第16話
そんなユイの寂しい死を、ルカは店に来る魚たちの噂から知りました。
「ただで穴を掘った魚は一匹もいなかったそうだよ」
ヤガラがぽつりとつぶやくと、
「そうだろうよ。あの娘じゃあな」
イワシが忌々しそうに吐き捨てました。
「あれだけ遊び歩いていても、友達の魚は一匹もいなかったんだな」
カサゴも頷いています。
ユイの死を悲しんでいる者は誰もいませんでした。
「まあ、本人があれだからね。
あの娘がこれまでしてきたことが、最期には自分に返ってきたんだね」
ルカは皿を片付けながらそれらを聞いて、ユイを痛ましく思いました。
家族も砂を掘らなかったと知って、ルカは胸が潰れそうになりました。
友達もなく、その家族たちにも悼まれず、ひとりぼっちで逝かなければならなかったユイをたまらなく哀れに思いました。
ユイは恐らく、自分が死んだことさえ気づいてはいないのでしょう。
たったひとりで真っ暗い闇の中をさまよっている美しい人魚の娘をルカは思い浮かべました。
その姿は、子供のように頼りなくはかなく見えました。
何が起きたのか、どうすればいいのか、ひとつもわからず、自ら気づくこともなく、あてもないまま、ユイの魂はこれからどうなるのだろう…、そう思うと、ルカの心は沈むのでした。
思い出すともなくユイのことを思い出すうちに、いつのまにかユイのことがいつもルカの心のどこかにあるようになりました。
その、心の片隅に棲みついたユイを見るたびに、ルカは、「可哀想に、可哀想に」と思うのでした。
亡くなったユイが、せめて先に逝った母親の許に行けたらいいのに、ということが、ルカの、今、ユイに対するたったひとつの願いでした。
おそらく、家族も本当に心から悲しんでいないであろうユイの死を、ルカだけが悲しみ、悼むようになっていたのでした。
ルカはそれから、ことあるごとにユイを思い出しては祈るようになりました。
「みんながユイのことを忘れませんように」
「ユイを思い出すとき、誰もが、けがをする前の美しい顔を思い出しますように」
「ユイのことを可哀想だと思ってくれる魚が、一匹でもいますように」
「ユイがお母さんに会えて、迎えてもらえますように」
「そうしてユイがお母さんに愛されて、癒されますように」
祈っているとき、ルカはユイのたったひとりの友達でした。
そうしていくうちに、ユイにされたひどい仕打ちはルカの中でだんだん小さく遠くなっていきました。
いつか、ルカの心は洗われ静まって、ただ、亡くなった美しい人魚の安らかさだけを希むようになりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます