第十六話 抑霊衆vs黒霊衆

(なぜこれだけ戦っても力の正体がわからないの……?)


 上代は闘いの最中さなか、倒せないことよりもむしろそのことを訝しんでいた。

 霊能者同士の闘いにおいて、相手の情報が全くわからないというのは致命的だ。ただでさえ、向こうにはこちらの手の内が知られているようだというのに。

 そんな中。


「そろそろ潮時かな。ここらで玖導のもとに行こうか」


 秋空緋紅麗が、ポンと手を叩いて言った。


「ちっ、ようやく面白くなってきたところなのによお」


「私達が、逃がすと思っているのか?」


 舌打ちする女を、神無月雪那が睨み付ける。

 対して、女は事もなげに答えた。


「もちろん」


 刹那、女の力が増大する。

 唖然として、上代が呟いた。


「まさか……今まで本気じゃなかったの!?」


「ひゃはっ、そうだぜえ。それじゃあ、さよならといこうかあ!」


 その言葉と共に、凄まじい力の奔流が上代と神無月を襲った。


「……っ!」


 二人は慌てて防御する。

 それにより、攻撃自体は防げたのだが……


「ちっ、逃げられたか」


 衝撃から先に立ち直った神無月が目を開けた時には、既に黒霊衆の二人は消えていた。



◇◇◇



 守繫蘇羽と中住古久雨の攻撃が交錯する。


「ふっ、おまえでは私に勝てんよ」


 二人の差は歴然。この勝負、守繫が完全に押されていた。


「おまえの技を見ていると、おまえがこの力を身につけるのにどれほど苦労したかが良くわかる。

 途方もない労力をかけて技を磨いたのだろう。霊力の最適な運用法を研究し、工夫してきたのだろう。

 だが、おまえの潜在能力は並の霊能者と同程度なようだ」


 涼しい顔で攻撃を繰り出しながら、中住古久雨が言う。


「その程度の才能で、よくぞ抑霊衆に入れたと褒めたくなってしまうくらいに。まあ才能が並だったからこそ死ぬ気で技術を磨き、ここまで辿り着けたのだろうが。

 おまえは良く言えばオールラウンダーだが、悪く言えば器用貧乏だ。どんな相手ともそれなりに戦えるが、決め手に欠ける」


「ああ、その通り。俺はあくまで凡庸でしかない。器用貧乏だとか決め手に欠けるだとか見劣りするだとか、好きなように言ってくれて構わないさ。事実だからな。だが――」


 守繫は圧倒的に劣勢なこの状況で、それでもニヤリと笑ってみせた。


「あんまり舐めんじゃねえぜ! これでも俺は、伊梨炉秀から一番最初に選ばれた人間なんだからよ!」


「おまえ⋯⋯!」


 ギリッと唇を噛みしめて、中住は神繁を睨む。これまで余裕だった中住の表情が、打って変わって激しいものへと変化していた。

 そこからにじみ出ているのは怒りと嫉妬⋯⋯だろうか。

 そんな中住に向けて、神繁は今までと全く違う系統の術式を放つ。

 それは――


(ただの目くらまし……だと!?)


 霊能者にとって、目くらましなどなんの意味もない行為だ。

 神や霊などの超常的な能力を持った存在を相手にする場合、人間の五感などでは全く追いつけない。

 中には、そもそも五感で捉えられないものまで存在する。


 故に霊能者は戦闘時、指向性を持った霊力に反応し自動で迎撃する術式を展開しているが常。つまりどんな攻撃が来たとしても、目くらましなど関係なく勝手に迎撃されてしまうのである。


――ただし、それが霊的なものであればの話だが。


「……っ!?????」


 視界が戻った瞬間、中住の顔面に守繫の拳が突き刺さっていた。


「霊力を使わず、肉弾戦で……っ!?」


「悪いな。普通にやっても勝てそうになかったもんでよ」


 そのまま守繫の攻撃は続く。

 対して中住は、それを防ぎながら急いで術式を組もうとする。

 しかし、そのときには守繫の術式が展開されていた。


(な……っ、どうして! 今まで術式を組み上げていた様子はなかったはずなのに……。いや、まさか――っ!)


 そこで、中住ははたと気付いた。


(動き……っ! この男はただ殴りかかってくるだけでなく、霊的な動作を織り交ぜて術式を組み上げていたのか!? 戦闘中のランダムな状況下で、そんなことができるとは……)


「終わりだ……っ!」


 そして、守繫の攻撃が中住を吹き飛ばした。

 完全なるクリーンヒット。これでもう、勝負は決まっただろう。


「なんとか勝てたか……」


 ふう、と守繫が安堵の息を漏らした――そのとき。


「ああ、そうだな。この勝負はおまえの勝ちでいい。だが――」


 ガサリ、と中住が立ち上がる。


「な……っ、あれを喰らって立ち上がれるはずが……っ!」


「すまないな。こちらには奥の手があるのだよ」


 そう言った中住の周囲は、凄まじい霊力で満ちていた。


「とは言え、これは私の力ではない。私という個人がおまえに負けたのは事実だ。やれやれ、伊梨炉秀を超えようと言うのにこのていたらく。私も精進せねばならんな」


「その力……まさか、神の力を借りているというのか……!?」


「その通り。しかも、素戔嗚尊を騙し、抑霊衆を襲わせた張本神ちょうほんにんの力だ」


 守繫にとっても、これは予想外の事態だった。

 まさか黒霊衆は、神の協力をも仰いでいたとは。


「そういうわけで――これで終わりだ、守繫蘇羽」


 その言葉と共に、凄まじい力が守繫に振るわれた。


 そして、大きな爆発が起こる。


「これで倒せたか……む?」


 爆発による煙が晴れると、そこに守繫の姿はなかった。


「すんでのところで逃げたか……。守繫蘇羽、気に入らないが、炉秀から最初に選ばれただけのことはある。いかにも奴らしい人選だ。

 まあいい。そろそろ励志の儀式も完遂した頃だろうし、私も向かうとしよう」


 そう呟いて、中住古久雨はその場を立ち去った。

 その表情に、底なしの悔しさを滲ませながら。

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