第22話 裏切り


人間の地であるアルメン共和国に魔王アモンの姿があった。

アルメン共和国に何事もなく入る事ができた魔王マモンは身震いする。


ここまで新しく魔王になったあの女の計画通りに進んでいる


魔王マモンは計画の一部を思い出す。



「むむむ、それではオデの召喚した魔物は冒険者の手によって倒されてしまうのでふが?」

「それでは魔法部隊の誘導になりません。事前にグレー森林にいる冒険者共は私が処理しますので問題ありません。貴方はこの場で召喚し、魔物を進軍させてください」

「この場で?むむむ、それもおかしいでふな。ここはオデが近くまで行ってから召喚した方が良いのでは?冒険者だけではなく、魔物もあの森にはいるでふな。もしかして、魔物の習性をご存知ないのでふか?」


アリシリアはため息をつく。


「おかしくないです。ニンゲンの国付近で妖術を使えば、探知系の魔法などに見つかるかもしれません。魔物に関しても処理しますので問題ありません。なので、事前に安全であるこの場で召喚した方がリスクは少ないと思いませんか?」

「ぐぬぬ……でふが!その処理、処理と言っているでふが、本当にーー」

「私が嘘を言っているとでも?」


トーンの低い声に魔王アモンは威圧され、目線が地面に向く。


「この場で魔物を召喚した後、貴方は別ルートでニンゲンの国に侵入してください」



あの有無を言わせない圧力に屈し、言われた通りにした

結局、召喚した魔物がどうなったかはわからないが、この場に魔法部隊がいないことはわかる

つまり、あの時言っていた通りに魔法部隊の誘導に成功しているという事になる

そして、もう一つ気がかりなのが、オデが通って来た隠し通路を知っていた事だ

別ルートと言われ、教えられたものは誰もが知るものではない


アルメン共和国を出入りする際は必ず、帝国の魔法部隊が監視する門を通る必要がある。

しかし、帝国が駐屯する以前から密かに使われていた隠し通路が存在していた。


知っている者はごく少数だったはず……

どこで知った?


しばらく心当たりがないか、思考するが答えは出なかった。

魔王アモンは身に付けている指輪を触る。


まぁいい、あの女の計画に乗った以上、悔しいが、計画通りにやるしかない

計画が順調なのはオデにとっても悪い事ではない


ふぅっと魔王アモンは息を吐いた。




魔法部隊が出て行ってから少しが経った頃、ギルド連合サエティの英雄ジンのパーティがアルメン共和国に着いた。

門で通行許可が出たジン達は共和国の中を歩いていた。


「魔物が襲って来たって言う割には静かだな」


ジンはオレグの言葉を聞きながら、周りを見渡す。

畑仕事の帰りだろうか、服を土で汚し、桑は担ぎ歩く者達。

その場に座り、採ってきた農産物を手作業する者達。


人間の国で一番貧しい国か……


そんな中、服がボロボロの少年が大きな声を上げながら、駆けてくる。


「たいへんだ!たいへんだ!まぞくが!まぞくが!」

「魔族がどうかしたのか?」


その少年をジンが呼び止めた。

呼び止められた少年はジンの姿を見て驚きの様子を見せる。

普段、冒険者の姿を見る事がない少年にとって目新しかった。


「え、あ、えっと……あ、そうです!まぞくがあらわれたのです!」


少年は慌てて走ってきた方向に指を差す。

少年が指差す方向に目を向けると、異形の者が歩いてくるのが見えた。


「まずいわね……」

「おいおい、まじで魔族なんか?」

「魔法部隊は何をしているの?なんで、中に入られているの?」


異形の者から放たれる威圧にジン以外は後退りする。

歩く者も作業する者も足を止め、手を止め、その場に膠着し、その異形の者を見ていた。


「さぁ、安全なところへ行くんだ。他の人もここから離れるんだ!」


ジンは少年に諭すように言った後、大声で周りの人達に指示を出した。

その声を聞いた者は我に帰り、この場から離れようと動き出す。

その間、異形の者は歩いてくるだけであった。

小太りの体格に金の財宝をいくつも身に付け、黄金に光っている。


「久しぶりでふな、ニンゲン」


異形の者が言葉を発した。


「い、一体!何者だ!おまえ!」

「オデは魔王、魔王アモンでふ」


その名を聞き、オレグにサシャ、ユリアはまた一歩退がる。

魔王アモンがジン達ではなく、その後ろにも視線を送っている事に気がつく。

そして、後ろを振り返るとのそこにはスティーシャ公国の英雄グレースが立っていた。

その両脇にはチョコとバニラもいる。


「なんで、おまえらがここに?」

「は、はぁ?何言ってんの?」

「緊急事態だって言うから来ただけ!」


チョコとバニラの声がどこか緊張しているように感じる。

人間の国に魔王がいるという異様な状況がこの場にいる者達に影響を与えていた。

それを象徴するかのようにオレグが自信なさそうに言う。


「こ、これだけの戦力なら相手が魔王でも問題ない、よな?」


オレグの問いに誰も答えずに魔王アモンを見ている。

ジンも注意深く観察をしている。


オレグ達は魔王どころか、魔族と対決するのは初めてだったはず

俺はこの世界の魔王とは一度だけ戦った事がある

この世界に転生された間もない頃であり、まだオレグ達と出会う前だった

たまたまグレー森林の奥地で居合わせた

あの時の魔王とは姿が違う

なのに、俺はこいつを知っている気がする

いや、この感じは……


「もしかして……ヒロフミか?」


その名を聞き、周りの者は驚く。

特に普段、無口で無表情であるグレースが驚きの声を出す。


「ど、どういうこと?だって……」

「そ、その名で呼ぶな!オデは……オデは……魔王でふぞ……魔王アモンだ!」


魔王アモンはグレースの言葉を遮って叫んだ。

その反応からジンは確信する。


「やっぱりヒロフミなのか!なぜ、魔族に!?」

「むむむ、なぜでふか?そんなのお前たちのせいでふ……特に!帝国の英雄でふ!あの女でふ!」

「あれは彼女の真意じゃない!」

「それでもお前たちが見捨てた事に変わりないでふ!」

「それは……」



まだジンがこの世界に転生されて間もない頃の事である。

当時、ジンと共に転生された者達はアルメン共和国の英雄ヒロフミ、ベネガル帝国の英雄ミア、後に勇者となる聖天王国の英雄ユウキ、スティーシャ公国の英雄グレース。そして、ナトゥーア邦国の英雄だった。

この六人でパーティを組み、グレー森林の奥地を調査していた。

そんな時、事件が起こった。

どこからか現れた魔族と戦闘になったのだ。

その中に魔王がおり、苦戦する事になる。

撃退する事も難しいと判断し、撤退する事になった。

その際、帝国の英雄ミアが足止めのために使用した魔法が逃げ遅れたヒロフミも巻き添いになり、ヒロフミは消息不明となってしまった。


「ミアはあれから毎日、君の無事を祈ってた」

「むむむ、祈ってたでふか?それが何だって言うでふか?オデは知っているでふよ!元々、貧しかったこの国は英雄も失い、より貧しくなったでふ……そして、隣国である帝国はこの国を属国扱いにしたでふ。作った農産物のほんとんどは帝国に渡り、魔法部隊は好き勝手やりたい放題でふ……オデは思ったでふよ、あの時の魔法は本当はーー」

「そ、そんなことはない!」


普段、無口で無表情の英雄グレースが大声で否定した。


「ミアちゃんは心の優しい子よ!」

「例えそうだったとしても、オデの……共和国の……受けた痛みが変わる事はないでふ!帝国の女が死んだと聞いた時、笑いが込み上げてきたでふ。それと同時に自らの手で殺せなかった事が悔しかったでふ」

「身も心も魔族に……」

「むむむ、魔族の何が悪いのでふか?魔族は見捨てられたオデを助けてくれたでふよ?」


その時の魔王はヒロフミを殺す事はしなかった。

それどころか、傷の手当てをし、食べる物も与えた。

魔族の食べ物を食べる事によって身体は徐々に魔族へと変化していった。

元々、英雄であったヒロフミは能力が高く、召喚系の魔法が得意であった。

その強さは魔族の国でも上達していく。

そして、現在のような姿となり、魔王アモンになった。


「お取り込み中、申し訳ありません」


その声と共に空から何かが降ってくる。

急降下して来たと思えば、地面直近で急停止し、それは降り立った。

その身のこなしから只者ではないとジンは直感する。


いや、人が成せる動きじゃない


白と黒のツートンカラーの髪と尻尾、整った顔の美女がそこにいた。

美女は魔王アモンと会話を始める。


「ご苦労様です」

「お、遅かったのではないでふか?」

「ええ、少し面白そうなのが見えたので」


間違えない

あれも魔族だ

だが、魔王と対等に話している?

嫌な予感がする……


ジンは一息付くと、質問する。


「何者だ?」

「申し遅れました。私はアリシリア。魔王サタンを継ぐ者です」


その名を聞いた途端、周りの空気が濃くなり、重くなるのを感じた。

ジンも思わず、後ろにさがってしまう。


魔王が二体……

いや、なんだ?あとから来た片方からはそれ以上のものを感じる


「さて、なるほど」


アリシリアは人間を一人一人見ていく。


この人選ですか

やはり、あの子達をこの世界に呼んで正解でした


「それでまだ他にいるでしょう?」


アリシリアは建物の方に目を向ける。

すると、建物の陰から聖天王国の聖騎士達が姿を現した。


「あいつら!!」

「私としてはこのような行為はしなくなかったのですが、王のご命令でしてね」


ジンも薄々感じていた。


聖天王国がこの事態に誰も寄越さないわけがない

必ず手柄を得るために狙っているはず


「英雄でも団長でもなく申し訳ありません。王の御命令で参りました。聖天王国騎士団副団長のテンマ・エルザビです」


副団長テンマが頭を下げながら言う。


「それにしてもまさかこのような場所に居合わせる事ができるとは……主に。そして、王に感謝しなくてはなりませんね」

「なんだあの子らはいないのか?」

「あの子らですか?」


副団長は考える素振りを見せるが、すぐに答える。


「まだ英雄様にはこの様な実戦は早いと……王が申しておりまして」


いつも思う

こいつの言っていることは本当なのか嘘なのか


ジンは別の事を考え始めている脳を、頭を振りかき消す。


今は目の前のことを……

昔の知り合いとは言え、今では魔王だ

油断してはならない

そして、もう一体の魔王

一応、数ではこちらの方が多いが……


「そろそろよろしいですか?」

「これはこれは失礼いたしました」


と、テンマは謝罪するが、すでに武器を構えている。


「理解が早くて助かります。では、始めましょうか」


アリシリアは微笑んだ。

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