おまけ

「大好き」言えるかな? ①

 朝からよく晴れて、風が爽やかな日だった。

 昼食後、杏奈は子どもたちの花壇の様子を見に庭へと足を運ぶ。


 九歳と七歳の子どもが自分達で世話をできるように、と花壇の規模は大きくない。

 とはいえ、カタログを囲んで頭を寄せ合い、あれこれ悩んで取り寄せた球根や種はすくすく育ち、愛着はたっぷりだ。

 花だけでなく、端のほうには野菜の苗も植えられている。

 いきいきと萌え始めた花壇は、殺風景だった庭の一角を見違えさせていた。


 ハリーとフロリアーナは、植物であれ動物であれ、なにかを育てるということが初めてだ。

 日々変わる庭の様子にワクワクした様子で、ジョウロや抜いた雑草を入れるバケツを持って足しげく花壇へ通う二人を、杏奈も使用人たちも微笑ましく見守っていた。


「咲くのは明日にしてね」


 朝より膨らんだつぼみを確認して、杏奈は満足そうに呟く。

 杏奈が小学校を思い出して選んだアサガオに似た花は成長が早い。

 小さいつぼみが付いているのを初めて見つけて二人が興奮したのは、つい昨日のことだ。


 咲くまでずっとここで見ている、と言い張る子どもたちを部屋に戻すのに、執事のグラントも説得に駆り出された。

 今朝も「まだ、さいちゃダメだからね!」とつぼみに言い聞かせてから出かけたフロリアーナの真剣な表情を思い出して、杏奈はクスリと微笑んだ。


「ほーんと、かわいい。たくさん咲いたら、押し花とか色水遊びとかでも喜んでくれるかな」


 ゲームやネットなどがないこの世界では、園芸も立派な娯楽だ。

 杏奈自身、こうして植物を育てるのはそれこそ小学校以来だが、意外にも楽しいものだと認識を新たにしていた。

 以前はガーデニングや寄せ植えなどにさほど興味はなく、花はアルバイト先の結婚式場で見るくらいで十分だったのだから、変わるものだ。


「花壇、来年はもうちょっと広げたいなあ。ドライフラワーとか、ポプリに出来るような花を植えてもいいかも」


 そんなふうに今後の庭計画に想いを馳せていると、屋敷のほうから自分を呼ぶ声が聞こえる。

 振り返るとちょうど使用人が急ぎ足でこちらに来るところで、ピンときた杏奈は嬉しくなって玄関へ向かう。

 子どもたちが帰ってきたのだ。


 今日は、貴族の子どもたちを招いての交流会が王宮で催されていた。

 現王太子殿下には十歳の王子を筆頭に三人の子どもがいる。

 彼らと同じくらいの年頃の貴族の子女を集めて、子ども同士交流を持たせようという計らいだ。

 先代王の時より始まり、王都に貴族が集まるシーズンの間を中心に、年に数回行われる恒例行事だそうだ。


 将来的に王子たちの友人になったり、側近や補佐役に就ける人材を年少の内から見繕おうということだろう。

 だが、大人の思惑はともかく、子ども達は純粋にこの会を楽しんでいると聞いた。


 というのも、この国には杏奈が元いた世界のように、幼稚園や、学区で通う小学校などがない。

 王立の学園はあるが、入学は十五歳から。

 就学前の子どもたちの世界は非常に狭いのが普通だ。

 特に役職持ちの貴族家は、誘拐などの犯罪を心配して滅多に外出もさせないから、出会う人間も限られている。

 成人後の社交を考えても、幼いうちから知己を得られる機会は複数の意味で貴重なのだ。


 主に伯爵位以上の貴族の子たちが集められるため、男爵位で軍の中間管理職でしかなかった去年までは関係がなかった話だ。

 だがヒューゴが将軍に昇進したことで、今回初めてハリーとフロリアーナにも声が掛かったのだった。


 王宮から寄越された送迎の馬車に乗れるのは、招待された子どもだけ。親や使用人の付き添いは許されていない。

 子どもだけでのびのびと……という建前だが、親の指示や影響を排除して、飾らない姿を見るためだろう。

 ハリーとフロリアーナは、やや緊張しつつも「自分たちだけの初めてのお出かけ」に高揚した様子で出かけたのだった。


 ――お城の広い庭でピクニックをするって聞いたけれど、どんなことをしたのかな?


 池もあって、舟遊びもできるという話だった。

 楽しかったかな、お友達はできたかな……そんな思いは、玄関ホールに着いた杏奈の顔を見るや、一直線に駆けてしがみついてきたフロリアーナの泣き声で風船のようにはじけ飛んだ。


「ア、アンナおかあさまあ〜っ」

「フロリアーナ! ど、どうしたの? もしかして転んだ? どこか痛い?」


 そう尋ねても、フロリアーナは杏奈の腰に回した両腕にますます力を込めてぎゅうと抱きつくばかり。

 顔を押し付け、首を左右にイヤイヤと振りながら泣きじゃくる様子に、杏奈はうろたえた。

 雷が怖いとか、兄妹喧嘩をしたとかで泣いたことはあったが、フロリアーナがこんなに激しく泣くのは初めてだ。


 おろおろしつつも、まずは落ち着かせようと小さな背中を抱きしめる。

 視線を感じて杏奈が顔を上げると、ハリーはバツが悪そうに目を逸らした。


「ええと、ハリー?」

「……僕じゃない」

「違うわ、怒ってないの。おかえりなさい」


 ハリーは言葉が足りない時が多いが、ごまかすための嘘はつかない。それは一緒に暮らせば自然と分かる。

 自分じゃないと言うなら、そうなのだろう。片方の手を空けて招くと、おずおずと近寄ってくる。

 少年の細い肩を、杏奈は親しみを込めて軽くポンと叩いた。


「いっぱい日に当たって喉が渇いたでしょう。ジュースを冷やしてもらっているの」

「やった!」


 ぱっと顔を明るくしたハリーにつられるように、フロリアーナも顔を上げる。


「フロリアーナも、オレンジジュース飲みましょう?」

「う、ひっく……のむ……」


 えぐえぐとしゃくりあげながらも頷くフロリアーナも連れて、ひとまず三人は家族の居間へと向かったのだった。






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