「大好き」言えるかな? ②
冷たいジュースを飲んで少し落ち着いたフロリアーナは、それでも杏奈の傍にぴったりとくっついて離れない。
大きなソファーにちんまりと三人固まって座っているのだが、そんなことも「家族」っぽくていいなあと、杏奈はこっそり嬉しくなる。
涙のわけは、ようやくポツポツ話し出した内容を聞くに、子ども同士のトラブルだった。
「……
「会ってすぐに?」
「うん。にらんでるとか、えらそうって……わ、わたし、なんにもしてないのに!」
――あー、少し予想はしていたけれど……。
クールビューティーな実母ジュリアによく似たフロリアーナは、黙っていると「お高く止まった」ふうに見える。
その実、人見知りしがちなフロリアーナは、緊張して表情が固まっているだけだったりするのだが。
わずか七歳でこの雰囲気を出せるのはすごいと杏奈は思うのだが、それは少数派の意見だろうというのも分かっている。
今日集まったのは全部で三十人ほどだったはず。学校の一クラス分の人数だと思えば、やんちゃな子も弁の立つ子も当然いるだろう。
しかも皆、貴族の子女だ。
常日頃から使用人に傅かれ、彼、彼女こそが一番であると教えられ、それは大事に育てられている者ばかり。
人間付き合いも不慣れな年齢の、プライドの高い者同士が集まれば、どうしたって衝突は避けられない。
しかも今日が初参加の将軍家の二人は、全員が初対面だ。
「なんだよそんなの」
「そっ、そんなのっ? ひどい、おにいさまは、ひとりでいっちゃうし!」
「だってフロリアーナは走るのも遅いし、剣だってできないじゃないか」
男の子のパワフルな遊びにはついていけないフロリアーナは、早々にハリーに置いてけぼりにされたそうだ。
活動的な九歳男子はそんなものだと思う。
だが、見知らぬ場所で知り合いのない中、放置された妹の心細さには同情する。
外出の経験もほとんどないフロリアーナは、王都で有名な店の話題にも、評判の演劇の話題にもついていけなかった。
話しかけられても上手く返せないのを「バカにした」
目が合ってもどうしたらいいか分からず、気まずくなって逸らしたら「無視した」等々、いたるところですれ違いが発生したらしい。
特に、リーダー格の令嬢に目をつけられてからは酷かった。
数人に囲まれて心ないことを言われたと、フロリアーナは唇を噛む。
「ないたら、だめだとおもって、かえってくるまでがまんしたの」
いっそ泣き出してしまえば、子どもたちの反応も違ったかもしれない。
父親に似たらしいこの少々頑固なところが、杏奈にはいじらしくて仕方がないのだが、可愛げのない子と思われて余計に溝を深めたのは想像に難くない。
昼食も一人ぽつんと摂ったと聞いて、杏奈は自分の事のように胸を痛めた。
「そうだったの……」
「っく、ふえぇ、アンナおかあさまぁ」
苦しい胸の内を吐き出して、つかえが取れたようだ。
またぽろぽろと頬に零れる大粒の涙を指でぬぐって、杏奈はフロリアーナをぎゅっと抱きしめる。
せっかくのピクニックが耐えるだけの時間になるとは、なんたる不憫。
控える使用人達も同情の眼差しを浮かべている。きっと今夜の夕食には、フロリアーナの好物が追加されることだろう。
今日の交流会では王宮の使用人たちが世話役だが、彼らの役目はあくまで監督と観察だ。
事故や怪我など、直接危険が及ばない限り、子どもたちを咎めたり仲たがいの仲裁をしたりはしない。
そうやって各人の性格や素質を見ているのだろうが、こうしてフロリアーナは泣いて帰ってきた。
杏奈としてはフロリアーナが可哀想だし、相手の子どもは腹立たしいし、とはいえ向こうの事情も理解できるし、でも、小さい子に辛い思いをさせるのは如何かと問い詰めたいしで心中複雑だ。
――もう少し時間があればなあ。
この交流会のことをヒューゴから教えられたのは昨日の午後と、またもや直前だった。
連絡が遅くなったのは面倒だったからではなく、勉強以外に予定のない子どもたちに事前に伝える必要があるとは思われなかったせいだ。
だが、王宮で行われ、王子殿下を始めとして高位貴族の子女ばかりが集まる会なのだ。近所の公園へ散歩にいくのとはわけが違う。
子どもとはいえそれなりのドレスコードもあるし、せめて参加者の名前くらいは覚えて行かなくてはならない。
そういった最低限のことで手一杯になってしまい、心の準備まで配慮してあげられなかった自分のせいでもあると、杏奈はしみじみ反省した。
軍特化のヒューゴに、社交関係はこれっぽっちも期待するな、とジュリアからも言われている。
それには杏奈も概ね同意だが、大人のことならともかく、子どもたちのことではちょっと困ると拗ねてみせたので、次からはもう少し余裕をもって知らされるはずだ。
結果的に夫婦の時間も大きく割かれてしまい、大きな背中がしょんぼりしていたから、きっと次は大丈夫だと思う。
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