第3話 ガードリアスとモンペレ

 砂浜でのシャトルランをやり、これが準備運動であり、それから、二人一組になり、互いを背負っての、坂道ダッシュ。

「も、もう、走れないよう」

 ガードリアスは前に倒れ込み、ペアになったモンペレに泣き事をぶつけた。

「こ、殺す気かよー俺たち」

 モンペレも砂地に仰向けに横たわった。徴兵されたとき、夜盗出現の報せを受け、警備団がバタバタしていたこともあり、ガードリアスは正式な訓練をまだ受けていなかった。遅ればせながら、こうして兵士になるための訓練を行っている。

 少しの休憩を挟み、次は海で、遠方に突き出た岩まで泳いで、戻ってくる水泳の特訓。この日は、白波が立つほどの悪条件だった。

 ガードリアスは溺れた。ライナ村は内陸部にあり、海なし村だったので、こうして真剣に海で泳ぐ機会がほとんどなかった。川で泳いだ経験があるくらいである。

「だ、だいじょ、うぶ、かい? ガードリアス」

 近くを泳いでいたモンペレに助けてもらった。

 岩のあるところまで運んでくれた。

 岩にしがみついて、なんとか口に入った海水を吐き出したものの、次から次へと白波が押し寄せてくる。

「岩に登ったらいいよ」というモンペレの言に従い、岩をよじ登った。

 寒さでブルブル震えているうちに、次から次へと訓練生たちが岩にタッチして、浜へと戻っていった。

 モンペレは、ガードリアスにとって、徴兵されてから初めてできた同年齢の友達だった。

 出身地は、鍛冶で有名なエスペランサ村。いつだったか、マクマードの市場でオルヴィスが有名な刀鍛冶イヴァルディだかのオノを見つけてテンションが上がったことがあったが、そのイヴァルディを輩出した村でもあるという。モンペレ自身は、剣を手にしたことはないらしく、剣の実技訓練では、いつも他の者に遅れを取っていたが、訓練についていけない者がいると、そっと声をかけて励ますような心優しい少年だった。

 このときも、モンペレは、ガードリアスを励ました。

「ガードリアス。キミは、確かに泳ぎが苦手みたいだね。でも、この岩から剥がれないと、いつまでも浜にはつけないね。ぼくにはさすがにあの距離を君を連れて泳ぐのはムリだ」

 モンペレは、もっとも体力が奪われず、泳ぎの得意でない人でも比較的泳ぎやすい平泳ぎを、身振り手振りを交えてガードリアスに教えた。ガードリアスには、なんとなく伝わった。実際にチャレンジしてみなければわからないが。

「イヤ。やっぱりダメだ。モンペレ。水自体が怖い」

 ガードリアスは震えた。恐怖からではない。容赦なく吹き付ける風を受けて、身体が冷えてきたのだ。

「ううッ…マジ、寒いや」

「ガードリアス。こういうときは、海に入ってしまった方が寒くないものだよ」

 見本でモンペレが先に平泳ぎをしてみせた。

「カエルだ。君はカエルを知っているかい?」

「カエルくらい知ってるさ」

「そのイメージだ。カエルが泳いでいる姿をイメージして、君自身がカエルになるんだ。早くしないと…ほら、後ろからヘビが泳いで追ってくるぞ。ヘビも泳ぎは上手なのは、知ってるだろ?」

 ガードリアスは意を決して海に飛び込んだ。

 ところが、頭で知って泳ぐのと、実際に泳ぐのとは、大きく異なるものだった。ガードリアスはカエルのように足を水中で蹴ることに集中しすぎて、両手がおろそかになった。その結果、どんどん海へ沈んでいく形になった。モンペレの叫び声が聞こえたが、途中で目の前が泡だらけになって聞こえなくなった。

 最後に、オルヴィスの顔が浮かんだ。

『オマエ、戦場なんかで死ぬんじゃねーぞ』

 ゴメン、オルヴィス。僕は溺れて死ぬみたいだ……。



 意識が戻った。

 目を開けると、シュヴァーベン訓練長とモンペレの顔があった。

「よかった。ガードリアス。目が覚めて…」

「あれ? 僕はどうなったの?」

「こうなったんだ」と強めに言いながら、訓練長が毛布を剥ぎ取った。

 すっぽんぽんだった。

 近くに火が焚かれており、木の枝に、訓練着があった。

「ガードリアス。訓練長が君が岩から戻ってこられるか心配してね、救助の舟を出してくれていたんだ」

「ありがとうございます、シュヴァーベン訓練長。モンペレもありがとう」

 シュヴァーベン訓練長は、この辺り一帯の村の警護を担当する警護団の団長であるオルヴィスの父シュメルの上官に当たる。

 しばらくの間、海に慣れるための水泳の特訓と、船の操縦を習った。

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