7、 屋上の月
マリヤと講堂で食事をしようということになった。
和食、洋食、中華と定番もありつつ、中・高等部の家庭科部と島の有志のおばさま達でこしらえた島の近くで採れる海鮮と山の幸のご馳走が並ぶ。これがどれをとっても本当に美味しくて、毎年私たちの楽しみでもあった。
立食であるが、講堂のベランダは広くテーブルと椅子が設置されていて、そこで座って食事ができる。一席確保して、マリヤは食事を、私は飲み物を取りに行こうとした矢先、通りかかった給仕ロボットが声をかけてくれたのでそのままオーダーを頼み、二人で一息ついた時だった。
「浅倉さん」と、男の人に呼ばれ振り返ると、あの野生の王子とお人形くんと、生徒会リーダーの譲二さんが三人揃ってそこに居た。
三人とも私服だが、パーティに相応しいきちんとした格好をしている。
私は立ち上がって挨拶をし、三人にマリヤを紹介して席を進めた。飲み物を持って来た給仕ロボットが椅子を人数分用意してくれて、私たちは向き合って座る。私一人、なんだかぎこちなく座っていた。
「僕たちもちゃんと自己紹介させて頂きたいなと、思いまして」
野生の王子が営業スマイルと言わんばかりに微笑んで見せた。屈託無い距離感の縮め方に、それだけで少したじろいでしまう。異性に全く慣れていない私に対し、マリヤは全く動じなかった。
「学生代表部の副リーダーを務めさせて頂きます、
野生の王子、ハルカなんて可愛い名前なんだ。
頭を下げて名乗る王子に、私もぺこりと会釈した。それにひきかえ……。
「
お人形くん、御機嫌斜めなのかボソッとそれだけ言うとずっとつまらなそうに弄んでいたストローの飲み物を、ぐびぐび飲んでしまった。
(……それ、私のなんだけどな。)
マリヤがそれに気づき、すぐにロボットへ二人分の飲み物の追加オーダーを入れてくれた。
しかし、さすが生徒代表に選ばれただけありリーダーと鷹司くんは社交性抜群で、本島の面白おかしな話で私たちを飽きさせない。マリヤも給仕ロボットが持って来た料理を男の子達へさりげなく取り分けてやり、飲み物がなくなれば話の腰を折らないタイミングをみて手配し、素晴らしい気配りで席を盛り上げてくれた。
それに比べて私は男の子達の話に相槌を打つだけで精一杯だったし、一方、お人形はふてくされながらも気持ちのいい食べっぷりでどんどん食事を平らげいた。
表面的には穏やかに食事が終わり、皆が食後のお茶で一服している時だった。
「ねえ、浅倉さん、ちょっと向こうで二人で話さない?」と、鷹司くんがいきなり立ち上がった。
その瞬間マリヤとお人形がギロリと彼を見上げたが、一向に返さず私に微笑む。
「構わないよ、僕たちはもう少しお腹落ちつかせてるから」
リーダーが呑気にコーヒーを啜りながら言った。二人の敵意も、私の狼狽も、本当に気がついていない様子で、上機嫌で椅子に深く座りなおした。
「そう? 遅くなったら先に寮に帰ってていいから」
「でも、危ないし、私たちは一緒に帰りましょう、いつき。待ってるから」
鷹司くんの語尾を喰ってマリヤは私に笑顔で言った。……が、ダメ、マリヤ。口元が引きつってる。
私は「じゃあ」とか「ちょっと」とか、もごもご言いながら立ち上がり鷹司くんのエスコートに任せてその場を離れる。後頭部にいつまでもマリヤの視線を感じていた。
鷹司くんが講堂内を横切ると、大人も子供も人はみんな自然と道を開けていく。特に女の子達は通り過ぎた後を埋めるように塊となって、興奮して彼の話をしていた。
講堂を出る際、少し心細くなりちらっとベランダを振り返ってみたが、みんなの様子はもう分からなかった。
鷹司くんはまるで昔からこの学園で生活してるかのように迷うことなく屋上のコニファーガーデンへ私を連れて来た。
そこは屋上からの景色を楽しむ人たちがちらほらいて、小さく賑わっていた。生ぬるい風に乗って遠くから潮騒が聞こえ、校庭からは祭囃子が聞こえ、提灯の灯りがここまで届いた。
鷹司くんは空いたベンチに私をエスコートする。促されるままそこへ座ると隣に鷹司くんも静かに隣に座った。それだけのことに、また、緊張してしまう。
「この蒸し暑さは、この島でも本島でも変わらないな」
「そう、なんですね」
そこからどう返事をしていいのか分からなくて思わず空を見上げる。月でも見えれば気が紛れるのにあいにく雲に隠れてうっすらと影になっている。しかし、私のそんな様子を気にもしないで、鷹司くんは屈託無く話しかけてくる。
「ブレザー、暑くない?」
「は、はい。校内はクーラーが効きすぎていてたまに寒いんです。それにこう見えても、結構薄手なんですよ」
まごまごしながら答えると、遥くんは「へえ」と言いながら私の制服の布地を確かめるように袖口をつまんでスッと撫でた。
驚いて思わず腕を振り払うと鷹司くんも慌てて「あ、ごめん」と笑った。
「いえ、こちらこそ……すみません」
「いや、配慮が足りなかったね。驚かせちゃったみたいで……」
「いえ……。本当に、私ったら……」
どうしてマリヤみたいにどっしりと構えていられないのだろう。コミュニケーションを取ろうといろいろ気を遣ってくださってるのに、私の方が失礼だ。
「本当にすみません、男性とこうしてお話しする機会がないものですから変に緊張してしまって……」
「大丈夫ですよ。僕で慣れてってください」
鷹司くんはあの王子様スマイルでさらりとこんなことを言ってのけるので、さらにペースを乱されていってしまうのだった。
「鷹司くんは……ずいぶん慣れていらっしゃるんですね」
「え?」
「本島にも女性はいるかもしれないけど、同世代の女の子はいないでしょ?」
「ああ……」
そう言って、私をじっと見る。堂々と、当然の権利であるといった様子で私のパーソナルスペースへ入ってくる。
潮風で揺れる前髪向こう側にいる鷹司くんの目の中の自分と目が合い、それは何とも間抜けな顔をしていて、情けなくてたまらなくなった。
「だって、君、ジーペン人の純血だろ」
「え?」
全く意図していなかった一言に胸の酸素が一瞬で奪われ、質問の意図を汲み取ろうと焦れば焦るほど、こんなに蒸し暑いのに背筋が冷えていくように感じた。
私がつい最近知った自分のことを、どうして赤の他人が知っているのか。
驚いている私を見て、鷹司くんはやっぱりねとつぶやき、目を細めた。
「名前がいつきだもんな、すぐに分かったよ。君は、島に愛されてる」
「え……」
何を言っているのかついていけない。しかし、私にお構いなしで鷹司くんは話し続ける。
「僕もなんだよ。男は君ほど希少種ではないけれどね、純血のジーペン人だ。研修先に純ジーペン人の女の子がいるって聞いたときは本当に嬉しかった。その日は眠れなかったよ」
膝に置いていた私の手を気軽に持ち上げて握り、握手をして言った。
「仲間同士、仲良くしよう」
言葉の響きにチリッとした痛みを感じ、困り果ててしまう。
そうか、あの意味不明な期待のこもった眼差しは、同じ人種の女が普段は近くにいないから、物珍しさにテンションが上がっていただけということか。
しかし、何がそんなに嬉しいのか私にはさっぱり分からない。
鷹司くんは照れ臭そうに笑い、握手した手を握り直し、月を見上げた。
私は、この手をまた振り払うのは失礼にあたるだろうか、そんなことを考えながら何もできず、何も言えない自分が情けなくなり、途方に暮れて私も空を仰ぐ。
人々が自然と彼に道を開けるみたいに、雲も風に流されて夏の月が姿を見せようとしているところだった。
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