第5章 横顔

15、カメラブーム

 八月に入るとすぐに一週間ほどの夏期休暇期間があり、男子学生たちにとってはここがちょうど島留学生活の折り返し地点となる。本島へ一時帰宅も許されるし、期末試験も終わったばかりということで校内もどこか浮き足立っていた。

 そんなある日の生徒会ランチミーティング中、生徒会会員のユンナさんからこんな話が持ち込まれた。


「最近、校内で一部の男子たちが写真を撮りまくっている話、お聞きになりましたか?」

「写真?」


 副会長の亜利沙がハンバーガーを頬張りながら小首をかしげる。


「ええ、私の友人はすれ違いざまにカメラを向けられて撮られたとか。耳元でシャッター音がして、とても驚いたと。大変恐ろしかったと言ってました」

「なにそれ、そんなことする奴いるの!? それって、本人の許可なくということよね」


 口元のケチャップを舐めながら亜利沙は顔をしかめる。彼女は陸上部で身長が高く褐色の肌をしてこの学校では珍しいショートヘアだった。中性的な風貌のため怒ると迫力があるし、実際本当に怖い。


「キモ……。シスターには報告したの?」

「さあ、そこまでは。ただ、そういう話を何人かから聞きまして……」


 ユンナさんは首をすくめながら応えた。

 

「迷惑を受けている子がいるのなら見過ごすことはできないね。もう少し詳しく聞いていいかな」


 私は箸を起き、手帳にユンナさんから聞いたことを書き留めることにした。



 期末試験が終わったくらいの頃からそれは始まったらしい。

 カメラを手に島の景色を撮る男子生徒の姿をよく見るようになったということだが、それ自体は特に珍しいことではない。この島は男の子たちにとっては滅多に立ち入れない場所であるし、過ごした場所の景色を記念にカメラに納めたいという気持ちはに共感する。


 しかし、問題はそれが時と場合に関わらずいきなり行われるということだった。

 誰のなんの了承も得ず、不意打ちで至近距離からカメラを向けられる子もいたらしい。そんなことが重なって、女子の間からは怖いからやめてほしいという声が上がりはじめていた。


「……大体の状況はわかりました。生徒会でも状況を把握するため休憩時間と放課後、パトロールを実施しましょう。チームとシフト組みは亜利沙頼んでいいかな」

「んっ」


 亜利沙は両手を組んで鼻息で返事をした。


「取り締まるわけではないから、ひとまずカメラ撮影をしている生徒を見かけたらその子のクラスと名前を調べて。迷惑を受けている現場を見たら注意して、女子を助けてあげることを優先させて。その全てを毎日放課後ミーティングで報告してほしいかな」

「承知しました」


 ミーティングメンバー皆が顔をしかめて返事した。


「ある程度状況が掴めたらシスターへ報告と男子生徒会へカメラ撮影をやめさせるように要請したいと思います。……それでいいかな」

「一人残らず、弥山から吊るし上げましょ」


 亜利沙がニヤリと笑った。



*  *  *



 三日ほどパトロールをしてみると思っていたより事態は深刻で、ありとあらゆるところで問題行動が散見された。


 グラウンドの景色を撮っているのかと思いきや望遠で運動部の女子を撮影していたり、気の弱そうな女子を付け回して撮影をしている者もいた。もちろんすぐに注意をする。その時は大人しく撮影をやめるのだが、再び違う場所から盗撮を行っているといった具合で、女子生徒会では早急に学校と男子生徒会に対応頂かなくてはならないだろうということになった。


 すぐさま書記の子がデータをまとめ、亜利沙が報告書を作成し、あっという間にシスターと男子生徒会代表宛へメールを出してしまい、一時間後には鷹司くんとレオくんが生徒会室を訪れ、応接テーブルで向かい合って座っていた。


「こいつらの地区の適性検査って僕が受けたものと本当に一緒!? なんでこんなバカ共が入島できてんの?」


 レオくんが資料をパラパラめくりながらそう独りごちると、鷹司くんがその足を踏んだ。


「痛ったあ〜! 何すんの!」

「お前、黙ってろ! まず謝罪からだろう」


 珍しく真面目な顔をして鷹司くんはその場で立ち上がると、前の席に座っている私と亜利沙へ深く頭を下げた。


「この度は、学園の皆さんへ大変なご迷惑をかけまして誠に申し訳ありません。すぐにこちらの生徒会でもこの情報を周知・共有させて頂き、盗撮行為をやめさせるよう努めますので……」

「そんな……、私たちに謝罪を頂きたくてご報告をしたわけじゃないんです。迷惑行為が収まればそれで十分ですから」


私が頭を上げてもらうように促すと、鷹司くんは強く首を横に振る。


「いや、これはもう今年の入島組の汚点としか言いようがない。いい恥さらしですよ。これから徹底的に個人を特定していくつもりですが、出身校の学校は二度とこの島の地を踏めなくしてやります。それがたとえ自分の学校の奴でもです」

「……ですね。そうなさって下さい」


 亜利沙が仏頂面でそう言うと鷹司くんは任せてくださいと頭をさげる。その横でレオくんは亜利沙を睨みつけながら小さく舌打ちをし、また資料を眺めた。


「この、ケン・ハルサって奴……。これ、弥山で僕をボッコボコにしてくれた奴らの一人だね。ほんっと最悪。タチの悪い学校が今年は潜り込んでたんだな」

「なに……?」


 レオくんの手元の資料を覗き込みながら鷹司くんが自分の手帳へ資料をコピーする。私もすぐにメモを取る。


江陽こうよう学院……写真部? こいつしかも、部長じゃないか……。なにか事情を知ってそうだな」


 鷹司くんが呟くとレオくんは時計を見上げ気だるそうに言った。


「この時間なら部活動中かな。部室で大人しくしてるとも思えないし、校内中こいつ探し回る前に、まず譲二に報告しとく?」

「だな。では、僕たちはさっそく総リーダーへこの件を報告して対応の検討をしたいと思います。失礼します」


 二人は立ち上がり礼儀正しくお辞儀をすると生徒会室を後にした。教室の出入り口で亜利沙と並んでお見送りをする際、生徒会室を出てしばらく行ったところで鷹司くんはいきなり振り返ったかと思うと、とびっきりの王子様スマイルを見せる。


「怖い思いさせてごめんね、俺に任せて」


 すっかりいつもの調子に戻ってこちらへ名残惜しそうに手を振る鷹司くんを、レオくんが袖を引っ張りながら連れて帰って行った。

 引きつり笑いで固まる私を亜利沙はしばし眺めてから言った。


「ありゃ、なんですか? 会長」

「亜利沙が言いたいことわかるけど、私もうまく説明できない」

「……っとに、今年の適性検査、私も意義を唱えたいわ」


 亜利沙が呆れたように大きなため息をつきながら言った。

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