第13話 良心の呵責

 ある日、作業場で仕事をしていると、カンバがオルヴィスの強い口調で告げた。

「オルヴィス。フリーダって子、オマエの連れだよな?」

「ああ、そうだけど。それがどうしたの?」

「大変なことになってるぞ。…俺も村の広場で聞いただけなんだが、なんでも、警護団が逃がした不審船の外国人らしい」

「それと、フリーダにどんな関係がある?」

「…匿っていたらしいぞ」

「匿う?」

「ああ。ゲルノットが外国人の潜伏先を見つけてな。つい先ほど役人たちが逮捕しに向かったが、その子は逃げたそうだ」

「ゲルノットめ…アイツか。こんのヤロウ…余計なことしやがって」

 そもそもフリーダから外国人を匿った、という話を聞いてなかった。たとえ聞いたとしても、自分なら止めなかっただろうから、結局は同じだったかもしれないが。

 自分たちは普通に生きていきたいだけなのに、どうしてこういつもトラブルに巻き込まれるのか。それなら、自分からはなにもするな、というのか。

「フリーダを助ける」

 簡潔に告げるとかんなを投げ出してオルヴィスは森から出ていった。

 勢いよく飛び出したはいいものの、どこへ向かえばいいのか。オルヴィスは、卑賎民地区へ向かった。

 そこでフリーダと同部屋だという女の子から話を聞いた。ここへ役人が逮捕しに来て、縄で縛られる直前フリーダがその手を振り払って逃げたのだという。

 その女の子が指を差した方向へオルヴィスは走った。

 まだ役人たちに見つかってないといいが…。

 オルヴィスは茂みの中へ飛び込んだ。思いの外深く、転びそうになる。体勢を立て直し、ふたたび走り始める。

 息が切れる。足が上がらなくなる。枝葉が顔にぶつかる。スズメバチの巣を踏んづけて追いかけられる。

「おぉぉいフリーダー!」

 呼びかけたら、いきなり木陰から手がにゅっと出てきた。手を振っている。フリーダに間違いない。オルヴィスは木陰からジャンプした。振り返ったら、そこにフリーダがいた。

 どうやらクマの冬ごもりの巣穴に身を潜めていたらしい。

「…ゴメン、オルヴィス」

 手を差し出したら、大声が聞こえた。

『おいこっちだ! こっちに人がいるぞ!』

「見つかった! フリーダ手貸せ」

 手を引っ張ると、オルヴィスはすぐに手を離した。

「自分で走れよ。逃げるからな」

 森の中はお手の物だったが、フリーダはそうではなかった。倒木に引っかかったり、藪に足を取られたりしてモタついたため、追っ手との距離がどんどん縮まっていった。しかも、四方八方から追っ手が迫ってくるので、袋の中のネズミになりつつある。一点だけ手薄なところに活路を見出して、フリーダを叱咤しながら森を駆け抜けた。

 最後にフリーダの手を引いて、森を飛び出した。

 ところが、飛び出した先は、岬の突端だった。しかも、役人らしき男たちが数人待ち構えている。その中には、ゲルノットの姿もあった。そうこうしているうちに、背後から追っ手も追いつきつつある。

 オルヴィスはフリーダの手を握ったままゆっくりと役人たちの近くまで進む。ゲルノットに向かって叫んだ。

「おいテメェ! クソ野郎! よくもフリーダのことを役人に告げ口してくれたなあッ。見損なったぜ。最初からクソ腹立つ自意識過剰野郎だと思ってたがよ、役人になるために難しい試験を受けるって聞いて、スゲェなって関心したかと思ったら、これかよ。恥を知れッ!」

「よくもまあ、そのような口汚い言葉をべらべらべらと…。なにを血迷ったこと言ってる? 犯罪者を役人に通報することは、我々民に課せられた義務だろう。恥というなら、犯罪者を逃げそうと連れ回した君の方が恥と知れ」

「ところで、フリーダが匿った外国人ってのは、どんなヤツなんだ?」

「大陸からの密航者だそうだ」

「密航者? どういうことだ?」

「ようするに、諜報員だ」

「諜報員? なんのために?」

 その問いには、ゲルノットの隣にいる役人が代わりに答えた。

「そのうちこの国を征服しに来るための下調べ、あるいは、布石だろう」

 ゲルノットはわざとらしく咳払いをした。

「ようするに、だ。その諜報員を、そこの女は匿っていた、ということだ」

「フリーダ。オマエ、その外国人が諜報員だって知ってたのか?」

 首を横に振った。

「でも、怪しいヤツがいたら、ちゃんと通報した方がいいぞ」

「うん…」

 フリーダは大きくうなずいた。

「まあ、そういうことだ」けろっとしてオルヴィスは言った。「フリーダは外国人のことをなにも知らないで匿っていた。大した罪じゃねー。許してやってくれ」

「なにを偉そうに言ってやがる?」ゲルノットが詰め寄った。「知らないで済んだら、お殿様はいらねぇんだよ」

「大陸には、律令、って決めごとがあるそうじゃねーか? オマエ、知ってっか?」

「当たり前だろ。俺は、役人になんだぞ」

「なら、わかるだろう? この仙ノ国には、律令はねえ。律令ってのは、明文化されてないものは罪にはならねんだ。ってことはつまりよー。フリーダは、裁けねーってことだ。情状酌量の余地あり、とも言うらしいな」

「木こりのオマエがそんなことを知ってるのは意外だったが、ごちゃごちゃご託を並べてもムダだ。ここは、大陸じゃねえ。仙ノ国だ。仙ノ国には、仙ノ国のやり方がある。殿の…イヌハギ様のおふれによってすべてのことが決まる。今は大陸からの脅威が強く警戒されるため、外国人を見つけたら直ちに通報せよ。これを怠った者には、禁固一年の刑を言い渡す」

「…まあ、オマエの言いたいこともよくわかるっちゃわかるぜ。だけど、さすがに禁固一年は長すぎるよなあ。我が国のお殿様の頭、イカれてるんじゃねーの?」

「黙れ。イヌハギ様のことを侮辱することは、不敬罪に当たり、懲役一年の刑を言い渡す、だ」

 ゲルノットは、棒読みですらすら語った。オルヴィスは、この場から逃げきる秘策があるわけではなかったが、時間稼ぎのため、彼に聞いた。

「ところでよーオマエ、さっき、役人になった、と言った。役人になる、じゃなくな。ってことはオマエ、役人になるための再試験に合格したのか?」

 ゲルノットが、頭を抱えてうずくまった。

「くそォォォォォ! やっぱ、俺にはウソつけねーちっくしょう! 言わなきゃわからなかったのに、最後まで隠しておくのは、良心が耐えられねぇぜ!」

 彼は頭をかきむしった。

「スマン! オルヴィス! 俺は卑怯なことやった。外国人の居場所を教えたら、試験に合格したことにしてやる、ってな」

 ゲルノットがうずくまった態勢のまま土下座した。

「ゆ…許してくれオルヴィス…すまねえ」

 役人たちのあいだで動揺が広がった。岬を背後にしている以上、逃げ出す隙はなかったが。

「別にオマエが謝る必要はねーゲルノット。立てよ。いいか? この状況、どう考えても、仙ノお国様のご事情によると、外国人を匿ったフリーダが責められてしかるべきことだろう。オマエが卑怯だとかなんだとか、そうゆうことは関係ねえ。罪の意識を感じてるんなら、勝手にしろ。オレにとってはどうでもいい。オマエが罪の意識を感じたって、オレやフリーダのこの絶体絶命のピンチは変わらねんだからな。それとも、そこのお役人さんたちに、オルヴィスとフリーダを助けてやってくれ、と懇願でもしてくれるかい? それなら、めっちゃ嬉しいぜ」

 実際その通りにゲルノットは懇願したが、役人たちはもちろん許すはずはなかった。

 オルヴィスはフリーダの手をあらためて強く握った。役人たちに聞こえないような小声で、ある作戦を告げる。それから、ゲルノットに向き直った。

「おい、ゲルちゃんよう。テメェのプライドの捨てたマジの姿、見せてもらったぜ。別に褒めたり、感謝したりしねーけどなッ」

 フリーダ行くぞ、と作戦を実行に移す。

「オマエらぁ! オレたちはこんなつまらねーことで捕まるわけにはいかねーんだよッ。行くぞフリーダ! できるだけ遠くへ飛べ!」

 オルヴィスは彼女の手を離すと回れ右をして地を蹴り、岬の突端から海へ向かって飛んだ。

 ここまで来たときにおおよその目測をしている。着水時にはただでは済まないだろうが、気合と根性さえあれば、飛び込めない高さではない、との判断だった。

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