中、空から何かが降りて来た
降りてくるまでその気配に全く気付けなかったベルゼブブは思わず身構えてしまう。
なんだ?ハーピーか?
魔王ルシファーのこの姿に見かねて空から降りて来たかと魔王ベルゼブブは思ったが、後ろにいた犬耳の少女の声が別の答えを教えてくれる。
「アリシリア様!」
その名を聞き、魔王ベルゼブブは険しい表情をする。
なんだと?
例の者か……
「ご苦労様です。どうでしょうか?ご一緒にニンゲンの国に行きませんか?」
突然現れ、突然の発言に魔王ベルゼブブは呆然としてしまう。
そんな魔王ベルゼブブを見ながら、アリシリアは含みのある笑みを浮かべた。
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