第9話 修行



「どうした?すぐに立ち上がれ!」


聖天王国の城内にある訓練場から騎士団長リベルド・フォードの声が聞こえてくる。


「僕は戦うつもりはないです」

「これは戦いではなく、訓練だ!」

「さっきあなたはこれは戦いだと言った!」

「ああ、戦いだと思えと言っただけだ!」


聖天王国の英雄大空心也は剣の扱い方を教えてもらっている。

リベルドの攻撃を受け、心也は模擬戦用の剣を落としてしまう。


「剣を取れ!」


心也は模擬戦用の剣を拾い構える。


「この世界で生き残るためには強くなるしかないぞ!この世界では武力は必要なものだ!」


剣と剣が交差し、音が鳴り響く。

攻撃を防ぎきれず、心也は地面に倒される。

模擬戦用のため、斬られても血が出ることはないが、打たれた痛みは感じる。


騎士団長の言う事が理解できないわけではない

でも、自分が強くなったら、この痛みを別の誰かに与えることになる……


「お、やってるやってる」


心也は肩で息をしながら、声がした方を見る。

訓練場に陽が現れる。

リベルドは陽の姿を確認すると剣を片付け始める。


「今日はここまでとする!では、また明日」


リベルドは心也と陽に敬礼をすると、その場から立ち去っていた。


「いてて……」

「また、負けたの?」

「当たり前じゃないか、この国で一番の騎士だぞ?敵うはずがない……そういう陽の方はどうなの?」

「精霊と会話ができるようになったよ」

「陽は相変わらず、すごいな」


陽は容姿が良くて学校のアイドル的存在でありながら、勉強ができ、学年テストではいつも上位だった

そして、運動神経もいい

そんな陽はいつも僕の事を助けてくれる

それはただの腐れ縁、幼なじみだからだと思う


「この世界では武力が必要。心優しい心也はその武力で誰かを傷つけてしまうかもしれないと思ってるのでしょ?でも、私達は選ばれた……この国のためにみんなのために強くならないとね」


そう言いながら、陽は心也に手を差し伸べる。


「わかってるよ……」


差し伸べられた手を取り、心也は立ち上がる。



次の日の訓練は朝から行われた。


「守っているばかりでは勝てないぞ!」

「わかってます!」


心也は防戦一方であるが、リベルドの剣捌きについていく。

しかし、徐々にリベルドの力に押され、終いには吹き飛ばされてしまう。


「いってて……なんつう馬鹿力ですか」

「力だけではない。剣を振るには技量も必要だ!」


そんなことを言っているが、リベルドは大男である。

二メートルはあるであろう身長が体格の良さを表している。


「剣の訓練も必要だが、心也様には他にもしなければならない事がある」

「他にも?」

「魔法だ。今は陽様が魔法の訓練をしているが、心也様にもしてもらう必要がある」

「魔法……」


鑑定士には魔力は平凡とか言われてたような……


「僕にも使える魔法があるのですか?」

「あるとも。恥ずかしながら、私も魔法は苦手でな。そんな私でも使えるのだ、心也様が使えない訳がない。それと、もう一つ。心也様のスキルがどのようなものなのか知る必要があります」

「スキル……」


たしか、スキルの名前は心を繋ぐというものだったっけ?


「スキルはどうやったら使えるのですか?」

「スキルの発動条件はそれぞれ違うと聞く」

「団長のスキルは?」

「こちらに関してだが、私はスキルが使えない」

「え、そんなに強いのですか?」

「幻滅したかな?国で一番の騎士と言われながら、スキルが使えないなど。元々、私には才能などない。魔力だって人並だ。だが、誰にも負けないように努力だけはしてきたつもりだ」


正直、驚いた……

でも、それと同時にこの人の凄さを感じた


「だから、助言はできないかもしれない。すまないな」

「そ、そんなことないです。剣の事なら……その……」

「心也様はお優しい人だ。ひとつだけ助言できるとすれば、スキルの名を言うと発動する場合があるらしい」

「スキルの名?」

「勇者であった勇希様のスキルはそれで発動していたのを覚えている」


勇者ユウキ……

団長から聞いた話では歴代最強と言われた者だったらしい

私達、人間のために力を尽くしたとか


「試してみます!心を繋ぐ(コネクトハート)!」


声に出してみると思っていた読み方と違っていた。

自然と頭に浮かんできた読み方に心也は驚く。

そして、心也の目には周りが色あせた世界になり、リベルドだけが少しだけ光を放っていた。


なんだこれは……

騎士団長が何か喋っているみたいだけど聞こえない……


スキルの名を言った後、自分の声に反応せずに周りを見渡している心也が心配になったリベルドは心也の体を触る。

すると、電撃のようなものが二人を駆け巡る。

その瞬間、心也の見ていた色あせた世界は元の色へ戻り、リベルドの声も聞こえてくる。


「おい!どうした!?大丈夫か!?」

「あ、はい。大丈夫です」


と答えるが、心也は自分の体に違和感を覚える。


なんだろう?

なんだかチカラが湧いてくる……


心也は体を自然に動かすと、剣を構える。

その型を見たリベルドは驚きの声を上げる。


「心也様!?その構えは!?」


心也が見せた型はリベルドが長年かけて身につけた型であった。


「体が勝手に動いて……これは一体……」

「もしかしたら、スキルなのかもしれません!」

「これがスキル?」

「かもしれない。まだ謎が多いが、色々と試していけばーー」

「しんや〜お腹空いた〜」


稽古場に陽の声が鳴り響く。

その声を聞き、体のチカラが抜け、心也は構えをやめてしまう。


「ちょっと!今はーー」

「いいじゃん、ご飯食べに行こうよ!」

「陽様、お疲れ様です。心也様、今日はこの辺にしておきましょう」

「いい感じだったのにな……でも、騎士団長が言うなら」

「はい。ではまた」


リベルドは敬礼をし、退出する。


「なになに?何がいい感じだったの?」

「うるさい!ご飯食べに行くだろ?」

「え〜教えてよ」


心也は訓練場を出る際、スキルを初めて使った事が嬉しくて小さくガッツポーズをした。

それと同時に自分は強くなる事を望んでいる事に気がつく。


違う。誰かを傷付けるためじゃない……

世界をみんなを救うために強くなるんだ




日が傾く中、リベルドは城にある塔の頂上へ続く階段を登って行く。

頂上に着くと、そこには純白の服に剣を携えた鋭い眼の男が待っていた。

男はライン山脈の方を見ていたが、リベルドに気が付き、その男が話し出す。


「苦戦したようですが、戦には勝ったようですね」

「あぁ」


この男は聖天王国騎士団の副団長であり、名はテンマ・エルザビという。

また、リベルドとは違い、聖騎士の役職でもある。

今回の遠征には参加せず、聖天王国の護りを務めていた。


「フォード様も我が主を信仰すれば、より強くなれますよ?」

「よしてくれ、エルザビ殿。私が仕えるのは王だけだ」

「誠に残念です」

「すまないな、決してその主の存在を否定しているわけではない」

「分かってます」

「それで私をここに呼んだわけは?まさか、勧誘のためではないのだろう?」

「そうですね、勧誘の為もありますが、色々とお聞きしたい事がごさいまして」

「勧誘は勘弁してくれ。それで何が聞きたい?」

「聞けば、何でも教えてもらえるのでしょうか?」

「ものによるが、お前との古い仲だ、ある程度は答える」


幼少期から互いにこの国のために剣の腕を磨きあった仲であり、友人。


もう古い友人と呼べるのはこのエルザビだけだ

先の戦で失ってしまった

少しでも友のためになるのであれば……


「フォード様、ありがとうございます。これも主のお導き。では、まずは新たな英雄様についてお聞きしたいです。まだ間近で拝見なさってないもので、どのような感じでしょうか?」

「驚いたよ、まさか二人も召喚されるとはな」

「前代未聞の事です。それで能力の方は?」

「初期値は高くなかったらしいが、どちらもとんでもない成長速度だよ」

「前回の勇者様もそうでした。それも異世界転生者の魅力です」

「全くだ。スキルについてはまだ判明していない部分の方が多い」

「スキルは我々が教えるのは難しいです。まさに我が主より授かりし御力です」

「で、聞きたい事はこれだけか?」

「いえ、ここからが本題です」


テンマの鋭い眼がさらに鋭くなる。


「この国で一番の騎士と言われているフォード様をここまで追い詰めた者の存在が知りたいのです」


あの者と対峙した時の事を思い出し、体が震える。

テンマはその震えを逃さなかった。


「それほどの相手だったのですね」

「あぁ、あれほどの恐怖を感じたのは初めてだ」

「よくご無事で」

「今思えば、わざと生かされたのかもしれない。他の者は容赦なく殺されたよ」

「わざと殺さなかったと?」

「どうだろうな……俺も死に物狂いだったからな……」

「どのような武器を使ってましたか?」

「武器と呼べるのか、あれは黒い物だった……」

「黒い物ですか」

「複数の黒い物が姿を変えながら襲ってきた。とても邪悪な物だったよ」

「邪悪な物などこの世界にはあってはならないのです。邪悪な魔族は悪です。悪は滅しなくてはならないのです。私が対峙した際には主の御力で必ず……」

「そうだな……」


リベルドはライン山脈から目を逸らす。




ここは野営地にある食堂のような場所。

エン・ヘリアル内にあった立派な食堂とは違い、壁はなく、屋根の代わりに白い布で作られた屋根がある。

その下には大きな机といくつかの椅子が並べられている。

食べ物はその近くにある別のテント内で配膳が行われていた。

椅子に座り、黙々と食べ物を食べる犬耳の女の子がいる。


「サガシモノハイイノカ?」


黒い兎が食べ物に夢中になっているエリーナに問いかける。


「……はっ!わ、忘れてないよ!まずはお腹をいっぱいにしないと!」


近くでエリーナと同じように食事をしている魔族達の会話が聞こえてきた。

彼らは怪我をしたようで包帯のような物を身につけている。


「なぁ、聞いたか?」

「あぁ、どうやら新しい魔王が決まったらしいぞ」

「どんなお方なんだ?」

「それが詳しくはわからん」

「なんだおまえら、まだ見たことがないのか?」


食べ物を持った別の魔族が彼らに近づいてきた。


「おお、生きていたか!」


一人の魔族が立ち上がり、抱き合う。


「ああ、そっちも元気そうで」

「おいおい、元気そうに見えるか?」


その者達は笑い声をあげる。


「それで見たのか?」

「ああ、とても素晴らしいお方だった。一目見て確信したよ」

「勿体ぶらないで教えてくれよ」

「女性だったよ」

「女性だと?」


女性……?


「女性の魔王となるとレヴィアタン様以来か?」

「たしかにそうなるな。で、他には?」

「白と黒の髪色をしていた」


その言葉を聞き、エリーナは思わず、質問してしまう。


「どこで!どこでお会いしたのですか?」

「お、お……なんだいお嬢ちゃん、びっくりするじゃないか」

「命の恩人なんです!またお会いしたくて!どこでーー」


周りが慌ただしくなる。

どうやら、外で何かあったらしい

外にいる魔族にこの中の一人が声をかける。


「どうした?何があった?」

「新しい魔王様がお見えになったらしく、向こうで皆、集まってるんだ!」


エリーナは一目散にその場から走り出す。

そして、人集りができている所を見つける。

エリーナはあいだあいだを潜り抜け、一番前に到着する。

そこには白と黒の髪色をした絶世の美女がいた。


間違えない

あの時の……


エリーナが声をかける前に向こうから声をかけられる。


「またお会いしましたね」


その声を聞き、思わず涙が流れそうになるが、我慢をし、返事をする。


「はい!」

「皆様、私は今は亡きサタン様の跡を引き付き、魔王となった者です。名はアリシリアと言います」


名を聞いた途端、周りの者は頭を下げる。

エリーナだけがその場に立ち尽くすことになる。


「私はあなた方を導き、更なる繁栄を築いてみせましょう。そして、人間共には恐怖と絶望を」


アリシリア様、アリシリア様と魔族達は懇願する。

あまりの光景にエリーナは何がなんだかわからない様子を見せる。


え?え?


そんなエリーナにアリシリアは微笑みながら言う。


「付いてきなさい」


エリーナはその言葉の通りにアリシリアの後を付いていき、その場から離れた。

先程の光景を思い出すとエリーナは謝罪をし、頭を下げる。


「ご、ごめんなさい!わ、わたしも頭を下げるべきでした!」

「頭を上げなさい。貴女はそのような事をする必要はありません」

「でも……」

「貴女は特別な存在です。気にする事ありません」


わたしが特別……?


今まで肩に乗っていた黒い兎が喋り出す。


「ジョウチャン、キニスルナ」

「貴方もご苦労様でした」


黒い兎は先程とは違う口調で答える。


「コレカラモツトメヲハタシマス」

「よろしく頼みますよ。ところでエリーナ、貴女は強くなりたいですか?」


いきなりの質問に戸惑いの声をもらす。


「強くですか……?えっと、その……」

「人間共に勝ちたくありませんか?」


ニンゲン……


町が襲撃されたあの日の光景を思い出し、目を逸らしてしまう。


「強くなれば、二度とあのような事にはなりません。貴女が皆を守るのです」


二度とあんな想いはしたくない

強くなれば二度と……


「でも、わたしなんかが強くなれるのでしょうか?」

「なれます。私が訓練を……いえ、チカラの使い方を教えてあげます」


アリシリアは笑みを浮かべた。


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