第十九話 劣情との戦い

 素戔嗚に助けられた後、僕と巫は他の抑霊衆メンバーと合流した。

 皆それぞれ負傷は追っていたが大事には至っておらず、巫はホッとしていた。


 それから抑霊衆の拠点へと行き、そこで妃香華の状態についても見てもらうこととなった。

 僕が妃香華の魂に纏わり付く穢れを取り除いたとき、一瞬垣間見えた。あれは一体なんだったのだろうかと気になっていたからだ。

 しかし、答えはかんばしくなかった。


「うーん、私の調べでもわかりませんね」


 巫が首を傾げながら言う。


「そうか……」


 すると、上代陽華さんが言った。


「でもなんか、今日戦ったあの女と似たような力を感じるような……」


「あいつと、ですか」


「うん。私も結局、奴の力の正体を見極められなかったからなんとも言えないんだけどね」


 だとすると、なおさら秋空に訊かなければならないことが増える。

 そんなふうに考える僕を見ながら、守繫蘇羽とかいう人が険しい顔をしていた。


「守繫さん、何か心当たりが……?」


「まあ、ちょっとな。確証がねえからなんとも言えねえが……その手の専門家を知ってるから、連絡しておく」


「そうですか……よろしくお願いします」


 そう頼むと、守繫さんはコクリと頷いた。


「あ、それと当面の対処ですが、麻布さんと十六夜さんの間に霊的な結合リンクを結ぶというのはどうでしょう」


 ふと思いついたのか、巫が言った。


「霊的な結合……?」


「はい。麻布さんと霊的に結合させれば、十六夜さんは神様の御加護を直接的ダイレクトに受けられるということ。穢れに憑かれそうになったり、その他不測の事態が起こったりしても対処できるはずです。ただし、結合が安定するまではあまり離れないでくださいね」


「なるほどな。それで当面は安心できるってわけか」


 まあ、不安が完全に消えたわけではないが……まあでも、今は巫達専門家に頼るしかないだろう。

 では、もう一つの懸案事項についても、話しておかねばなるまい。


「そういえば、霊力の乱れを戻すっていう方の話はどうなったんだ……?」


「……霊力の乱れは黒霊衆によって人為的に起こされているとわかったので、当初の予定が変わりました。

 神様の力で一時的に霊力の乱れを元に戻しても、すぐにまた乱されてしまうので。

 ここはもう、元凶である黒霊衆を直接叩くしかない状況です」


「そうか……」


 黒霊衆。

 彼らのその強さは、今回身に染みてわかった。

 それと全面対決するという事か……。

 だが僕にとっての問題は、黒霊衆あそこに秋空がいることだ。

 あいつにはいろいろと訊きたいことがある。ならば――


「迷惑でなければだけど、僕も黒霊衆討伐に参加させてくれないか? 一人、もう一度会わなくちゃならない奴がいるんだ」


「そう言ってもらえるとありがたいです。正直私達だけではどうにもならないと思っていたところでした。しかし――」


 直後の巫の言葉で、僕は現実に引き戻された。


「今さら言うのもなんですが、麻布さん、一度家に帰っておかなくていいのですか?

 今日は帰って、また明日抑霊衆の拠点ここに集合というかたちにした方がいいと思うのですが……」


「あーうん、それもそうだな……」


 なんか現実味のないことが多すぎてすっかり忘れていた。

 まあたしかに、一度帰っておいた方がいいのかもしれないが、しかし――


「でもいいのか? こんなときに」


「どのみち、今すぐ黒霊衆に挑むのは無理です。私たちも少し休んでおかないとさすがに体がもちませんし、とりあえず一晩くらいは休息をとる必要があります。それにいろいろと準備も必要ですしね。だから別に大丈夫です」


 たしかに巫は素戔嗚戦のときも倒れてしまったし、その後すぐに拘束されてしまい休む暇がなかった。他の人たちも素戔嗚と戦った後、すぐ僕と巫の救出に来てくれたわけだし、相当疲労やダメージが溜まっているだろう。

 ならば巫の言葉に甘えて、僕も一度家に帰ろう。


「ああ、わかった。でもその前に、霊的な結合とかいうのだけ、よろしく頼む」


「はい、わかりました」



◇◇◇



 巫に霊的な結合をしてもらった後、僕達はそのまま家に帰った。

 ちなみに妃香華は霊であるため、霊能者や霊感のある人にしか見えない。

 そして僕の方は神域を調節できるため、親から見ればただ僕が帰宅しただけだ。


「でも、ほぼ早朝に家を出てこんな遅くに帰って来たのに、とくに何も言われなかったね」


「あ、ああ。そうだな……」


 妃香華のもっともな疑問に、僕はぎこちなく頷く。

 妃香華が死んでから暫く、僕は荒れに荒れていた。

 今はもう落ち着いているが、しかし両親との関係悪化は今でもまだ尾を引いている。

 故に、お互い極力干渉していないようにしているのだ。帰りが遅かったくらいで何か言われることはない。

 まあ、こんな話を妃香華のいる前ではできないが。

 ともかく、無事帰宅できて何よりだ。

 後はお風呂に入って寝るだけ――と、そこで大きな問題に気付いた。


「お風呂、どうするか」


 結合が安定するまでは離れない方がいいと巫に言われた。具体的にどれくらいかはわからないが――


 まあでも、お互いが入っている間は洗面所で待っていればいいか。そう言おうとした直前。

 妃香華が、トンデモナイことを言い出した。


「……一緒に入れば良くない?」


「……今、何と?」


 思わず、僕は聞き返した。


「だから、一緒に入ろ。昔みたいに……」


……まじで、いいんですか?



◇◇◇



 そして現在。

 僕は妃香華と、本当にお風呂に入っていた。

 いや最初は僕も、一生に一度のトンデモナイ機会チャンスが到来したと思いましたよ。

 うん。でもこれは……いろいろキツい。劣情を抑えるのが本当に至難の業だ。

 第一、どうして僕たちは――同じ湯船につかっているんだ……っ!


「一緒にお風呂入るの久しぶりだね~」


「ああ、そうだな……」


 うん、たしかに久しぶりだけれども。めちゃくちゃ小っちゃい頃以来だけれども。いやしかし、なぜだ。

 お姫さま抱っこで恥ずかしがってたのに、なんで一緒にお風呂は普通にOKなんだ。

 妃香華の羞恥のポイントがまったくわからない。


「……灯醒志、おっきくなったね~」


 妃香華が、僕の身体を触りさすさすしながら言う。


「うん……まあ、そうかもな……」


 そんな風に曖昧に答えながら、僕は妃香華の身体を見る。

 いや、見ると言っても決して嫌らしい目で見ているわけではなく……とは、言いきれないが、ともかく。

 妃香華は僕のことを大きくなったと言ってくれたが、当然ながら妃香華の方は、最後に見たあの日のままだ。

 妃香華の時間はずっと止まったままなのだ。

 こうして一緒にいるとまるで生きているかのように錯覚してしまうが、それでも妃香華はすでに死者。そのことを思うだけで、悲しみと自己嫌悪で泣きそうになる。

 それを必死に押し隠している間にも、妃香華は僕の身体をあちこち触っさすさすして、納得したように頷いた。


「うん。なんていうか……たくましさが増したような気がする」


「え? 僕がか……? いや、それはないだろ。見ての通り、筋肉なんて微塵もないヒョロガリ体系だぞ」


 神になったことで身体能力が上がるなら、体付きも変わるかと思ったが、全然そんなことはなかった。霊力で動くので、筋肉はまるで関係ないのだろう。


「……え、そうなの……?

 男子の身体ってあまり良くわからないから、なんとなくで言ってみたんだけど、違ったかな……?」


「いや、なんとなくだとしても僕の身体に逞しさの要素を見出したのがすげーよ」


 僕が三年前よりも背が伸びたことや、穢れから逃げるときに妃香華をお姫さま抱っこして走った際の印象イメージによって逞しく思えたのだろうが……それにしたって、こんだけ身体触ってそんな結論が出たことには驚きだ。

 あるいは、緊張で少し体が硬くなっていたのかもしれない。服越しですら女の子に触れられる機会などそうないのに、裸であちこち触らさすさすされたらそりゃあ緊張する。邪な気持ちを抑えるのに精一杯で、幸福感を感じる暇もない。


「う~ん……まあでも、このくらいが丁度良いよ。筋骨隆々な灯醒志なんて見たくないもん……」


「ははっ、そりゃあ違いない」


 ふう、良かった。ここでもっと逞しくなってなんて言われたら、柄にもなく筋トレを始めなくてはならないところだった。


 そんな風な会話をしながら、お風呂の時間はあっという間にすぎた。

 ああ――自身の劣情と戦う時間はこれでやっと終わる。

 よく耐えたぞ、麻布灯醒志。僕の理性は本能に打ち勝ったのだ。

 そんな良くわからない達成感に満たされながら、僕は妃香華と共に部屋に戻った。

 さあ、後は寝るだけ――と、そこで大きな問題に以下略。


――ベッドが、一つしかない。


 それはつまり――劣情との戦い、第二ラウンドの幕開けだった。



 ちなみに、神と霊なのでお風呂も睡眠も別にいらなかったと気付いたのは翌日になってからのことだった。

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