第12話 茶屋の老婆
カコーン、カコーン。
オルヴィスは薪を半分に割っていた。カンバはのこぎりで丸太を四等分にしている。二人が同時に額の汗を拭った時、思いがけない訪問者があった。カンバにとっては知らない顔だったが、オルヴィスには知っている顔だった。茶屋で会った老婆である。
「おぬしがカンバという者か?」
「いかにも、私がカンバだが、いったいどちらさまかな?」
思いもかけないことが起こった。
老婆はものすごい力でオルヴィスの手を後ろにひねったかと思うと、喉元に短剣を突きつけてきたのだ。
「お、おい、ババア。冗談はよせ」
首を遠ざけても、またたく間に刃が距離を縮める。
「アナタ、なにをやっている。およしなさい」
カンバが近づこうとすると、「動くなッ」と一喝する。
オルヴィスは、老婆の発する言葉に耳を疑った。
「黄金のタネの隠し場所を教えろ」
「黄金のタネ…? なんだねそれは?」
「しらばっくれるんじゃない。この子の命はないよ。アンタが隠し持ってることはちゃんと裏が取れてるんだ。…アンタの友人のアケべからね。さあ、出せ! 早く! 黄金のタネだ!」
「その子は殺すなよ…」
けん制しながら、カンバはうろのある大樹へ向かった。
キツツキの巣のあったうろに手を突っ込む。手を抜いたときには、その手に小箱があった。
「中身を見せろ」
老婆が首で指図すると、カンバは首に下げていたグリーンのブローチから鍵を取り出してフタを開けた。
人質に取られているのでオルヴィスには中身が見えなかったが、きっとそこには黄金のタネとやらがあったのだろう。
「鍵と一緒にそこの切り株の上に置け。なにか妙なことをしたら、すぐにこのボウズの喉をかっ切るからね」
「わかった…わかった…」
両手をバンザイにしてけん制しながら、カンバは老婆から一番近いところにある切り株に例の物を置いた。
老婆は人質にしたオルヴィスを引き連れたまま、小箱を手にした。直後、老婆はオルヴィスは手放した。
「ボウズ。本来なら正体を見られたオマエを殺すところだが、孫を助けてくれた恩があるから見逃してやる」
ダマされた、とオルヴィスは思った。だが、そこだけは、孫だけは、本当なのか。よくわからなかった。
老婆は茶屋の時と同様に俊足を飛ばして去っていった。
「ところでおっさん。アケべって誰だい?」
落ち着いてからオルヴィスはたずねた。
「オマエ、意外に耳ざといな」
「耳はいい方だ。木こりだからな。当たり前だろ、ハゲ」
「そういう意味じゃねぇよ。ババアが一言ちょっと口にしただけの名前をよく聞き漏らさなかったな、って意味だ。バーカ」
「話してみろよ」オルヴィスは真顔で言った。「別に話さなくてもオレは死なねーけど。なんならマジで話さなくてもいい。興味ねーから」
「話してほしいんだろ? オマエ」
「イヤ、マジでどっちでもいい。ちょっと言ってみたかっただけだ」
「オマエ、ホント、オモシれーヤツだなあ」カンバは噴き出した。彼も真顔になった。「マジでつまんねえ話だ。俺は独り言を言う。テメェは居眠りこいててもけっこうだ。…俺は昔、兵士でな。こう見えてもわりと、戦場では『スイカ割り』と恐れられるほどのオノ使いだったんだ。どういう意味かわかるか?」
「戦場でのんきにスイカを食ってた、ってことだろ?」
「違う。そうじゃねえ。敵兵士の頭をスイカみたいにぱっくり割ったってことだ」
「ふうん。そいつは怖ぇなぁ」
「そして、俺には、新兵だった時から一緒の戦友のアケビ、って男がいた。今はもうないジッポの村出身でな。ヤツは、後生離さず宝物を持っていて戦場でもいつも胸のブローチに入れて持ち歩いていた。なにかわかるか?」
「うーん」オルヴィスは天を仰いだ。「さっきのババアが持っていった黄金のタネだろ? そしてアンタがかけてたブローチが戦友の形見ってヤツだろ?」
「察しがいいな。そうだ。だが、アケビも強かったが、勝利の決した戦場でアイツの背後から忍び寄って腹を突き刺した女がいた。そこそこ年のいった女だった。女は勝敗の決した戦場で、油断していた俺たちの仲間を次々殺していった。女の目的は別にあるようだった。アイツは死体を漁っていた。アケビのヤツ、どこかで黄金のタネのことを口にしちまったんだろう。アイツはよくこれを使って故郷の村をまた取り戻したい、と言っていたからなあ。俺はアイツから黄金のタネを受け取った。それから俺は血塗られた戦場から足を洗った。…年齢から言えば、さっきのババアが戦場で見かけた女だろう。…ってオマエ、なに寝てやがるんだ!」
オルヴィスはぱちくりと目を開けた。うたた寝と覚醒のすき間で鳥の声や木々の声に耳を傾けていた。
「ああ、すまねぇ。アンタ、居眠りしてもいいっていうからさ」
「…はは、自由気ままなオマエらしいな」
「オレはなにも聞いてなかったぜ」
オルヴィスはカンバを残して一人森を出た。
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