5、 管弦祭

 蝉しぐれが降り注ぎ、長袖で日差しから皮膚を守らないと外が歩けないほど暑くなると、もう管弦祭その日となった。


 見慣れた景色で、毎年のことで、この島の夏の風物詩。

 出迎えのため、海岸線の道に並ぶみんなの笑顔に満ちている。遠くに見えていた船たちの灯りが近づいてくるにつれ、神社の音楽隊の笛と鼓の音色は益々大きくなった。

 むせ返るほどの湿気と暑さと臭い潮の匂い、今年の波は静かでよかったねと商店街のおば様方が話をしている。これで夏が来たって感じだわねえ、と。


 真っ黒な海から小さな真っ赤な光が上げたり下げたりされながらゆらゆら揺れる。

 小舟の男性たちは汗も拭わず必死の形相をして舟を漕ぐ。

 提灯と色とりどりの旗で飾られた船の上で、この祭りが生きがいですといった感じのおじさんたちが指揮をとり、海に浮かぶ大鳥居を潜って神社へやってくる。小舟たちがそれに続き、鳥居を潜るたびに拍手が起きる。

 篝火に照らされて真っ赤な顔をした男性たちは、こちらへ来るまで昼間は本島で色々と儀式があるそうで、一部の張り切った方々以外はみんなひどくくたびれた顔をしていた。

 本当に気の毒なことだと毎年思っていたと、この時いつも思い出すのだった。


 翌日の授業は休みで午後からいよいよ歓迎会だ。

 午前は、男子生徒らの学園生活のためのオリエンテーリングが行われているので、その間、寮で最終打ち合わせをし、昼前に講堂へ向かい準備にとりかかる。


 私が放送部員と司会進行の確認をしている時、生徒会担当の先生が三人の男子生徒を引き連れてやってきた。


「浅倉さん、こちら昨日入島された中・高等学部代表の方々です。これから三ヶ月、一緒にお勉強する生徒さんたちをまとめて頂きますので、ご挨拶を」

「はい」


 私は放送部員の子に目で中座を詫びて、先生の横へ並ぶ。


「中等部生徒会長を務めております、浅倉いつきと申します。ようこそおいでくださいました、これから三ヶ月間よろしくお願い致します」


 お辞儀をしながら自己紹介をし、顔を上げた時男子生徒の一人と目が合った。

……というか、何か言いたそうに前のめりに私を見ているので、目線を奪われたのだ。

 一瞬、知り合いなのかと思ったが、私にこんなに綺麗な男の子の知り合いはいなかった。


 アジア系だとは思うが、物語から出てきたかのような美形の男の子で、切れ長の目にかかる黒い前髪がなんとも言えない色気を醸し出し、背も高いので迫力がある。まるでどこかの童話の王子様。が、キラキラした目で、今にもこちらに飛び掛かって来そうな勢いだ。


 だけど、なんか、怖い。

 引いている私を察したのか、野生の王子様の隣にいるこれまた女の子かと思うくらい綺麗な男の子が肘で奴のみぞおちを突いた。

 野生の王子様がグッと息を飲んで一歩引くのを確認し、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いて見せる仕草も、少女のようで本当に可愛いらしい。

 私と同じくらいの背丈で小さく、真っ白で、細い。お人形みたい。柔らかそうな、くるくるのくせ毛も、窓からの光を透かした部分がミルクティーの色に見える。


 二人は黒の詰襟の制服を着ており、もう一人、ベージュのブレザーを着て赤いネクタイをした子の後ろに控えている。


 先頭にいる子だけ、二人とは他の学校なのだなと分かった。二人が特別美形なだけで、ベージュ君も優しそうな顔立ちをしている。インドの方が身内にいるのか、浅黒く目鼻立ちがしっかりしていて、スポーツをしているのか身長も大きくガタイがいい。


「今年の入島組総リーダーを務めます、高等部生徒会、譲二・パイルです、お世話になります、よろしくお願いします」


 私は努めて笑顔で握手を交わし、その場はそれで終わった。先生に連れられ帰っていく野生の王子様はずっと私をニコニコ見ていた。


 しっかり準備をした甲斐あって、歓迎会は滞りなく進んだ。

 男子も女子も、みんな神妙な顔をして座っているけれど、みんな目線だけ忙しなく走らせており、なんだか空気はざわざわと落ち着かない。


 私は歓迎会の間、ずっと思い出そうと努力していた。

 以前の社会研修で会ったことがあっただろうか。いや、これまではまともに会話をした男子はいないので友達だということはありえない。それに加え、おそらく、この島に来られるメンバーは毎年変わっているはずだ。前にどこかで顔見知りだったということは絶対にないと思う。

 ではあの人の、あの様子は何ごとだったのだろう? 私のことを知ってるようだったけれど……。


 粛々と式は進み、私はその安心感でしばらく考え事に集中することができた。歓迎会でたった一つ滞ったことがあるとすれば、プログラム「歓迎の挨拶」で、司会に私の名前を二度呼ばせたことだけだった。



 夕方からは講堂や運動場を解放して、仕事を終えた大人たちも招待してのパーティになる。

 生徒たちは一旦寮に戻り、制服からパーティ用におめかしをしてまた戻ってくる。マリヤがお揃いのワンピースを着ようと言ってくれていたが、生徒会からもスタッフとして動ける人間がいた方がいいと思い、有志の何人かと一緒に制服で出席した。


 講堂では立食のダンスパーティが行われていて、クーラーが効いて涼しいので大人たちにはこちらの方が人気だ。

 運動場では櫓が立ち、提灯がつられ、縁日の屋台もたくさん並んで夏祭りが行われる。  


 私はやってくる本島のお客様に挨拶をしながら学園の案内地図を配って回ったり、校舎内の案内をしたりしていた。

 しばらくすると歓迎会の実行委員の一人が交代しようと声をかけてきた。


「会長はもう結構です。はい、はい、パーティでしっかり本島の方々と友好を深めてきてください!」


 そう言いながら私から案内地図の束を取り上げ、器用に「生徒会」の腕章を取り上げ、代わりに飲み物をポンと持たせる。


「ありがとう、ユンナさん。でも、私パーティとか苦手で。仕事してた方が気が楽なのよ」


 ユンナさんは矯正中の歯を見せてニッカリ笑った。


「私もですので、お気になさらず」

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