第33話 管理者


巨大な竜であるアースはこの場所に侵入してきた魔王であるアリシリアに対して鋭い視線をぶつける。

何かスイッチが入ったのか、主という存在に対して抱いていた恐怖はどこにもなかった。


「邦国の英雄、我から授かりし竜のチカラを使うのだ」


そう命令された邦国の英雄デイトナは目隠しを外す。

デイトナの瞳は竜のように鋭い眼光をしていた。


「あら、それはその眼を隠すためでしたか」

「我が眼として世界を見るためにその眼がある。故に強力すぎる」

「強力?」

「強大なチカラは普段、使用する事を控えるものだ」

「たしかにそれには同意です」

「邦国の英雄よ、仕留めよ」


デイトナは無言で頷き、矢を持つとそのまま中仕掛に乗せ、弓を引いた。

竜の眼は標的を確実に捕える。

相手の筋肉の動きから骨格、血の動き、僅かな重心まで全てを見通すことができる。

それらを掛け合わせることで相手の動きを見切り、確実に当てることを可能とする。

そして、使用する矢も通常とは異なり、魔力の込められた矢は急所に当たれば、一矢で絶命させる程の威力がある。

放たれたその矢は一寸の狂いもなく、輝きを放ちながら、アリシリアへ飛んでゆく。

しかし、アリシリアからすれば、この程度の攻撃など、防ぐ方法はいくつもあった。

その中で選択したのはただ避ける事だった。

直立したまま、体全体を横にスライドするようにして飛んでくる矢を避ける。

生き物とは思えない動きにアースもデイトナも驚きのあまり目を見開く。


「今の体勢でどうやって?」


アースも竜の眼と同様のチカラがある自らの眼で見ていた。

しかし、アリシリアの体が動くような前兆を確認できなかった。


骨格おろか筋肉すら動いてなかったはず

こいつは生き物ではない?


「何か失礼なことを考えてます?」


そう言いながら、アリシリアが右手を払うように振ると、光の剣が現れ、デイトナに襲いかかった。

間髪を容れず、次から次へと現れる光の剣の斬撃を避けてゆく。

アースが見えている光の剣の斬撃をデイトナが共有する事でデイトナの背後に現れた光の剣にも対応する。

竜の眼は見たものを共有するチカラも有していた。


「良い反応と良い眼です」


ただデイトナは避ける事に精一杯でなかなか反撃をする事ができない。


「仕方あるまい」


それを見ていたアースが口を大きく開く。

そして、咆哮と共にブレスを放った。

アースの口からエネルギーの塊がアリシリアへ飛んでゆく。

アリシリアは矢と同様に受ける事はせずに避ける選択をする。

アリシリアの白色側の髪を揺らすが、当たらない。

目標物に当たらなかったブレスはそのまま地平線へと飛んでゆくのをアリシリアは確認する。


やはり、矢と比べると飛距離が段違いですね

それにこの空間はどこまでも続いているようです


「まだだ!」


ブレスはこの一発だけではなく、先程の光の剣のお返しと言わんばかりに複数飛んでくる。

今度は避ける事はせずに受ける選択をする。

左手を前に出す事でアリシリアの目の前に黒い壁が飛んでくるブレスの数だけ現れる。

ブレスが黒い壁に衝突し、音と共に相殺する。


このくらいの壁では壊れますか

あの勇者の攻撃を防いだくらいのものを用意したのですが……まぁいいでしょう

あとは……


そして、アリシリアもお返しと言わんばかりに光の剣で斬りつける。

アースの体に斬り傷を付けるが、すぐにその傷は消えてなくなる。

アースは自身の身体能力を見せつける。


「それがお前の戦い方か」


その言葉からアリシリアは相手も同様に力量を確かめていたと推測する。


この世界について知っているつもりでしたが、いくつか知らないものがありますね

例えば、目の前にいるこの竜

あの子が創ったのは確定だとして……なぜ、詳しい情報が一切ないのか

まぁ、何となくその理由も予想できますが……


アリシリアは軽くため息をつく。


「高い能力をお持ちのようですね」


アースは見た目だけが巨大なわけではなかった。

その体内にある膨大な生命エネルギーはまさにこの世界を管理するものとして相応しい量であった。

それに加え、この世界で唯一の竜。

基礎スペックだけでこの世界のあらゆるものを凌駕していた。

その巨体から繰り出される攻撃力、攻撃範囲。

そして、あらゆる攻撃に対する耐性まで備え、体の傷を癒す事もできる。

相手がこの世界のものなら、まず勝てる者はいないだろう。


「当たり前だ。我はこの世界を創った最強の存在」


アースは目をぎらつかせる。


「この期に及んでまだ言いますか」


先程見せた恐怖心はどこにもありませんね

スイッチが入ったような変貌ぶり……

こういう設定にでもしたのでしょう

攻撃も防御も優れているのはわかりました

あと警戒するのはスキルですね

基本的にスキルは別世界からの転生による付加効果で与えられるもの

その理屈からすれば、転生者ではないこの竜が持っていることはない

しかし、創造したのはあの子となると……

ないとは言い切れないですね


この間にもアリシリアは光の剣でデイトナを攻撃し続けていた。

反撃に転じる事ができずに自由を奪われる。

そして、デイトナを囲むように黒い壁が次々と現れる。

デイトナからの攻撃を防ぐ狙いもあったが、一番の狙いはアースとデイトナの連携及び共有する事ができる視界の遮断だった。

その狙いに気づいたアースが慌てて黒い壁を壊すためにブレスを放つ。

ブレスが黒い壁に衝突するが、先のように黒い壁が壊れる事はなかった。

その光景にアースは驚きの顔を見せた。

なぜ?という疑問に対してすぐに答えが返ってくる。


「少しだけ強度を上げただけです」


そう言いながら、右手を振った。

アースの周りに光の剣が現れる。


「強度だと?くっ……」


ダメージが少ない事は知っているが、強度を上げたという言葉にアースは警戒をし、距離を取る。

黒い壁の強度を変えられるなら、光の剣の強度を変えられると考えるべきであり、アースの取った行動は当たり前であった。

これからどうするか考えようとした瞬間、アースは何かを察する。

僅かな変化すら、アリシリアは見逃さない。


「あら、生命に関する探知もあるですか?」


アースが見ていた黒い壁が消えてなくなり、デイトナの姿が見えるようになった。

そこには光の剣で串刺しになったデイトナがいた。


アースはぶつぶつと呟く。


「我が人間を守る。そう、我が世界を守るのだ」

「そこですよ。私が知りたいのは……なぜ、魔族ではなく、人間を選んだのですか?」

「なぜと言われてもそれが良いと思っただけだ」

「それだけで人間にワイルドアイテムも与えたのですか?」


アースは少し驚いた顔をするが、今までの経緯からすぐに納得する。


「そこまで知っているのか」


アリシリアは微笑む。


「そうですね、私は物知りですので」


世界のバランスが崩れれば、それを修正しようと働くのが世界のシステム

この竜も管理者権限があったとはいえ、結局はこの世界の一部

人間側に肩入れしていたのも世界のバランスを保つためだとしたら?

魔族側にバランスを崩すものがあると考えるべきでしょう

我々が直接介入しなければならない時点である程度の確信はありましたが、これは決まりですね

となると……


「例え何であれ、我はーー」

「もういいです」


そう言うとアリシリアの周りに三本の剣が現れ、回っている。

白色の剣と黒色の剣、そして黄色の剣。

どれも光の剣とは違う雰囲気が漂っている。


光の剣で削れないわけではないですが、削る割合が小さすぎる

回復することまで考慮すると面倒ですね

それにスキルなどの類を使ってくるかもしれない

それなら


その内の一本を手に取る。

片側の髪色と同じ黒色の剣がアリシリアの手の中にあった。

その剣から感じる禍々しさにアースは顔をしかめる。


「そ、それでどうするつもりだ」

「生命エネルギーをいただくだけです」

「我のこの膨大な生命エネルギーを?」

「はい、一振りで終わりです」


時には相手の手の内を全て知らなくても圧倒的なチカラでねじ伏せればいい。

アリシリアは警戒心を怠らずにこの攻撃が防がれた場合など、様々なシュミレーションをしながら、アースに向かって歩く。

そんなアリシリアに対してアースはブレスや尻尾による打撃などで仕留めようとしてくる。

アリシリアがシュミレーションしていなかった攻撃はなく、全て予定通りだった。

スキルなどの類はなく、巨体を活かした身体能力による攻撃が主だった。

そんな攻撃を防ぎながら、ついに黒い剣の間合いに入った。

アリシリアは足を止め、アースを見上げる。

そして、アリシリアは黒い剣を振り下ろした。

間近に迫った斬撃にアースは確信してしまう。


「我が負けるなどーー」


黒い剣の刃がアースに近づいた時から生命エネルギーの吸収は始まっていた。

そして、刃がアースの体に触れた瞬間に全ての生命エネルギーを奪った。

アースはその場に崩れるように倒れ、巨大な体が徐々に消えて行く。

それを見下ろしながら、アリシリアは言う。


「これは自負でも何でもありません。我々に勝てるのは我々だけです」

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