「大好き」言えるかな? ⑤
そうこうしているうちに、二回目の交流会が持たれ――
「たのしかったの!」
馬車から降りたフロリアーナが、前回とは正反対に嬉しそうに駆け寄ってきたことで、「練習」の成果は確認できた。
よかった、とほっとする杏奈はハリーにも顔を向ける。
「遊んだ子の名前、覚えたよ」
「そう! じゃあ、お手紙も書いてみる?」
「うん、書く。犬を飼ってるんだって」
「犬の名前も教えてもらったの?」
「アンナおかあさま、わたしも、わたしも! あのね、」
ハリーは両手を後ろで組みながらも少し照れ臭そうに頷いて、フロリアーナもたくさん話したいことがあると勢い込んで。
この日は朗らかに居間へ向かったのだった。
「それでね、やっぱり疲れたみたいで、本も読まずに寝てしまったの」
夕食の途中からフロリアーナは既に舟をこぎ始めていたし、ハリーも真っ直ぐベッドへと入った。今頃はとっくに夢の中だろう。
その晩遅くに帰宅した将軍と、私室のソファーに並んで座った杏奈は嬉しそうに報告する。
「そうか……その、この前は悪かった」
「ふふ、今回は早めに教えてくれたから、許してあげます」
ワイングラスを片手に、言いにくそうに髪をかき上げるヒューゴを杏奈は至近距離で見上げる。
あー、強面が気まずそうにするのすごいおいしい、などとホクホクしながら心のスクショを撮りまくっているのは、気付かれていたとしても口には出さない淑女のお約束だ。
「ハリーってば、フロリアーナがもういいって言うまで一緒にいてくれたんですって。それが『護衛の騎士様みたいでカッコいい』って言われたとか」
不安になった時に振り返れば、傍に兄がいる。
それだけで随分フロリアーナは心強かっただろうし、ハリーを見てふっと緩めた表情に目を奪われた子もいたらしい。
つんと澄ましたフロリアーナが、へにゃりと笑うのは非常に可愛いのだ。
「そうか」
「ハリーも、今日は打ち合うばっかりじゃなくて、おしゃべりもできたみたい」
その結果、初回の時にハリーがこてんぱんに打ち負かした「アル」が実は、第二王子殿下であったことが判明して頭を抱えた。
しかし、帰り際にこっそり「その調子で頼みます」と侍従の一人にハリーが言われたと聞いて、やや救われた。
どうやら前回ボロ負けしたことで闘争心に火がついて、王子殿下は剣の稽古をサボらなくなったらしい……将来的にも結果オーライだと思いたい。
「それにね、最近はちゃんと『好き』って言えるようにもなったの」
そう言って、杏奈は期待を込めてヒューゴの目をじっと見つめる。
行動ではものすごく好意を示してくれる旦那様だが、残念なことにいまいち言葉が足りない。
一度くらい、「好きだ」のたった一言が聞きたいと、杏奈は常々思っている。
もちろん、ベッドの上ではないところでだ。
そんな願いは十分に伝わっているようで、ヒューゴは忙しく視線を動かした。
「旦那様……あの、」
「ア、アンナ!」
でも、無理をして言わせたいわけではない。これ以上は欲張りすぎだ。
なんでもない、と話題を変えようとした杏奈を、ヒューゴは遮った。
「その、なんだ」
持っていたワイングラスを乱暴にテーブルに置いたヒューゴは、急に青くなったり赤くなったりした。
……いつも飲んでいる銘柄だが、今日は体調に合わなかったのだろうか。
そう思って、水差しに伸ばそうとした手をむんずと掴まれる。
「どうしました、もしかして具合が?」
「いや、その……俺はこういうのは苦手で」
唐突に抱き寄せられて、ひょっと出そうになった奇声を呑み込んだ。
直接伝わる将軍の速すぎる動悸に、ますます体調が心配になる。身じろぎをした杏奈を逃すまいとするようにヒューゴの腕の力は強まり、耳元に唇が寄せられた。
「……アンナ」
「は、はい。…………~~っ!?」
しばしためらった後に、聞き逃してしまいそうなほど小さく囁かれたそれは、確かに求めていた言葉だった。
一気に杏奈の顔に熱が集まる。
せっかくだから顔を見たいのに、今もなお隠すように目一杯抱き込まれて、身動きが取れない。
絞め落とされる寸前の絶妙な力加減は、さすが本職というところだろうか。
でも多分、自分の顔も酷いことになっているだろうから、見られなくてお互い助かったのかもしれない。
――どうしよう、嬉しい……っ! い、今ならいける? 私も言っちゃって大丈夫? 大丈夫だよね!?
ええいままよ、と、杏奈は杏奈で、かねてから伝えてみたかったことを、もぞもぞと腕の中から告白する。
「だ、旦那様、あの」
「な、なんだ」
「あの、えっと……旦那様じゃなく、
「!」
ぐっふ、と咳き込む音が、厚い胸板からダイレクトに響く。
――結局その夜は、杏奈が聞いた以上に例の言葉を言わされてしまったのだった。
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