13、白い花
あれから暫く経って少し疲れも出始め黙々と歩いていた頃、不意に「よっ」と声をかけられた。振り向くと汗だくの鷹司くんで、探したよと言って爽やかに笑った。
「レオのこと、二人に礼が言いたくて」
マリヤは無視を決め込み歩くことに専念している。私はなるべくマリヤの横から離れないようについて行きながらレオくんの様子を聞いた。
もう寮についてゆっくりシャワーを浴びたあと、昼食をとってお昼寝をされているとのことだった。
「少し変わった奴だからさ、他の学校の奴らがからかってくるんだ」
「あんなバカ供でも適性検査通るのね。今年入島してきた人たち、本当に大丈夫なのかしら」
マリヤは一瞥もくれずそう言うと、鷹司くんは苦笑いしながら言った。
「申し訳ない、あの学校の生徒には正式に抗議を入れる、来年からの入島は厳しくなるだろう。適性検査についても意見をあげるよ。つまらないものを見せてしまって、本当にすまなかった」
マリヤはうんともすんとも言わずそのまま歩く。そのつれない態度に少し落ち込んだ様子で鷹司くんは私の方を見ると、申し訳なさそうにまた笑う。
「レオは……口は悪いけどね、いい奴なんだよ」
「うん、わかってるよ」
そう言うと鷹司くんはパッと嬉しそうな顔をして、まくしたてるように話した。
「あいつね、本当にあんなだけどすごい奴なんだよ。プログラミングの天才でね、この世のAIに愛されてるっていうか、どんなエキスパートがかかっても解決しなかった不具合も、あいつが触ると言うこと聞くんだ。口が悪いのも、懐いてる証拠なんだよ。いつきちゃん達がレオに親切にしてくれて本当に嬉しいんだ。嬉しい」
なんでも手にしてるような、王様のような鷹司くんが、友達に寄り添うことで少なからず孤独だったのだ。声の温度で伝わってくる。レオくんを守る手が他にあることが、純粋に嬉しいのだ。
すなわち、それだけ過酷な状況がレオくんの本島での日常だということだった。それを思うと胸が締め付けられる思いがした。
私は立ち止まり、きちんと遥くんに向かい、そんなの当たり前だよと伝えた。
「お礼を言われることは何もしてないよ。マリヤも私もあんなこと見過ごせないし、レオくんに元気になってもらいたかっただけなの」
遥くんは私を見下ろして、下唇をぎゅっと噛んだ。いつもはピンポンのラリーのように会話が返ってくるのに、何か言いたげに私を見ている。
「遥くん?」
「いつきちゃんて……そんな風に笑うんだ」
意味深に言葉をためるので、思わず待ってしまったがため拍子抜けする。
「は?」
「笑った顔、初めて見た」
私はいつだって愛想よく学園の代表の一人として敬意を持って接している。あまりに不本意で言い返そうとした、その時。
「やばい。かわいい」
遥くんはそう言って口に手を当て私を凝視した。私は男の子にかわいいなんて言われたこともなく、ただただ恥ずかしさのあまりその場に固まる。その横を数グループが、私らをニヤニヤ観察しながら通り過ぎて行った。
「いつき、早く戻ろう」
マリヤが小走りで戻ってきて私の手を引いた。私は遥くんの目を見られないまま一緒に早歩きでその場を離れた。ロープウェイ乗り場まで逃げるように道を進み、ロープウェイの座席に二人でどっと腰を下ろしたところで、マリヤは大きく息をついて「油断も隙もないんだから」と、呟いた。
下山したら、一旦学園のグラウンドに集合しクールダウンしながら全員の到着を待つ。揃って総括の時間が終わってからの解散となった。
私は岩場で別行動になったグループの子達と合流し、その後どうしていたのか話を聞いていたところだった。
「あ、いつきちゃん! お疲れ様でした」
振り返ると真生さんがパンフレットを抱え、ヘラっと笑って立っていた。
「これ、よかったら。あ、お友達もどうぞ」
そう言いながらみんなにパンフレットを配り始める。表紙には「
「この表紙の花、頂上辺りにたくさん咲いてたと思うんだけど、見た? 可愛かったでしょ。本島じゃ見られないんだよ」
「そうなんですか……。頂上、行ってないから見られなかったです」
「え! どうして?」
「いろいろあって……」
「いろいろ……?」
真生さんは少し心配そうに私を覗き込む。その優しい眼差しがすっと私の何かを溶かすのだった。
真生さんは純粋に頂上でしか見られない貴重な花の話をしたかっただけの様子だが、私に何かあったのだろうと無駄に心配させてしまっている。その気遣いが申し訳なくなり、話題を変えることにした。
「解説員に真生さんもいらっしゃるかと思ってたのに」
「いやいや、でも、僕なんかより偉い先生にお話を聞いた方がいいでしょう。僕は、今日は広報活動のお手伝い」
そう言いながらパンフレットを少し持ち上げて見せる。
「今日、いつきちゃん達と歩いた先生方、本島じゃ滅多にお話を伺えないすごい人たちなんだよ。ラッキーだったね」
無邪気に笑う真生さんに合わせて私も微笑んでみせる。
「じゃあ、そろそろ行くね。今日はゆっくり休むんだよ」
真生さんはポンっと軽く私の肩を叩き、違うグループの方へ行ってしまった。私はその背を見ながら「……のに」なんだろう、と考え込む。
真生さんと一緒にハイキングができると思ってたのに?
真生さんとお喋りできるかと思ってたのに?
真生さんと……。
そうか。
彼の不在が不服なのだ、私は。
なんだろう、この降伏させられたような気持ちは。認めざるを得ないと思わされた、もう戻らないと覚悟を決めさせられた、私の意思とはまったく別のところで勝手に決められてしまった。
その、絶望感にも似たこの気持ちは、どうして私の胸のあたりでこんなにも温かいのだろうか。
パンフレットの表紙には、頂上でしか見られない貴重な小さい白い花。でも、その知識がなければただの雑草のお花の写真だ。
彼が教えてくれたから、この花が貴重だと知っている。彼が教えてくれたから、私はこんな気持ちの在処を自分の中に知ってしまった。この花は私の心みたいだ。みすぼらしいのに、大切で貴重な花……。
表紙から顔を上げると、男子生徒のグループの中にいる遥くんと目があった。いつもならその瞬間にニコッと笑って手を振りながら近づいてくるのだが、今日はふっと視線をそらし隣にいる友人と会話を始めた。
私はいたたまれない気持ちになる。視線なんか合ってなかったのかもしれない。
(なんだか、自意識過剰になっちゃって、やだな)
私は小さくため息をつき、マリヤを探した。
陽もまだまだ高いが傾き始めている。ボランティアの方々もゆっくりだがグラウンドの片付けを行なっているようだ。早く帰って休みたい。1日歩いた身体の疲れよりも、自分の心が散らかっていて、どうにも気持ちが悪いのだった。
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