さわりし神に救いあり

神魔崩壊篇

第三十六話 神、天使、そして悪魔

　私――月讀は現在、他の神々と共にセム系一神教の天使と戦っている。

　最初は正直、少し持ちこたえることすら不可能だと思っていた。

　唯一神以外の神を否定する一神教の在り方は、性能面でも強さを発揮する。

　すなわち、他の神への特攻効果。相手が他の神である限り、彼らはほぼ無敵の強さを誇る。

　事実、一神教徒には多くの神々を悪魔へと堕としてきた歴史がある。信徒であるだけの人間ですらそうなのだから、天使ともなれば、その特攻効果は測り知れない。

　それに、こちらはただでさえ黒霊衆の手で滅茶苦茶にされた状態。まあ、その点については黒霊衆に加担していた私が言えた義理ではないのだが。

　しかし、それでも素戔嗚と戦い、負けたことで、私は揺れていた。

　不可能を可能にする無茶な戦い方。二進（にっち）も三進（さっち）もいかない状況を、一瞬でひっくり返すような瞬間。それを、あいつは見せてくれた。

　そんな素戔嗚が信じた男。彼を守る戦いに参加することで、私も何か掴めるかもしれない。そんな淡い期待に導かれ、私は来たのだが……

「全然効かない！　こうなったら、私の権能で……っ！」

　姉上が叫び、天使たちのど真ん中に太陽を召喚する。

　そして、討ち漏らした天使たちに対しても私や素戔嗚、他の神々が追撃した。

　しかし……

「やはり、駄目か……」

　あまり数が減っていない。よもや太陽そのものでも倒せないか。

　まあ仕方がない。むしろよくここまで持ちこたえたものだ。天使を相手に我々はよくやった。

　そう思ったのだが。

「諦めないわ……！　出でよ、三種の神器――！」

　八咫鏡（やたのかがみ）、八尺瓊勾玉（やさかにのまがたま）、蛇剣（じゃけん）・都牟刈（つむかり）。

　単体でも最高峰の権能を誇るそれらの神器。その組み合わせにより力の増幅が起こり、究極の力が生み出される――が、しかし、それには時間がかかる。故に、

「皆！　ほんの少しでいい！　時間を稼いで！」

　その姉上の言葉に、ここにいる全ての神が頷いた。

　そして、各々が持っている全ての権能が、一斉に射出される。

　これが、日本の神々の力。

　他の神々を排斥するのではなく、受容し、自らの神話体系に取り込むことで豊かな広がりを見せてきた、寛容な精神性が生み出した奇跡。

――なるほど。たしかに、地方の神々を取り込み統合したことで私は居場所を失ったけれど。

　しかし。受容性、そして多様さを一つに束ねる絆の力。その果てがこの光景だというのなら、それも悪くないかもしれない。

　他の神を排斥することで力をつけた一神教。彼らとて排斥されていた歴史が多々あったことには同情するが、しかし彼らを押しとどめるには我ら以外に適役はいない。

　日向出身であろうと。大和出身であろうと。出雲出身であろうと。我々が皆、日本の神であることに違いはない。

──変に思い詰める必要など、なかったんだな。

　そこに思い至れば、やることは決まっている。

　自分もこの国に生まれた神の一柱として、全てを賭して戦うのみだ。

　日本の神々の総力を以て、天使はここで食い止める――！

「うおおおおおっ！」

　皆が叫び、天使の猛攻をなんとか耐え凌ぐ。

　そして、刹那とも永劫とも思える時間の末、ついに――

「準備……完了！　いくわよ……っ！」

　三種の神器による、究極の力。それが放たれる時が来た。

　八尺瓊勾玉に内包された無限と言っていいほど膨大な霊力。それが、蛇剣・都牟刈を幾重にも複製していく。

　その全てに向けて、蛇剣・都牟刈の所有権を有する姉上と素戔嗚が、同時に叫んだ。

「「剣よ……その究極の力を以て、この世全てを討ち滅ぼさん――！」」

　刹那、あまりに膨大な力の奔流が、天使たちに直撃した。

　無限に複製されたうえ、最高の神格を持つ二柱の神によって力を注ぎ込まれた蛇剣・都牟刈。その生み出すエネルギーの総量は、極超新星爆発（ハイパーノヴァ）にも匹敵――否、それ以上のもの。

　しかも、それで終わりではない。

　八咫鏡も蛇剣・都牟刈と同じく無数に複製されており、それが天使たちの周囲に隈なく現れ、拡散しようとするエネルギーを全て反射する。すなわち――

　蛇剣・都牟刈の攻撃により生じた膨大な力は、しかし一切の拡散を許されず、八咫鏡に囲まれた中を乱反射し続ける。その力の全てが、余すことなく天使たちを叩いた。

　これならば、足止めどころか天使を倒すことすらできるのでは――？　そう思ったのだが、しかし、

「大部分、損傷。戦闘続行、不可能――？」

「否、悪魔ノ殲滅。ソレハ、神カラ与エラレシ使命、ナリ……。ナラバ、ソノ身ガ果テルマデ、戦闘続行スベシ……」

　それでも、天使たちは立ち上がった。

　なんとも痛々しい光景だ。

　そこにあるのは過度な忠誠心のみ。それはもはや、妄信でしかない。

　そんな彼らの妄信を砕けるとするなら、おそらくは――

「……っ!?　あれは……！」

　天使側に向けて、神々とはまったく別種の攻撃が放たれた。

　現われたのは、禍々しく、強大な霊力を持った者たち。それは、つまり。

「悪魔の、大群――っ！」

　悪魔憑きではなく、本物の悪魔。

　もちろん、もとは悪魔憑きであったり、人間と契約を結んだ悪魔だったりしたのだろうが。しかし今はもう人間の身体に寄生する存在ではなく、完全に全盛期の力を取り戻している。

「完全復活、したのか……」

　遥か遠い昔、悪魔たちは皆唯一神に反逆し、そして敗北した。彼らはその身を無限に引き裂かれた結果、力を失い、天界を追放されたのだ。

　その後、自らの力で存在を保てなくなった彼らは人間を頼った。人間に取り憑いたり人間と契約して魂を得ることで、復活のための力を着実に蓄えていったのだ。

　そして今、ついに完全復活を果たした彼らは、再び唯一神への反逆を開始したのだろう。

「……ここへきて、状況がさらに混沌としてきたわね……」

　そんな姉上の言葉に同意する。

　一体、この戦いはどこへ向かっているのだろうか――