18、作戦

 放課後、図書館でマリヤと勉強しているレオくんを訪ねた。もちろん彼は私の話なんて聞いてくれないから、マリヤが間を取り持ってくれる。図書館前の廊下でケンくんから聞いた芸術部の事情を説明した。そして、両手を合わせ拝むようにして頼み込む。


「だからね、その国際コンテストやカメラ部の学生の詳細の資料が欲しいの!」

「用意してあげて、レオ」


 そう当たり前のように言うマリヤへ珍しくレオくんが噛み付く。


「やだよ! そんなのあいつら自分で用意させればいいじゃない」

「その資料でシスターたちを説得するんだから、自らを擁護するために自分で用意した資料なんか説得力がないんだよ。生徒会が用意して、公共性のあるものだって証明してあげないと……」

「自分でやんなよ!」

「私、男子のデータにアクセスできる権限ないの」

「じゃあ、遥かにお願いしたら? 君の頼みなら尻尾振ってやるよ」

「鷹司くんは絶対やってくれないって分かってるから、レオくんに頼んでるんだよ!」

「はあ!? 遥がダメなら僕だって!? 僕はあんたの頼みなんか死んでも効かないんですけどぉ!」

「レオ! いい加減にしなさい! 三方丸く収めようって言ってるんだからいいでしょ! 資料用意しなさい!」


 見かねたマリヤが一喝すると、レオくんはグルルと唸りながらも了承してくれた。


「誤解しないでよ、あんたじゃなくてマリヤが言うから動くんだからね」

「分かってるよ、ありがとう」

「ありがとう……だあ!?」


 レオくんの堪忍袋が切れた音がした。


「僕、ほっんとあんたのこと嫌い! どうせ僕らなんかあと一ヶ月もすればいなくなるし、今回入島した人間は二度とこんな所来られないんだから、こんな苦情、はいはいって聞き流しておけばよかったんだよ。それを君にいい格好したいからって遥のバカが問題を大きくしちゃったんだ。あんたのせいだからね! この偽善者!」


 あんまりな理論もここまでまっすぐ怒鳴り散らされると、本当に自分が悪いのかもしれないと思いかけた。

 漫画みたいにプリプリしながらその場を後にするレオくんの後ろ姿を呆然と見ていると、マリヤが私の肩にポンと手を置いた。その手の重みに同情の念がこもっていることを感じる。


「私がいるときを狙ってレオに頼みに来たのよね。えらいえらい」

「マリヤまで利用したみたいになっちゃって……ごめんね」

「ううん。いいのよ。いつきにならいくらでも」


 マリヤはニヤリと微笑み、レオくんの荷物を持ってあとを追って行った。フォローを入れつつも仕事をさせる気なのだ。

 マリヤのアシストに心から感謝をしつつ、それから私はすぐに役員を招集し男子写真部の事情とそれに対する対策の提案を話して聞かせた。まずはここを説得できないと私一人では何もできない。

 生徒会の面々には、渋々といった様子ではあったがある程度の理解は得ることができた。数人の力を借りて対策案の資料とルール作りをする事も急いで作業した。


 そんなことをしているうちにレオくんから頼んでおいた資料も届き、思った以上のものを用意してくれた事に少し驚いた。

 昨日のケンくんの写真のおかげかもしれない。それならば、やはり彼は偶然をも味方につけて実力で道を切り開いたという事になる。本当に将来すごい写真家になってしまうかもしれない。そう思うと、やはり自分のできる範囲はなんとかしてやりたいという思いが強くなる。


 翌日のさっそく提案書を見ていただけるというシスターへのアポが取れて、その日の作業は終了した。



 そして、翌日早朝。指定された時間にシスターを訪ねると、なんと男子学生側の担当教師と鷹司くんも同席するとのことだった。

 鷹司くんは教師の後ろに控え、メモを取るため俯いているので、長い前髪に隠れて表情は読み取れない。

 小さな不安を覚えながらも、私は生徒会の皆へ話したように写真部員たちの事情を話し、その生徒たちはどんなに優秀であるかを実績を見せ語り、コンテストの重要性を説明した。

 その上で、学園内の撮影を希望する声が多いが、女子からは反発の声があることの折衷案として、撮影可能区域を設定する事にしてはどうかという提案をした。

 モデルになっても構わないという有志の女子だっているかもしれない。その区域にのみ撮影を許可し、そこにいる限りは女子も撮影されることを了承したものとする事にするのだ。

 シスターはあまりいい顔をしていなかったが、男性教師はこれが実現するのならこんなにありがたい話はないと言って、教師からもシスターへ頭を下げてくれた。

 女子生徒会からの提案としてシスターたちと男子学生教師側で会議にかけてもらえることとなり、その場は終了した。


 私にできることは、ここまでだ。あとは大人たちの決定次第なのでそれでダメならば写真部の学生たちも納得するだろう。少し肩の荷が降りた気がした。シスターの部屋を後にして自分の教室に戻ろうとした時、シスターに呼び止められた。


「やっと本来の役目を思い出してくれたようでよかったわ。一時はどうなることかと思いましたが」

「? どういうことでしょうか」

「あなた、お庭へおやつの配達をするのにお忙しそうでしたから」


 真生さんのことを言っているのだ。カッと顔が燃えるような思いがした。


「本日は朝早くからお時間をいただきありがとうございました。失礼致します」


 一礼して、退室する。教室へ戻る足が、心なしか早くなる。その時、同じように退室した鷹司くんが私の隣に並んだ。


「いつの間にこんなこと準備してたの」


 並んで廊下を歩く。私は早足だったと思うがものともせずに付いてくるので、普段が私に合わせてゆっくりとペースを落として歩いているのだと気がつく。


「俺にも相談してくれたらよかったのに」

「不満が出てたのはこちら側からだったから……」


 そう言いながら見上げると、鷹司くんは喜怒哀楽が全て失われたような表情をしていて、冷たい目にすっと背筋が寒くなる。


「レオには協力させたのに?」

「ああ……。き、聞いた?」


 あのおしゃべり! 私は思わず肩をすくめて目線を反らした。


「写真部の話……。ケンに直接聞いたの?」

「そう、だけど」

「よくあそこまで聴取できたね」

「その様子だと、ケンくんが盗撮していた話もレオくんから聞いてるでしょう? 私たちに弱みを握られてたからじゃないかな」

「……ふーん」


 やっぱり、今日の鷹司くんはなんか変だ。冗談に笑い返すこともなくつかみどころのない返事をする。いつもの彼ならありえない態度だった。


「あの……相談しなかったこと、怒ってるの?」

「どうして?」

「いえ……」

「怒ってなんて。合理的で素晴らしい提案だったと思うけど?」


 じゃあ、その態度とか滲み出る不機嫌オーラはなんなのだ。言葉を探しあぐねていると、鷹司くんは立ち止まり「そんなことよりさ」と言いながら手帳を出し、画面を見せてきた。


「このサイト、知ってる?」

「……いいえ。なに? それ」

「匿名でいろんな情報交換するサイトなんだけどさ、そうか、この島内は情報規制されていて、こんなのはないか」

「……というか、入島してきた男子学生もその規制受けてるはずでは」

「ああ……。じゃあ、そういう事にしておいて」


 そう言いながら飄々と画面をスクロールする。そうか、レオくんの仕業だ。彼なら島のセキュリティをかいくぐって本島のシステムを引っ張ってくるくらいはするかもしれない。


(レオくんはそんな危ないことまでしているのか……)


 しかし、それについてのフォローもない上、いまいち鷹司くんが言いたいことの要点が掴みきれない。


「……で、僕たち入島組が情報を交換する掲示板もあるんだけどね。これ、君?」


 そう言って今度はちゃんと内容が見える位置でもう一度画面を見せられる。

 胃がズンッと重くなったような気がした。

 そこには屋上庭園で手を握りあい座っている男女の写真が載せられていて、コメント欄に下品な言葉が並んでずいぶんと賑わっているようだ。

 しかし、それは、昨日のケンくんと私が話をしている様子の隠し撮りだった。


「……なんで」

「こんな風に、話を聞いてあげてたの?」

「あの、違う……! いや、違わないけど、違う!」


 私は慌てふためき弁解をしようとするが、鷹司くんと目があうと、冷たい水の底のようなその色に息を飲んだ。


「彼に寄り添って、手を握ってやって、同情してやってみせたら、ペラペラ喋ったか」

「だから、違うんだってば」

「隠し撮りのようなゲスなことをやる連中を、なんで君がかばう必要があるんだ」

「それはさっき説明したじゃない」

「ここの生徒会は色仕掛けで口を割るの?」

「……何ですって」

「それとも、ケンに惚れたのか? だからこんなことまでしてやるのか?」

「はあ!?」


 予想をナナメいく言葉に耳を疑う。一体どうしてしまったというのだ。いつもの堂々とした王者の鷹司くんではない。


「こんな写真誰が撮ったのか知らないけど、説明が必要? ケンくんはね、自分の恥を隠さず全部話して、どうしてこんなに写真部のみんなが必死なのかを説明してくれたんだよ。話してる時、その悔しさに血が滲むほど手を握りしめてた。力になってあげたかったの、拳をほどいてあげたかった」


 鷹司くんは私を見据えたまま何も言わない。

 怒ってるの? 悲しいの? 捨てられた子供みたいだと思った。


「それだけだよ、わかった? ……って、なんであなたにこんな説明しなくちゃいけないの」


 彼がどうしてこんな表情を私に向けるのか。私が誰とどうしていようが、全てを手にした鷹司くんには些細なことではないのか。しかし……だけど——まさか。


「もしかして、嫉妬しているの?」

「え……?」


 思わずぽろっと口に出してしまった言葉で鷹司くんが固まる。その瞬間、私も顔から湯気が出るかと思うほど恥ずかしくなった。

 私、なに勘違い全開で調子に乗りまくったことを口走ってしまったのだろう。


「いや! ごめっ……! 今のなし! 本当にごめんなさい……!!」


 慌てふためきながら必死に謝るが、そんな私を驚くような表情でぼうっと鷹司くんは見ている。


「今度は何? 本当に、謝るから……」

「いや……。目から、鱗って、こういうことかって」

「は?」

「嫉妬……? そうだ、嫉妬だ」


 鷹司くんの目にいつもの光が少し戻ってきたような気がした。


「俺、嫉妬してたんだ、ずっと」

「ずっと……?」

「はあ、なんかスッキリした。これが嫉妬か。すげえ、これは未だかつて感じたことない感情だわ」


 鷹司くんは一人で勝手に何か腑に落ちたようで、パチンと手帳を閉じるとポケットにしまいながら言った。


「いいよ、今回のことは許してあげる。腹減ったな、食堂のモーニング食べに行こう!」

「え? あ、ちょっと!!」


 そう言うと鷹司くんは私の手を取り先を行く。その横顔はいつも見慣れた鷹司くんに戻ったようにも思え、少し安堵したが、すぐにモヤモヤが襲ってくる。


 一方的な話の進み具合に納得できないことだらけだが、鷹司くんがご馳走してくれたモーニングのオレンジジュースでそんな色々を全て無理やり飲み込んだのだった。

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