第20話 初戦


エン・ヘリアルから逃げ延びた者達が暮らす野営地から少し離れたところに広場のような場所がある。

そこにエリーナの姿があった。

エリーナは少しだけ背丈が大きくなっていた。

魔族は人間と違い、年月ではなく、自身の生命力の大きさで成長する。

これも日々の鍛練の影響である。


いつもならアリシリア様が側にいて、いろんなことを教えてくれる

でも、今はひとり

アリシリア様は魔王という立場もあってなのか、最近はどこかへ行っている事が多い

寂しい気持ちはあるけれど、仕方がないこと


エリーナは何もない所から黒い剣を取り出す。

そして、目を瞑り、深呼吸をする。


イメージは大事


アリシリア様との手合わせの事を思い出す。

そして、一人で黙々と黒い剣を振り始めた。


ひとりの時はこうやってイメージして剣を振っている

最初の頃はこの剣を出す事さえ、容易ではなかった

でも、一度、感覚が掴めれば簡単に出せるようになった

アリシリア様も言っていたが、私は呑み込みが早いらしい

元々、運動をする事は嫌いじゃなかった事も関係があるのだろうか

今は少しでも強くなりたい

アリシリア様のお役に立つために


黒い兎が頷きながら言う。


「ジョウチャン。イイカンジイイカンジ」


あ、ひとりではなかった

この子はクロ

見た目が黒いからクロって呼んでいる


「ねえ、その嬢ちゃんって言うやめてよ!わたしにも名前はあるの!」


黒い兎は首を傾げる。


「まったく」


クロはわたしの事を名前で呼んでくれない


剣を振り終わったエリーナは空を見上げる。

雲一つない晴天。

青空が広がっていた。


とてもいい天気


風が乗って、遠くの方から声が聞こえて来た。


「おーい!エリーナ!」

「いた!いた!探したんだから!」


エリーナの元にリックとレニが走ってくる。

二人は昔からのエリーナの友達である。


「いやーしっかし、大きくなったな」


元々、この中ではリックが一番大きかった

今ではそんなリックより背が大きくなってしまった


「これも修行とかいうやつのおかげなのか?」

「そうみたい。魔族の成長は年月じゃないって言ってた」

「ほうほう」


レニはエリーナをじろじろと見る。

気恥ずかしさから、エリーナは身をよじった。


「な、何?」


そして、レニはリックに近づき、エリーナには聞こえないように会話を始めた。


「どうよ?リック君。彼女はとても魅力的ではないか?」

「な、何が?やめろって」


おっさん口調で言われた言葉にリックはとぼけながらも赤面する。

そんな二人の戯れを見ていたエリーナは本当に仲がいいなぁと思った。


「それでどうしたの?」

「そうだった!」

「探検しようと思ってさ!」


探検……

まだエン・ヘリアルに住んでた頃は三人でよくした

知らないことを知ることで自分の世界が広がる楽しさがあったし、あの頃は何もかもが輝いて見えてた

でも今は……


「探検って……魔物が出るかもしれないよ!」


魔族だからと言って魔物に襲われないわけじゃない

縄張りを犯したと判断したら襲ってくる


「何言ってんだか、いつも剣の練習してるじゃん!もし魔物が出てきても平気だろ?」

「そ、そうだけど」


アリシリア様がこの近辺には危険な魔物はいないと言ってはいた

今のわたしなら大丈夫だと……


「ちょっとだけ!ちょっと探検するだけだから!ね!」


お願いとレニが手を合わせて頼んでくる。


結局、わたしは折れ、二人と共に探検をすることになった



前を歩く二人はエリーナよりも小柄である。


何かあったらわたしが護るんだ!


肩に乗っていた黒い兎クロがいきなりどこかへ行ってしまう。


「え、え?」


困惑の声を出していると、前を歩く二人が振り返る。


「なんだ、やっぱり動くんじゃん!」

「めずらしい魔物だよね!」

「う、うん!そうなんだよね!」


魔物ということにしてクロのことは誰にも言っていない

それにしてもどうしたのだろう?

普段はずっと肩の上に乗っているのに……


クロが走って行った方向を見ていたエリーナはニックとレニの方に視線を移した。

すると、前の方に何かがいるのを見つける。


あれは……


武装する者達が歩いているのを見つける。

そう人間、冒険者達である。

剣を持つ者が二人、杖を持つ者と弓を持つ者。

防具の種類もバラバラである四人。


間違えない!ニンゲンだ!

町で見た時は違うけど……

でも、武器も持っている!

もしかして、クロはニンゲンを察知したからいなくなったってこと?


エリーナの異変に気がついたニックとレニはエリーナの視線をたどり、前を向く。

エリーナが見た時よりも相手との距離が近くなっていたため、はっきりと認識する。


「ニンゲンか……?」

「な、なんでこんなところに!?」


ニックとレニはあの時の恐怖を思い出し、体が震え始める。

冒険者達もエリーナ達の存在に気付く。


「おやおや、魔物にしてはちぃと小さくないか?」

「馬鹿かおめぇわ?」

「魔物がしゃべるわけがない」

「つまり、あれが魔族ってことか」


四人の冒険者は話しながら、武器を構える。


「とっとと始末しよう」

「でもよぉ、簡単に殺してしまうのはおもしろくないと思わないか?」

「は?何言ってんだ?」

「痛めつけながら殺すって事?」

「ちげぇよ、よく見てみろよ?前にいるのは小さいガキみてぇだが、後ろにいるのは中々の上玉じゃねぇか?」


人間の視線がエリーナに集まる。


「おいおい冗談だろ?たしかになかなか良さそうだが、相手は魔族だぞ」

「魔族と交わった者など聞いた事がない」

「という事は俺様が第一人者ってわけだ。常識なんてクソ喰らえだろ?未知を探究するから冒険者なんだろ?」

「おめぇのそういう考え方嫌いじゃないぜ」

「あはは、言えてる」

「俺は賛同できない所もあるが、始末するのは手伝ってやる」

「じゃあ、決まりだ」


冒険者達は隊列を組むようにふたりひと組、前後と後衛で分かれながら、エリーナ達に向かってきた。

エリーナにとって、はじめての実戦である。

自然と体が強張る。

目では見えていた。

後方の冒険者の一人が弓を構えるのがーー

なのに、体が思うように動かない。


二人を助けないといけないのに!

どうして!


その冒険者から矢が飛んでくる。

ニックとレニはなす術もなく矢の攻撃を受け、その場に倒れてしまう。


「なんだよ、この程度かよ」

「けっ、魔法を使うまでもないな」

「まぁまぁ、どうみても子どもですし」

「まだ息がある」

「わかった、わかった。トドメを刺すって」


剣を持つ冒険者が倒れているニックとレニに近づき、剣を突き立てる。


「エ、エリーナはに、にげるんだ!は……はやく……」

「に、にげて……」


その剣が突き刺さり、血の量が増える。


あの時と同じ……


目の前の出来事が町が襲われた時と重なった。


あの時もわたしに逃げろって言ってくれてた……


「へぇ、エリーナって言うのか。さてと、可愛がってーー」


でも、あの時のわたしとは違う

わたしは強くなったはずなのに……

なのに……

ここで死ぬとしても……


冒険者の一人がエリーナに近づこうとしていたが、いきなりその場で動かなくなる。

その様子を他の冒険者は笑いながら茶化す。


「おい、どうした?」

「ヤル気なくなったか?」

「気づいただろ?自分がどんだけ馬鹿な事をしようとしていたのか」


二人のためにもこいつらは許さない

ニンゲンは許さない


「こ、こいつ!さっきと雰囲気が違うぞ!」


動かなくなった冒険者が声を張り詰める。

空間から黒い剣を取り出したエリーナはその冒険者に斬りかかった。

冒険者はなんとか反応し、剣で受け止める。

その後も素早い斬撃が続き、冒険者の体勢が崩れる。

そして、黒い剣の刃が冒険者の首をとらえた。

エリーナは首を切った冒険者が倒れるのを確認すると、次に剣を持つ冒険者に攻撃を仕掛ける。


「ちぃ、これが魔族の身体能力か!」

「おい!大丈夫か!返事しろ!」


倒れている冒険者はピクリともしない。


「くそ!ダメだ!一旦退け!陣形を変える!」


アリシリア様と比べたら全然強くない!

これならいける!


後退しようとする冒険者を追うが、後方にいた冒険者からの魔法によって阻止される。


あとすこしだったのに……


冒険者達は前衛と後衛の二列から、前から剣を持つ者、杖を持つ者、弓を持つ者の三列に変わる。

エリーナはお構いなしにその一番前にいる冒険者に向かっていく。

冒険者は剣を構えて迎え討った。

初手を防ぐが、その威力に剣が弾かれる。

即座にくる次の攻撃を避けようとするが、間に合わず、食らってしまう。

致命傷には至らず、距離をとる。


「くっ!この脳筋が!」

「傷を癒やしたまえ!ヒール!」


杖を持つ冒険者が魔法を使い、その傷を癒した。

さらに強化魔法も使う。


「この者に力を与えたまえ!レイズ!」


エリーナは攻撃の手を緩めない。

距離を詰め、強化魔法を付与された冒険者を攻撃する。

剣と剣が交錯し、またしても冒険者の剣を弾く。


「これでも力負けするのか!魔族め!」


この冒険者パーティは前衛二人で相手を抑えて後衛の二人で攻撃するのが主な戦略である。

しかし、前衛が一人いないため、前衛にかかる負担が大きい。

後衛の一人が前に出る事でその負担を軽減しようとしたが、魔族の身体能力の高さに苦戦する。

それでもこの冒険者達は魔族の国に来るくらいの腕前である。

徐々にであるが冒険者達のペースになっていく。

長い間パーティを組んできた経験から出る連携にエリーナも一人は倒したが、その後は決め手に欠けた。

三対一という状況を打開するためにエリーナは考える。

黒い剣を持たない左手を空間にかざし、もう一本剣を出そうと試みた。

剣を両手に持つ事で攻撃する手数を増やそうと考えたのだ。

しかし、剣を出す事ができず、虚空だけが残る。


まだ、同時には扱えない

となれば……


エリーナはアリシリアから教わった事を思い出す。


アリシリア様は斬ることだけが攻撃の手段じゃないって言っていた


斬撃に加え、蹴りをくりだした。

これにより、前衛である剣を持つ冒険者を突き飛ばす。


よし!これで後ろに攻撃できる!


杖を持つ冒険者に走り始めた。


「くそ!こっちに来やがった!くそ!来るな!来るな!ウォーターボール!ウォーターボール!」


魔法を使いエリーナを拒もうとするが、避けながら距離を縮める。

水の球をかわし、援護で放たれた矢もかわす。


よし!仕留めーー


杖を持つ冒険者が笑みを浮かべるのが見えた。


「これだから知能の低い魔族は……やれ!今だ!」


目の前の敵に集中しすぎたためか、背後から攻撃に気付くのが遅れる。

突き飛ばしたはずの剣を持つ冒険者の斬撃がすぐそこに迫っていた。


「馬鹿が!わざと攻撃を受けたのさ!」


しまった!!


エリーナは自分の死を予感する。

あらゆる思いが頭の中をめぐる。

思考速度が加速し、現在の状況を冷静に見ている自分がいた。


さっきまでのあれは全部演技だったのね

目の前に集中してしまったのもあるけど、倒したと思ってしまった

周りをよく見なさいって言われてたのに……

あぁ……アリシリア様のチカラになれなかった……

でも、ニックとレニを刺したニンゲンは殺せた

それだけでも十分……


もう終わりだと思った瞬間、剣を持つ冒険者に何かがぶつかった。

その衝撃で剣を持つ冒険者は地面に転がる。


「え、なに!?」


ぶつかったのは黒い物体。

黒い兎クロであった。


「クロ!?」


クロはエリーナの肩に乗り、言う。


「ジョウチャンダイジョウカ?」

「大丈夫じゃないって!どこに行ってたの!?」

「………」


クロは黙ってしまう。


「何をごちゃごちゃと!」


起き上がった剣を持つ冒険者は構えながら、エリーナの背後へと移動する。

エリーナの前には杖を持つ冒険者と弓を持つ冒険者の二人。

そして、後ろには剣を持つ冒険者という形になった。


囲まれた……

どうするべき?

よく周りを見て……


「マカセロ」


肩に乗っているクロがそう言うと地面に降りた。

するとクロの体が大きくなる。

身長は冒険者達より少し大きく、筋肉がムキムキの兎となる。


ええ……かわいくない……


「な、なんだ!この魔物は!」

「グルルル」


ええ……鳴き声もかわいくない……


クロは前にいる杖を持つ冒険者に突進する。

杖を持つ冒険者も反撃する。

突進してくるクロに魔法を使う。


「全てを流せ!ハイドロボム!」


水の砲撃がクロを襲う。

しかし、クロに命中する直前でかき消された。


「な、なんだと!?」


突進を避ける事ができなかった杖を持つ冒険者は吹き飛んだ。

全身の骨が折れる音が鳴り、木にぶつかり、血だらけになる。


「う、うわあああ!!!」


その様子を目の前で見ていた弓を持つ冒険者は慌ててクロに矢を放つ。

大きな体格の割に素早い動きで次々と矢をかわし、拳を握る。

その拳が弓を持つ冒険者を捉えるまで数秒しかなかった。

弓を持つ冒険者は潰され、地面が血で染まる。

その光景にエリーナはあっけに取られる。


ええ……


エリーナの後ろにいる剣を持つ冒険者が大きな声を出す。


「ご、ごめんなさい!!!許してください!!!」


地面に剣を置き、膝を着きながら、懇願する。

そんな冒険者の元へエリーナは近づく。


「なんてな?おまえも死ね」


冒険者は剣を拾い、不意打ちをするが、剣は空を斬る。


「あれ?」

「同じ手は通じないよ、それに許すつもりもない」


エリーナは容赦なく、冒険者の首を切り落とした。

エリーナにとってはじめての実戦は終わった。

後悔の残る戦いとなり、自然と涙が溢れてくる。


「どうして!!すぐに助けてくれなかったの!?そうすれば二人は死ななかったかもしれないのに!!」

「メイレイヲウケテナイ」

「命令って……!」

「ジョウチャンヲマモルノガメイレイ」


クロに当たっても仕方がないのはわかっている

わたしに二人を助けられるチカラがなかったのがいけないのに


二人の亡骸を土の中に埋めたエリーナはその場に座り込む。

そして、空を見上げた。


とてもいい天気




今の戦闘を見ていたリリとルルは顔をしかめる。


「えーどうすんのよ、これ」

「……予想外」

「いまのうちにてをうっておく?」

「……それは難しい。今後の計画に支障が出るかもしれない」

「えーなら、ようすみっこと?」

「……その方が良さそう。しばらく動向を観察する」


目線の先にはいまだに座って動かない少女がいた。


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