第23話 英雄


アリシリアが手を掲げると、空間から剣が出てくる。

ジン達もそれを見て戦闘態勢を取る。


「グレース、ヒロフミの方を頼む」

「ちょっと!なに!?グレース様に命令してるのよ!」


チョコが喚くが、グレースは頷くと魔王アモンへ歩み始める。


「グレース様!」


口にはしないが、鋭い視線を魔王アモンに向ける。


どうして!魔族なんかに!


その視線を浴びた魔王アモンは否定する。


「オ、オデは悪くない!裏切ったのはお前たち方でふ!」


グレースは剣を抜き、構えた。


「オデを魔王になったオデを殺すのでふか?」


グレースは頷くと魔王アモンに向かっていく。


「そうやって!だからニンゲンは嫌いでふ!相手になってーー」


すでにグレースと魔王アモンの間に距離はなかった。


まずい!


魔王アモンは慌てて後ろに退がるが、すぐに距離を詰められる。

大口を叩いたが、後衛で支援を得意とする魔王アモンと剣術による前衛のグレースでは戦い方が違う。

距離が近ければ近いほど、グレースの方が有利だ。

魔王になった事で飛躍した身体能力のおかけで何とか攻撃を喰らわずにしているが、ジリ貧である。


相変わらず、綺麗な斬撃……

このままではまずい


だが、魔王アモンも無策ではなかった。

即座に妖術を発動させる。


「妖術 魔物召喚」


ゴブリンとオーガが召喚される。

そして、思念伝達で命令をする。


『オデの盾となり、ニンゲンを叩き潰せ』


それでもグレースの乱撃によって切り刻まれていく。

魔王アモンはまた妖術を使い、ゴブリンとオーガの数を増やす。


この妖術には使用制限はない。

そして、アビリティの効果で運が良ければ、強化された魔物が召喚される。


と、とりあえず、召喚しまくって、数で制圧するしかない


魔王アモンは後方から命令を送り、グレースを取り囲んでいく。


よし!あいつの弱点は数だ!

単騎なら負けるだろうが、範囲攻撃がない分、数に弱い

転生された時からの知り合いでふ

これくらい知ってる


しかし、そこにチョコとバニラが加わる。


「グレース様!手伝います!」

「こっちは任せてください!」


チョコもバニラも剣の腕前は一流である。

魔王アモンの召喚した魔物相手に引を取らない戦いを見せた。

そのため、乱戦状態となった。




ジンは手で合図を仲間達に送った。

その合図と共に陣形を整える。

ジンを先頭に右にオレグ、左にサシャ、後ろにユリアとなる。


「聖騎士団も共闘してくれるだろうな?」

「もちろんですよ。あの団長が負けた相手ですので……そんな相手と戦えるなんて主に感謝しなければなりません」

「団長?フォードさんが?」

「はい、白と黒の者に負けたと仰ってました」


白と黒……

髪のことを言っているのであれば、まさに目の前にいる者になる


「なるほど、かなりの強者か。俺が先に仕掛けるよ、もしかしたら、君達の出番はないかもしれない。ユリア頼む」

「強化魔法レイズ」


ユリアから強化魔法が付与される。


「いつも通り、手加減なしだ。先手必勝」


抜刀 一矢先攻 一閃


ジンは棒立ちしているアリシリアに技を放つ。


この感じいける


瞬間移動するか如く、一瞬でアリシリアの首元に刃が迫る。

しかし、刃はアリシリアの首元で一瞬止まった。

と思うと、すぐにアリシリアが持つ剣によって弾かれる。

弾かれた勢いでジンは後退する。


決まったと思ったが、弾かれた!?

この違和感、あの時の……


ジンの脳裏に双子の冒険者が浮かんでくる。


でも、まだ一閃……


「おいおい、まじかよ」

「ジンの攻撃が……」


初めて見たジンの技が効かなかった事に驚きと絶望感を仲間達は感じてしまう。


「大丈夫、まだこれは序の口だよ」

「えっ、そ、そうなのか?」

「あぁ、でも、今の一連で分かったことがある。この世界で出会った中で一番の強者だよ」


そう言うと、ジンは納刀し、構え直す。


「あの、すみません。矛盾してませんか?手加減なしだとか言ってたはず……それなのにまだ何かあるのですか?」

「勘違いしないでもらいたい。俺は一太刀を全力で斬っている。決して手加減などしてない。そして、まだ先がある」


その言葉を聞き、アリシリアは思う。


自信に満ちた表情……

本気で私を倒せると思っている


構えているジンが動き出す。


抜刀 一矢先攻 三閃


一瞬でアリシリアの元へ到達し、一太刀する。

さらに速度を上げ、もう一太刀。

さらに加速し、もう一太刀。

一太刀、一太刀、斬る回数が増えれば増えるほど、ジンの速度も速くなる。

連続で三回の斬撃を食らったアリシリアであったが、容易に手に持つ剣で防いでしまう。

あまりにもの速さに当事者以外はジンの技が防がれた事を確認できた者はいなかった。


防がれた!?

でも、まだ……


「久しぶりだよ、こんな想いは」

「ジン!一体何が!」

「この技を使うのは前の世界以来だよ」


ジンは息を吸い、吐く。

ジンの周りに風が巻き上がる。


抜刀 一矢先攻 五閃


頭と四肢を一瞬で星を作るように斬る五閃はジンが使える最大であり、最速である。

しかし


ただ速いだけ

眼を使うまでもありませんね


アリシリアは斬りかかってくる五回の斬撃を何事もなく、手に持つ剣のみで防いでしまう。

その事実にジンは言葉を失ってしまう。

そして、ある確信を得る。


あの時の違和感の正体が分かった気がする

やはり、俺の技はあの冒険者にも見切られていたのか


「貴方の全力はその程度ですか?」

「なんだと!?」

「世界を救ったという事実は貴方にとって過信になったのですか?」

「ッ!?な、何の話だ!」

「とぼける必要はありません。私は全て知ってます」


ジンが聞き返そうとした時、どこからか音が聴こえてくる。

その瞬間、ある者達以外はその場で動かなくなってしまう。

風も砂埃もあらゆる物が止まっている。

そう、時が止まっていた。

その中を聖騎士団の副団長であるテンマは満面の笑みを浮かべながら、話し始める。


「一目見た時からそんな気がしてました。主よ」

「何を言っているのですか?せっかく良い所でしたのに」

「邪魔をしてしまったことはお詫びします。ですが、私はすぐにでも主とお話したかったのです」


本当にニンゲンは自分勝手……


アリシリアはため息をつく。


「そうですか……それで?」


テンマは両手を広げて表現した。


「時の影響を受けてませんね?」


アリシリアも周りを見渡す。


「あら、時を止めたのですか」

「はい!我が国に保管されているワイルドアイテムの効果です!このワイルドアイテムは使用者以外の時を止めることができるのです!」


そう言いながら、笛のような物を見せる。


「そのような貴重な物を使って良かったのですか?」


テンマは興奮混じりに話す。


「もちろんです!こうして主を見つけることができたのですから!」

「待ってください。先から主?とは?私が主?とか言うものなのですか?」

「はい!こんなことができるのは主しかおりません!時の影響を受けないなんて……この世界をお創りになった者の証です!」

「そうですか、もう少しでこの効果は切れるのでしょう?」


アリシリアはそのアイテムの事情を知っていた。


時を止めるアイテムに時間制限があるという矛盾

このようなものを創り、人間に渡しておくとは……

あまりよろしくないですね


「おお!さすが主!その通りでございます!ですので、時が動き出したら、私は主のお役に立ちたいと思っております。主が望むのであれば、人間など裏切ります!」


テンマは膝をつき、頭を下げた。


やはり、信仰というものはどの世界でも測り得ないものがありますね

この者をここで殺すのは勿体ないかもしれません

ですが……


「なら、死んでください」

「!?」


テンマは予期せない言葉に顔を上げてしまう。


「どうしました?主の願いですよ?」

「ま、待ってください!か、必ず!お役に立ちます!主よ!私は忌々しい竜ではなく、貴方様!主を信じているのです!」

「だから、死んで役に立ってください」


アリシリアは微笑みながら、手に持つ剣でテンマを貫いた。

そして、時は元通りに動き出す。

アリシリアとテンマ以外の者にとっては瞬きするくらい一瞬の出来事であった。

その場に倒れるテンマを見て周りは慌てる。

聖騎士達がテンマ様と叫びながら、その亡骸に駆け寄った。


「な、何をした!?」


ジンは問いただす。

それと同時に仲間へ合図を送る。

逃げろの合図をーー


「貴方より速く動いただけですよ?」


ジンによって皮肉な答えが返ってくる。

ジンは苛立ちを覚えたが、何よりも後悔した。


一閃が通用しなかった時点で撤退するべきであった

このままでは全滅する

他の者が逃げれる時間を

特にグレースを

ここで英雄が二人も死ぬことだけは避けなくては……


「いろいろと考えているみたいですけど、安心してください」

「安心?全員殺すってことか?」

「どうでしょうか」




オレグは隣で魔王アモンと戦っているグレース達の元へ行き、声をかける。


「おい!早くここから逃げるぞ!」

「は?何言ってんの!」


チョコは言葉を返しながら、ゴブリンを斬り倒す。


「あと少しでグレース様があの魔王を倒せるんだから!」


バニラもオーガと戦いながら、反論する。


「いや、こっちがもたねぇ……このままではみんな死ぬ」


その言葉を聞き、チョコは横目で隣の戦場を見る。

地面に倒れている副団長テンマ、次々と倒されていく聖騎士団の者達。

何もできない英雄ジンがいた。


「全く!役立たずなんだから!」


強い口調で言ったが、内心ではまずい状況である事を理解していた。


あの女の魔王はやばい

あの英雄ジンが相手にすらなってない!

この時点で勝てる見込みはほぼない

魔王を倒したい気持ちはある……

でも、グレース様が死ぬことの方は絶対に嫌だ!


ゴブリン、オーガと戦いながら、会話を続ける。


「それでどうするのよ!」

「ジンが囮になって引きつけてくれる。その間に逃げる」

「は?あなたはそれでいいの!?」

「いいわけないだろ!」

「ならーー」

「だがな、ジンが決めたことだ!ジンの勇姿を無駄にするつもりはない。それにこの場にいる全員で戦っても勝てる気がしねぇ……」


オレグは悔しそうに言葉をもらす。

仲間想いの熱い男である事はチョコも知っていた。


ちゃんと現状を把握しているのね……

わたしが同じ立場だったら、一緒に……


「わかったわ……グレース様!バニラ!撤退です!」

「ちょっと、チョコ!まだ魔王を倒してない!」


バニラはまだ戦うつもりみたいだが、グレースはその場に立ち止まる。


「グレース様!?」

「退きましょう」


そう呟くグレースの目線の先にはアリシリアと対峙する英雄ジンの姿があった。

グレースは近寄ってくるオーガを斬ると、後退を始めた。

バニラはまだ納得がいってない様子であったが、グレースの後ろについて行く。

それに続くようにチョコ、オレグも後退する。


「は、はぁ……あ、危なかったでふ……」


魔王アモンは肩で息をする。


あの無口女め……

さらに強くなっていた


突如、大きな爆発音が聞こえてきた。

魔王アモンは思わず、音が聞こえた方向を見る。


この方角はグレー森林

オデの召喚した魔物はすでに倒されたはず

グレー森林で一体何が……?


魔王アモンはアリシリアの方に目を向ける。

アリシリアは何事もなかったかのようにニンゲンの方を見ていた。


一切、動じてない

これも計画の一部だというのでふか?



必死な顔のジンとは裏腹にアリシリアは涼しい顔をしていた。


はぁ……はぁ……

技が何一つ効かない

前の世界でもこれほどの絶望感を味わったことはなかった

そして、もっと悔しいのはまだこの者が本気ではないということだ


「冗談じゃない」

「ジン……」


後ろにいるサシャが不安そうな声をかける。


そう……

サシャやユリアを護れていると思っていたが、そうじゃない

この者からすれば、簡単に殺せるのだろう

テンマをいきなり殺したように……

じゃあ、なんでそうしないのか


勘が良く、頭が良かっただけにジンはアリシリアの思惑を読み取ってしまう。


サシャやユリアの方を一切見てない

生きていようが、死んでいようが、この者には関係ないのだろう


「あはは……」


ジンの心は完全に折れてしまった。

前世では異世界に転生し、その世界を救った。

その世界にも強敵はいたが、ジンが負ける事はなかった。

世界最速であり、あらゆる敵を一瞬で倒してきた。

そんな実績を持つジンは自信に満ち溢れていたのだ。

だから、二度目の異世界転生でもチカラを遺憾なく発揮できた。

良い仲間達にも恵まれ、何もかも順調かと思っていた。

ある双子に会う前まではーー

そして、今、ジンの目の前にいる者によって全てが覆ってしまった。


「自信とは案外、諸刃の剣です。貴方のようなものは沢山見てきました。……あら?まだいたのですか?」


アリシリアはここで初めてサシャとユリアに目を向けた。

アリシリアの眼と目が合った二人は声が出ない悲鳴を上げた。

二人は足を震わせながら、後ろへ退がる。


「逃げなさい」


と言う言葉を聞くと、二人は一目散にその場から走り出した。


「さて、貴方のことですが……もうほとんど聞こえてないみたいですね」


もう一度どこかへ転生させ、経過を見るのもいいかもしれません

数は多い方が良い

とは言え、判断はあちらに任せますか


手に持っていた剣が消えると、アリシリアの周りに六本の剣が現れる。

ぐるぐると回る剣の一つを手にする。

黄金に輝く剣でジンの体を貫いた。




サシャ、ユリアはオレグ達と合流する事ができた。


「サシャ!ユリア!大丈夫か!」

「ゔん!」

「えぇ……」


サシャは涙混じりに、ユリアは心ここにあらず、返事をする。

気を遣ってか、前を行くグレース、チョコ、バニラは何も言わない。

ただ、一番先頭を行くグレースは唇を噛み締めてた。




「な、何故、逃したでふか?」

「逃したのは貴方も同じでは?」

「え、いや、その……」

「どうでもいい者たちです。それと別に怒ってるわけではないですよ?英雄一人と聖騎士団を片付けれたのですから。これも貴方がいたおかげです」


アリシリアは笑みを浮かべた。

その笑みに魔王アモンは息を呑む。


オデがいなくても結果は同じだっただろうに……

それだけこの方の強さは異常だ


魔王アモンは今後、アリシリアの言う事には従うべきだと心に誓った。

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