こどもたちのはなし おまけ
杏奈と結婚してから、将軍は自宅に帰るようになった。
強面の上長の常在に疲れていた軍の部下たちや、主人不在に不安を覚えていた屋敷の使用人たちは非常に歓迎しているのだが、そうでない者が一人いる。
不満顔で朝食のパンをちぎるフロリアーナに、ハリーは声をかけた。
「なんだよ、ずっとムスッとして」
「……おとうさまなんて、かえってこなくていいのに」
なにか、とんでもない言葉が聞こえた気がする。
慌てて周りを見回して聞こえなかったふりをし、ハリーは妹を窘めた。
「こら、フロリアーナ」
「だって、おとうさまがかえってくると、アンナおかあさまがおこしにきてくれないのだもの! きょうも、そう!」
「ブッ」
後ろにいた使用人が、何かを堪えて吹き出した。
目の前の兄も飲み物が変なところに入ったらしく盛大にむせているが、フロリアーナにとってそんなことは関係ない。
すっかり杏奈と打ち解けた現在、兄妹のことは使用人ではなく杏奈が起こすようになっていた。
カーテンを開け、寝台を覗き込み、頬を撫でて「おはよう、朝ですよ」と歌うように声をかけて……実際、歌っている時もある。
それが嬉しくて、起きているのに寝たふりをして待つことも少なくない。
だが、父がいる日の朝は、杏奈は子どもたちを起こしにこない。それどころか、午後になるまで姿を現さないこともしばしばだ。
多分、いや絶対に今日もそうだとフロリアーナは断言できる。お気に入りのリボンを賭けてもいい。
「おひるまだって、いっしょにあそべないのよ」
「あー……」
「おとうさまばっかり、アンナおかあさまをひとりじめして、ずるいの!」
そう言って、フロリアーナはぷうと頬を膨らます。
まだ小さい娘にとって、母と呼べるようになった杏奈の不在は、ほかの何より重要案件なのだ。
「おにいさまだって、そうおもうでしょう?」
「いやまあ、それは……でも」
多少は事情が分かる(気がする)ハリーは赤い顔で言葉を濁し、しっかり事情が分かる使用人たちはすっかり下を向いてしまった。
「……わたし、おとうさまに、もうかえってこないでください、っておねがいしてくる」
「お、おい、待てって!」
ぴょんと椅子を飛び降りたフロリアーナに、ギョッとした使用人たちと共に慌てて駆け寄り、すんでのところで部屋を飛び出すのを引き止めた。
とたんに、フロリアーナはぽろぽろと涙をこぼして泣きじゃくる。
「だ、だって、だってっ……!」
「あー、うん」
妹を落ち着かせながら、さてどうしようかと最近ちょっと賢くなった兄は頭を巡らすのだった。
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