第4話 カンバ
オルヴィスは、カンバ、という木こりの親方に連れられて村の森へ行った。松や杉など、木材に適した樹木の多くある森林だった。
カンバは寡黙な男なのか、案内の最中、一言もしゃべらなかった。オルヴィスも、おしゃべりな方ではないため、話しかけなかった。体付きは、木こりとして理想的な肩幅の広い筋肉質な体型で、ふさふさの髪の頭頂部が剥げているのが、いかつい印象を少し緩めている。首からまったく似合わないグリーンのブローチを下げていた。
ハゲ、と言ったら怒るだろうか。
オルヴィスは一度思いつくと、無性にやってみたくなったが、こらえた。言うなら、もう少しコミュニケーションを取ってからにしよう。さすがに、初対面で、ハゲはたとえここにフリーダがいたとしても、笑いにもならないだろう。
それに、このカンバ、という男の横顔には、どことなく彼の大胸筋そのもののように笑いを弾き返すような雰囲気があった。
「お手並み拝見と行こう。十五と言えば、もう大人。オルヴィス。この松を切れ」
カンバに指示されたマツを観察した。大樹である。周りの松と比べても、三倍以上は幹周りがありそうだ。
オルヴィスは、オノを肩に背負うと、あっけらかんと告げた。
「この樹は、ダメっスね」
「なんでだ? オマエの腕では、この巨大な松は切れんか?」
「イヤ。そういうことじゃねー。アンタもわかっててオレを試してるんだと思うけど、こういう周りに比べて大きい樹は、カミサマの宿る樹だ。むやみに切っちゃいけねぇ」
「やるな」とカンバがむんずと腕を組んだ。「じゃあ、俺のやりかけた杉を切ってみろ」
オルヴィスは、切り口のついた杉の前でホーミーを歌った。樹を倒す際、周りに人や獣がいないか注意を知らせるための、羊飼いが羊を呼ぶときなどに古くから伝承されている高い音程の裏声の唱法である。木こりもこれを使う。使わなければいけないとされている。万が一近くに人がいた場合、倒れた木につぶされてしまう危険があるからだ。
オルヴィスは、だいじょうぶだと判断すると、オノを入れた。
スコーン、スコーン、スコーン…。
森にオノの音が響き渡る。
小鳥たちが驚いて逃げていった。
しばらくのち、メキメキッ、と音を立てて、周囲の木々の枝葉を巻き込みながら倒れた。
「合格だ」とカンバが小さく拍手した。「樹を倒すだけなら、木こりなら、ある程度の熟練を積めば、誰にでもできる。だが、オノを入れる前に、ホーミーを使ったのが良かった。慣れれば慣れるほど、基本を忘れてしまうものだ」
なんだか褒められたらしいと思い、オルビスは軽口を叩くのも忘れてニヤけた。
『なんだ、別に怖い人じゃねーじゃん』
「疲れただろ? そこの切り株に座れ。昼飯にしよう」
カンバから塩むすびを一個もらった。水筒の水を飲んでから、かじりつく。
「うめェ」
「おにぎりに入れる具材はたくさんあるが、塩むすびを食べたら、その米の本当の良さがわかる」
「これ、アスカ米、ってヤツかい?」
「よく知ってるな」
「きのう、村長さんのところでごちそうになったので」
「ところで、オマエ。まだガキのくせに、なんで流れ者になってるんだ?」
オルヴィスは、ライナ村の供物の儀式と、ムスティリ村での盗賊の襲来から、峠の茶屋で見知らぬババアに有り金全部置き引きされたことなど、語った。
「バカだなあ、オマエ」
「バカって言うな。オレはいつも正常だ」
「正常とかそういう問題じゃない。オマエは、頭より先に身体が動く考えナシの猪突猛進野郎だな、ってことだ。別にオマエを否定はしてねーバカだなあ、って感想を持っただけだ」
「ふざけんなよ。バカだなあ、って言われて、否定されてない、って思う日和見野郎がどこにいんだよ」
「俺にとってバカは、褒め言葉だ」
オルヴィスはチャンスを見つけた。今だ、と思った。
「この、てっぺんお皿ハゲ野郎。わかりにくいんだよ。そんなナリして、細かいこと言ってんじゃねーよ」
「てっぺんお皿ハゲ野郎?」
カンバは無言になった。鉄拳が飛んでくると思って身構えたが、不発だった。逆に褒められた。
「ワッハッハッハッ、そのままじゃねーか、オルヴィス。上等だ。悪口いいじゃねーか。てっぺんお皿ハゲ野郎か。今まで言われたことないぞ」
「…そりゃあ、おっさんがコワモテだからじゃないのか?」
「俺が怖いか?」
「イヤ。そうでもねぇ」
塩むすびを食べ終わると、水を一口飲み、神の宿るとされる巨大樹に目を移した。小さなうろがある。そこにキツツキが出入りしている。オルヴィスは立ち上がり、巨大樹へ向かった。
「ダメだ、オルヴィス。よせ。そこには近づくな」
「おっさん、やさしいねー」
自分なら、キツツキの巣に手を突っ込んで、卵があれば卵を、ヒナがいればヒナを丸ごと、親鳥も捕まえられたらラッキーとばかりに、すぐに獲物にするところだ。
「やさしいとかじゃねーよ」カンバは居心地悪そうに残った髪をかいた。「ところで、オルヴィス。さっきから気になってたんだが、オマエ、親方に向かって、アンタとか、おっさんとか、よく言えるよなあ。タメ口でも普通、アンタ、おっさん、なんか言わんぞ」
「いーんだよ。オレは。本当にヤバそうなヤツにしか敬語は使わねー主義なんだ」
「じゃあ、俺はヤバそうじゃないか?」
「そういうことになる」
「オマエ、えっらそうだなーこの野郎」
突き飛ばされて、オルヴィスは切り株から転げ落ちた。
休憩が終わると、倒した杉をのこぎりで八等分に切った。それを、ナタで細かく薪にして、きょうの仕事は終わった。
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