第11話 ガードリアスとモンペレ
ガードリアスは、シュメル警護団長、モンペレとともにシュヴァーベン隊長から特別任務の随行をを命じられていた。
黄金のイネを手にしたと思われる女を捕らえること。
武装し指揮を取った団長を見たのは初めてだったが、貫禄たっぷりの頼れる背中を見せてくれた。見渡せば、兵団というだけあって、どの人も強そうだった。
先ほどまでいた盗賊団の首領コルテスはいつの間にかいなくなっていた。
「シュメル! オマエはガードリアスとモンペレとともに、そちらの路地へ行け」
団長が命令を下した。
他の兵士たちも団長の命令で散り散りになって路地に入っていった。
「…こういうときってたいてい、見つけたくない、って思うチームが敵を見つけちゃうんだよね」
モンペレが怪談話でもするみたいな声で言ったのを、シュメルがとがめた。
「軟弱なこと言ってるんじゃないぞ、モンペレ。俺たちが見つけるんだッ。その心づもりでいろ」
突然、隊長の足が止まった。勢いガードリアスは彼の背中にぶつかった。が、これ以上来るな、というジェスチャーをした。
もしかして、本当に目標が見つかったのだろうか。
そこは路地から出た先の広い道路だった。
コルテスがいた。
彼は戦っていた。
フードを被った女と。
ふたりとも得物は同じだった。
『短剣』
しかも、二刀。
訓練ではない。本物の殺し合いをしていた。お互いに突き出し、薙ぐ短剣に力がこもっている。相手の短剣を受け止め、かわす動作には命がけの気迫がみなぎっていた。
反撃をする気迫には、一振りごとに殺意がこもっていた。
ガードリアスは、はらはらして落ち着かなかった。
両者譲らず、いつどちらかが殺されてもおかしくない。
両者動きが止まった。
肩を激しく上下させている。息を整えているようだ。
「おい、アンタ。めちゃめちゃブスだなあオイ」
コルテスが、一目で美女とわかる女に言った。
「ブスだなんて言われたのは、生まれて初めてだよ」
「顔じゃねーんだよ。こんなに強い、いつまでも殺せねぇヤツは、ブッサイクだっつってんだよ」
息が整ったのか、最初に女が動き出した。しゃべっていた分、コンマ一秒か、コルテスの動作が遅れた。女が腰につけて使っていなかった脇差を抜いた。
思いがけずコルテスは短剣を持った両手を突き出して防御したのだが、その際、手袋をつけた両手が斬り裂かれた。手袋をつけてなかったら、指ごと持って行かれたところだろう。
だが、その際、短剣を二本とも落としてしまい、女は持った脇差をコルテスの心臓めがけて突き出す。
殺された! とガードリアスが思った瞬間、倒れたのは、女の方だった。いつの間にかモンペレがおらず、彼が女の後ろから短剣を刺していたのだ。
「アアアァァァァッァ…!」
モンペレは苦しみ呻くように叫んで、その場にうずくまった。
女の身体が傾いで、前に倒れた。
「おいそこのクソガキ。人を殺ったのは初めてなのか?」
「…は、はい、初めてです。すみません、二人で戦っているときに途中で割り込んで…」
「いーんだよ、別に。俺たちは殺し合いやってんだ。一騎打ちの勝負をしてるんじゃねえ。一人のヤツは、一人で殺さないといけねぇってルールはねえ。後ろから刺されたコイツが油断してたってだけだ。まぁちょっとは水を差された感じはあるけどな。でもな、最終的に生き残った者の勝ちだ。逆に助けてくれて助かったぜ」
俺はまだ死ぬわけにはいかねーとコルテスは強い口調で呟いた。まだ息のある女に話しかける。
「おいオマエ。黄金のイネは持ってんだろうな?」
「…ざ、残念だったな。…もう…次の運び手に渡してる」
「そこのガキんちょ。殺るときは、苦しまないように一息にドンッ、とやってやれ」
「女。無念だったな。この世界に入らなかったら、その美貌だ。武士か商人に見初められたら、もっと楽して暮らせたのにな」
「む…ムリだ……私は、卑賎民…生まれたときから運命は決められている…」
「そんなことはねぇ。そこに突っ立ってるおっさんなんか、実力で平民になったからなあ」
しかしあれは、ごく稀な例にすぎない。多くの人々は死ぬまで一生卑賎民で過ごさねばならず、涙を飲むことの方が多い。
「おい、なにか言い残したいことは、あるか?」
「…な、い。死んだらなにもかも終わりだ。生き残った者の……勝ち」
「わかる。死ぬほどわかるぜ。同感だ。そうゆうわけで、今ここでオマエが死んでも、俺は生き残ったことを喜ぶ」
しゃべりすぎた。
そのあとコルテスは、女の耳に顔を寄せると何事かささやき、女の心臓に脇差を突き立てた。
モンペレは気が抜けたのか、その場にへたり込んでいた。
カコーン、カコーン。
オルビスは薪を半分に割っている。カンバはのこぎりで丸太を四等分にしている。ふたりが同時に額の汗を拭ったとき、思いがけない訪問者があった。カンバにとっては知らない顔だったが、オルビスには知っている顔だった。例の老婆である。
「おぬしがカンバという者か?」
「いかにも、私がカンバだが、いったいどちらさまかな?」
思いもかけないことが起こった。
老婆はものすごい力でオルビスの後ろでにひねったかと思うと、喉元に短剣を突きつけてきたのである。
「お、おい、ババア。冗談はよせ」
首を遠ざけても、またたく間に刃が距離を縮める。
「アナタ、なにをやっている。およしなさい。
カンバが近づこうとすると、「動くなッ」と一喝する。
オルビスは、老婆の発する言葉に耳を疑った。
「黄金のタネの隠し場所を教えろ」
「黄金のタネ…? なんだねそれは?」
「しらばっくれるんじゃない。この子の命はないよ。アンタが隠し持ってることはちゃんと裏が取れてるんだ。…アンタの友人のアケべからね。さあ、出せ! 早く! 黄金のタネだ!」
「その子は殺すなよ…」
そうけん制しながら、カンバはあの大樹へ向かった。
キツツキの巣のあったうろに手を突っ込む。手を抜いたときには、その手に小箱があった。
「中身を見せろ」
老婆が首で指図すると、カンバは首に下げていたアクセサリーから鍵を取り出しフタを開けた。
人質に取られているのでオルビスには中身が見えなかったが、きっとそこには黄金のタネとやらがあったのだろう。
「鍵と一緒にそこの切り株の上に置け。なにか妙なことをしたら、すぐにこのボウズの喉をかっ切るからね」
「わかった…わかった…」
両手をバンザイにしてけん制しながら、カンバは老婆から一番近いところにある切り株に例の物を置いた。
老婆は人質にしたオルビスを引き連れたまま、小箱を手にした。直後、老婆はオルビスは手放した。
「ボウズ。本来なら正体を見られたオマエを殺すところだが、孫を助けてくれた恩があるから見逃してやる」
ダマされた、とオルビスは思ったが、そこだけはーー孫だけは、本当なのか。よくわからない。
老婆は小走りに去っていった。
ある日、木こり場で仕事をしていると、カンバがオルビスの強い口調で告げた。
「オルヴィス。シルルって子、オマエの連れだよな?」
「ああ、そうだけど。それがどうしたの?」
「大変なことになってるぞ。…俺も村の広場で聞いただけなんだが、なんでも、警備団が逃がした不審船の外国人らしい」
「それと、シルルにどんな関係がある?」
「…匿っていたらしいぞ」
「匿う?」
「ああ。ゲルノットが外国人の潜伏先を見つけてな。つい先ほど役人たちが逮捕しに向かったが、その子は逃げたそうだ」
「ゲルノットめ…アイツか。こんのヤロウ…余計なことしやがって」
そもそもシルルから外国人を匿った、という話を聞いてなかった。たとえ聞いたとしても、自分なら止めなかっただろうから、結局は同じだったかもしれないが。
自分たちは普通に生きていきたいだけなのに、どうしてこういつもトラブルに巻き込まれるのか。それなら、自分からはなにもするな、というのか。
「シルルを助ける」
簡潔に告げるとかんなを投げ出してオルヴィスは森から出ていった。
勢いよく飛び出したはいいものの、どこへ向かえばいいのか。オルヴィスは、賎民地区へ向かった。
そこでシルルと同部屋だという女の子から聞いた。ここへ役人が逮捕しに来て、縄で縛られる直前シルルがその手を振り払って逃げたのだという。
その女の子が指を差した方向へオルヴィスは走った。
まだ役人たちに見つかってないといいがーー。
オルヴィスは茂みの中へ飛び込んだ。思いの外深く、転びそうになる。体勢を立て直し、ふたたび走り始める。
息が切れる。足が上がらなくなる。枝葉が顔にぶつかる。スズメバチの巣を踏んづけて追いかけられる。
「おーーいシルルー!」
呼びかけたら、いきなり木陰から手がにゅっと出てきた。シルルに間違いない。オルヴィスは木陰からジャンプした。振り返ったら、そこにシルルがいた。
どうやらクマの冬ごもりの巣穴に身を潜めていたらしい。
「…ゴメン、オルヴィス」
手を差し出したら、大声が聞こえた。
ーーおいこっちだ! こっちに人がいるぞ!
「見つかった! シルル手貸せ」
手を引っ張ると、オルヴィスはすぐに手を離した。
「自分で走れよ。逃げるからな」
森の中はお手の物だったが、シルルはそうではなかった。倒木に引っかかったり、藪に足を取られたりしてモタついたため、追っ手との距離がどんどん縮まっていった。
しかも、四方八方から追っ手が迫ってくるので、袋の中のネズミになりつつあった。
一点だけ手薄なところに活路を見出して、シルルを叱咤しながら森を駆け抜ける。
最後はシルルの手を引いて、森を飛び出した。
ところが、飛び出した先は、岬の突端だった。しかも、役人らしき男たちが数人待ち構えている。その中には、ゲルノットの姿もあった。そうこうしているうちに、背後から追っ手も追いつきつつある。
オルヴィスはシルルの手を握ったままゆっくりと役人たちの近くまで進む。ゲルノットに向かって叫んだ。
「おいテメェ! クソ野郎! よくもシルルのことを役人に告げ口してくれたなあッ。見損なったぜ。最初からクソ腹立つ自意識過剰野郎だと思ってたがよ、役人になるために難しい試験を受けるって聞いて、スゲェなって関心したかと思ったら、これかよ。恥を知れッ!」
「よくもまあ、そのような口汚い言葉をべらべらべらと…。なにを血迷ったこと言ってる? 犯罪者を役人に通報することは、我々民草に課せられた義務だろう。恥というなら、犯罪者を逃げそうと連れ回した君の方が恥と知れ」
「ところで、シルルが匿った外国人ってのは、どんなヤツなんだ?」
「大陸からの密航者だそうだ」
「密航者? どういうことだ?」
「ようするに、諜報員だ」
「諜報員? なんのために?」
その問いには、ゲルノットの隣にいる役人が代わりに答えた。
「そのうちこの国を征服しに来るための下調べ、あるいは、布石だろう」
ゲルノットはわざとらしく咳払いをした。
「ようするに、だ。その諜報員を、そこの女は匿っていた、ということだ」
「シルル。オマエ、その外国人が諜報員だって知ってたのか?」
首を横に振った。
「でも、怪しいヤツがいたら、ちゃんと通報した方がいいぞ」
「うん…」
シルルはうなずいた。
「まあ、そういうことだ」けろっとしてオルヴィスは言った。「シルルは外国人のことをなにも知らないで匿っていた。大した罪じゃねー。許してやってくれ」
「なにを偉そうに言ってやがる?」ゲルノットが詰め寄った。「知らないで済んだら、お殿様はいらねぇんだよ」
「大陸には、律令、って決めごとがあるそうじゃねーか? オマエ、知ってっか?」
「当たり前だろ。俺は、役人になんだぞ」
「なら、わかるだろう? この仙ノ国には、律令はねえ。律令ってのは、明文化されてないものは罪にはならねんだ。ってことはつまりよー。シルルは、裁けねー、ってことだ。情状酌量の余地あり、とも言うらしいな」
「木こりのオマエがそんなことを知ってるのは意外だったが、ごちゃごちゃご託を並べてもムダだ。ここは、大陸じゃねえ。仙ノ国だ。仙ノ国には、仙ノ国のやり方がある。殿の…イヌハギ様のおふれによってすべてのことが決まる。ーー今は大陸からの脅威が強く警戒されるため、外国人を見つけたら直ちに通報せよ。これを怠った者には、禁固一年の刑を言い渡す」
「…まあ、オマエの言いたいこともよくわかるっちゃわかるぜ。だけど、さすがに禁固一年は長すぎるよなあ。我が国のお殿様の頭、イカれてるんじゃねーの?」
「おふれ。イヌハギ様のことを侮辱することは、不敬罪に当たり、懲役一年の刑を言い渡す、だ」
ゲルノットは、棒読みですらすら語った。オルヴィスは、この場から逃げきる秘策があるわけではなかったが、時間稼ぎのため、彼に聞いた。
「ところでよー。オマエ、さっき、役人になった、と言った。役人になる、じゃなくな。ってことはオマエ、役人になるための再試験に合格したのか?」
ゲルノットが、頭を抱えてうずくまった。
「くそォォォォォ! やっぱ、俺にはウソつけねー。ちっくしょう! 言わなきゃわからなかったのに、最後まで隠しておくのは、良心が耐えられねぇぜ!」
彼は頭をかきむしった。
「スマン! オルヴィス! 俺は卑怯なことやった。外国人の居場所を教えたら、試験に合格したことにしてやる、ってな」
ゲルノットがうずくまった態勢のまま土下座した。
「ゆ…許してくれオルヴィス…すまねえ」
役人たちのあいだで動揺が広がったが、岬を背後にしている以上、逃げ出す隙はなかった。
「別にオマエが謝る必要はねー。ゲルノット。立てよ。いいか? この状況、どう考えても、仙ノお国様のご事情によると、外国人を匿ったシルルが責められてしかるべきことだろう。オマエが卑怯だとかなんだとか、そうゆうことは関係ねえ。罪の意識を感じてるんなら、勝手にしろ。オレにとってはどうでもいい。オマエが罪の意識を感じたって、オレやシルルのこの絶体絶命のピンチは変わらないんだからな。それとも、そこのお役人さんたちに、オルヴィスとシルルを助けてやってくれ、と懇願でもしてくれるかい? それなら、めっちゃ嬉しいぜ」
実際その通りにゲルノットは懇願したが、役人たちはもちろん許すはずはなかった。
オルヴィスはシルルの手をあらためて強く握った。役人たちに聞こえないような小声で、ある作戦を告げる。それから、ゲルノットに向き直った。
「おい、ゲルちゃんよう。テメェのプライドの捨てたマジの姿、見せてもらったぜ。別に褒めたり、感謝したりしねーけどなッ」
シルル行くぞ、と作戦を実行に移す。
「オマエらぁ! オレたちはこんなつまらねーことで捕まるわけにはいかねーんだよッ。行くぞシルル! できるだけ遠くへ飛べ!」
オルヴィスはシルルの手を離すとふたりは回れ右をして地を蹴り、岬の突端から海へ向かって飛んだ。
ここまで来たときにおおよその目測をしている。着水時にはただでは済まないだろうが、気合と根性さえあれば、飛び込めない高さではない、との判断だった。
海面落下から数分後ーー
崖から離れた海岸に、オルヴィスとシルルの姿があった。
ふたりとも濡れた服を灌木に引っかけて、乾くのを待っている。乾くまでのあいだ、ふたりはじっと打ち寄せる波を見つめていた。
「…ヤバい賭けだったな」とオルヴィスが呟く。
「まさか飛び降りるとは思わなかったよ」とシルル。「でもやればできるもんだね」
「もうやりたくねーけどな。自分で誘っといてなんだけど、マジ、死ぬかと思った。溺れるっつーより、岩礁にぶち当たってな」
「たまたまね。だって、海中で意識を取り戻したとき、すぐそばに岩礁があったからね。あいかわらずオルヴィスは悪運が強いよ。なんだかんだで今回も危機から逃れた」
「悪運ってゆーより、ただムチャクチャなだけだろ」
「ふうん…自分のこと、少しはよくわかってるんだ」
「多少はな」
「でも、オルヴィスがいたら、なんでも乗り越えられる気がする」
「バカ、夢見んな。そして、オレに期待すんな。ただの人間だぞ。死ぬときゃ死ぬ。次はねーぞ」
シルルは、ふふっと小さく笑っている。
「でも、これで、アムゼン村には戻れなくなったね」
「アホ。笑ってんじゃねーぞ。オレ、木こり道具、全部、山小屋に置いてきてんだぞ」
「ああ、そっちの心配?」
「そうだよ。当たり前だろ。…あー、もうひとつある」
「なに?」
「また次に受け入れてくれそうな村を探すのがメンドくせー」
「それもそうだけどさ、せっかく名前のわかる知り合いもできて馴染んできた村だったのに、もったいないとかさみしいとか思わないの?」
「そいつはあまり思わねーな。人間、いつだって一期一会だぜ。きのう会ったヤツとは、もう二度と会えねーかもしれねえ。すれ違うだけのヤツらなんか山ほどいる。そんなんでいちいち心を動かされるなんざ軟弱者だろ」
ただひとり、カンバに別れの言葉を告げられなかったことが、心残りではある。それでさえしかし、最終的には、オルヴィスにとって軟弱なことで完結する。
「じゃあ、もし…」シルルはオルヴィスの目をじっと見つめた。「二度と私と会えなくないことになっても、オルヴィスは心を動かされないの?」
「やめろ、バカ。そうゆうこと言うヤツ、オレは嫌いなんだ。ウンザリするぜ。てか、そろそろ服乾いてんじゃね? 服着て、さっさとここから離れるぞ」
「また一から出発だね」
「そろそろ二か三から出発したいもんだねえ」
「あまのじゃく。ひねくれモン」
二人は立ち上がり、登れそうな岩にしがみついた。
(了)
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