死神見習いの受難
第1話 吉報
「――昨日の午後4時25分、神奈川県横浜市で大規模な脱線事故が起こりました。乗客、乗務員を含め多くの犠牲者が出ており、現在も救助活動が続けられています。
――ここで、本日のゲスト、鉄道技術研究の第一人者である臼井博士にお話をいただきたいと思います。
臼井博士、鉄道会社は今回の事故が起こった電車や線路に異常はなかったと話していますが、だとしたら何が原因だと考えられますか?」
「それはもちろん、颯様の類稀なる狩りの才能ってやつですね!」
この世とこの世界とを繋ぐ四角い画面の中にいる学者先生よりも早く、
月曜日の早朝。普段ならば憂鬱に感じるこの時間も、今日ばかりは素晴らしい一日の始まりだと思わずにはいられない。
「朝起きてテレビをつけたら、憧れの人の大活躍がどの番組でも話題を独占してる!俺たちは素晴らしい時代に生きてるんだなぁ......。」
「正確にはもう死んでるけどな?」
テレビにへばり付き感極まっているルームメイトに茶々を入れつつも、
テレビのニュース番組はもちろん、ネットニュースも昨日の脱線事故の話題で持ち切りだ。スマートフォンには、件の事故についての錯綜した情報がSNS上で飛び交っている様が映し出されている。
「犠牲者は最低でも100人以上、か」
脱線した電車はブレーキも効かず、線路を飛び出して車道に突っ込んだ。数多の車を巻き込みようやく電車が止まった時には、辺りには地獄絵図もかくやという光景が広がっていたらしい。
「すげえよなぁ颯様!あの短時間で100人以上!普通なら1年あっても達成できるか分からないってのに……」
相変わらずテレビに掴みかかりながら瞳を輝かせる様は、クリスマスプレゼントにはしゃぐ子供のようだ。
――まぁ、無理もないか。
スマートフォンを閉じ、「今日はサボるわ」とだけ言付けて外へ出る。
彼の事情を考えれば、興味の無い態度で水を差すのものは少々はばかられる。暫く至福のひとときに浸らせておくのも良いだろう。
大勢の人々の命が失われた事故を喜ぶなんて不謹慎だと、何も知らない人間は思うことだろう。
しかし、響も幸人もそうは思わない。
人々の死を悼むには、2人の立場は余りにも不釣り合いなのだから。
あの世でもこの世でもない狭間の世界。
2人が暮らすこの世界では、死者による生者の命をかけた戦いが日夜行われている。
死神は、生者の命を刈り取るため。そしてそれに対峙する守護霊は、彼らから生者の命を護るために。
命を狩るために、その障害となる守護霊を屠る力を持つ。それが、1人前の死神となるための条件だった。
幸人と響は、その力を身につけるべく死神の養成所へと通う候補生。
数ある養成所の中でも特に名門と名高いこの場所は、過去に多くの優秀な死神達を輩出し続けている。今回の事故で多くの命を狩った冷泉颯もその1人だ。
響にとっても今朝のニュースは、母校の有名人が偉業をなしとげた、まさに吉報だということには違いない。
だが幸人にとっては、今回の出来事が「吉報」などという枠では到底収まらない衝撃を伴ったものであるだろうことは、彼と関わる人間ならば容易に想像がつくことだろう。
彼の口から、冷泉の名前が出ない日はない。
幸人は、冷泉を神のように崇拝していた。
「はあああぁぁ……。やっぱ颯様はすげぇや。なぁ響もそう思うだろ?……響?」
響が部屋を出て40分。
幸人はようやく同居人の気配がないことに気付いた。
「またサボりか」
いつもの事だから驚きはしないが、興奮しきる友人を放って外出するのはあんまりではないか?
「……ってやば。もうこんな時間か」
画面の左端の時刻は、講義開始15分前の時間を表示していた。
慌ててテレビから顔を剥がすと、共用の2段パイプベットに立て掛けてあるハードケースを開ける。
中に入っているのは、自分の得物である二又の大鎌。
特注品の一点物で、冷泉が愛用している大鎌と同じブランドのものだ。
そっと握り、傷は付いていないか、切れ味は問題ないかを一通り確認し、よし、と大きく頷く。ハードケースに丁寧にしまい手早く背負うと、テレビを消すべくリモコンを手に取った。
目の前には、昨日の事故の映像が飽きもせず映されている。
――俺だって、颯様と同じ……いや、それ以上に魂を狩る死神になってみせる。
決意を込めて電源ボタンを押す。そのままリモコンをソファに放り投げて部屋を飛び出した。
距離感を誤ったリモコンが着地したソファの端から転げ落ちた時には、もう部屋はもぬけの殻だった。転げ落ちた先の机の角で電源ボタンが入り、暗い部屋にぼんやりとしたあかりが灯る。静寂の空気を、先程とは違うニュースを伝えるキャスターの声が震わせた。
「――速報です。15年間行方不明となっていた男性が、先程都内の廃工場で遺体となって発見されました。警察によると、発見されたのは
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