第2章 管弦祭
4、 アリスのお告げ
この学園に伝統的に伝わる「アリスのお告げ」という占いがある。
性教育の授業で初潮について学ぶ頃、同級生の誰かがどこからともなくこの占いを仕入れてきてあっという間に皆へ広がる。そうやって、毎年毎年受け継がれてきたもので、これが嘘のようだが、結構当たるのだった。
占い方は、こうだ。
生理の初日や二日目など、出血が多い時にトイレへ行った際、経血が便器へ滴ることがある。それが便器の水たまりの底で作った血の塊の形で占う。
いつものように小用をたしていると、尿と明らかに温度が違う熱い液体がトロリと流れ落ちた。それを股の間から慎重に眺める。粘度をもって、土の中で根が伸びるようにゆるり便器へ向かい落ちて行き、水たまりに届いた途端に糸が泳ぐように、水の中、自由自在、好きな方向へ踊りながら広がって行く。
バカみたいかもしれない、けど、皆その様子に夢中になり、自分の経血に未来を夢見た。
黒に近い糸が水たまりで開く時、こんなに「赤」とはたくさんの色を隠し持っていたのかと驚かされる。小さな頃のようなまっさらに、花を愛でるような気持ちで綺麗だなあと思うのだ。
血が便器の底へ沈みきり、元の黒い赤へ戻り形を作った。
これは、何だろう?
通常はトランプのマークに形を寄せて占い、ハートなら恋愛運、ダイヤなら金運、クラブは勉強運、スペードはハプニングを表し、形や色の具合でそれがいいのか悪いのかを見る。
私の想像力ではどのマークにも寄せられず、写真などは撮る気になれないので、なるべく形を記憶して、アリスのお告げに詳しい子へ相談することにした。
「こんな、……感じかなあ」
クロッキー帳の隅にうねうねと形を描いて、同級生のリリカへ見せる。
リリカは星も読むし、風水を見ることができ、タロットも当たると聞く。毎年男性が入島すると、女の子たちの恋占いで密かに忙しくなるほどだ。
リリカは小さく唸りながらそれを眺め、色の具合やその時の気分などを聞いてくるので病院で問診を受けているようだった。そしてまたしばし考え込み、クロッキー帳から顔をあげると低い声で言った。
「これ、一般的なトランプの記号というよりも、生き物に当てはめるといいかもしれない。この形、私ならカラスと読むわ」
「カラス!?」
確かに、羽や嘴があるように見えなくもない。でも沢山いる鳥の中からなぜカラスなのか、あまり気持ちのいいものではない。
「悪い兆候?」
「それがどっちに転ぶかがわからない。いつき自身からはあんまり嫌な雰囲気はしないし、カラスは守り神になっている地域もあるくらいだから、不吉の象徴とは限らないのよ。ただ……」
リリカは私を観察しながら、言葉を選んでいる。目が合うようで合わない場所に何かを見つけようとしているようだ。
「カラスのモチーフの意味は、『秘密』なの。いつきがこれから秘密を持つようになるのか、すでに秘密にしてる事が露見してくるのか……」
そこまで言うとバチンと目が合い、リリカは私を不安にさせまいとにっこり笑ってみせた。
「まあ、後ろめたいことがないなら大丈夫よ」
「うん、ありがとう」
カラスのモチーフは、秘密。
これを導き出したリリカはやっぱり伊達ではなかった。背筋がスンと寒くなるのを感じながら、私は尊敬の眼差しでリリカに笑い返した。
管弦祭の日にちが近くにつれ、島中の誰もが準備に追われ、忙しく浮き足立ち始めた。美無神社の周りから島のメイン通りには真っ赤な提灯がつけられ、商店街にも色とりどりの幟が立ち、山の緑も強い日差しに一層鮮やかに映り、景色がより夏らしくなった。
学園でも、島のありとあらゆる公共施設に運動部生徒たちはボランティアで掃除へ出かけ、文化部は歓迎会の出し物の練習で忙しくなり、生徒会は雑務と運営の準備に目が回るようだった。
生理なんか、いつの間にか終わっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます