第17話

 一方、人魚の家族たちは、次第にユイのことを忘れかけていました。

 ちょうどユイが母の死を、そのときは泣き喚いたけれど、すぐ日々の楽しみに紛れて忘れてしまったように。

 父親は娘のことを、最初のうちこそ、かわいそうかもしれないと思うこともありましたが、やがて、自分にはまだ三人も子供がいるのだし、ユイは何もせず遊び歩くだけだったが、妹たちは立派に母親の代わりに家のことをしてくれる、自分は今、何の不自由もないのだと思うようになりました。

 一番上の娘が、酒に酔った挙句、野垂れ死にするなどという恥ずかしい死に方をしたために、妹娘たちの結婚に差し障りがあるのではないかということが、父親の新しい心配になりました。

 困ったことをしてくれた、と思いました。

 弟も妹たちも、葬儀の疲れが癒えると、姉の不在を感じることもまれになり、一家はユイのいなくなった日常を、また淡々とこなしていくようになりました。

 ただ生きていくだけでもすることはたくさんありましたし、人魚たちは、生き物はみな死んだらそれまでなのだと考えていましたから、死んだ者のことまで思いが至ることはなかったのです。

 それがこの一家の古くから続く習慣でした。

 家族たちはユイの遺した物を分けたり捨てたりして早くに片づけてしまうと、そのうちまったく思い出さなくなりました。

 まるで初めからそんな娘はいもしなかったのように。


 ルカだけがユイのことを折に触れて思い出していました。

 今やユイのことを思い出すことがあるのは、海に棲むたくさんの魚たちのうちでルカだけでした。


 ルカはそれからも、母鯨が生きていたときと同じように暮らしました。

 タコの夫婦の食堂でよく働き、自分の家の中を清潔にきれいに整え、誰にでも優しく、やわらかな心を忘れませんでした。


 ただ、母鯨のわがままに振り回されなくてすむようになった分、ルカは心にも体にもゆとりを持てるようになっていました。

 海の底で、主のいなくなった貝殻を見つけると、その者のために祈り、殻を持ち帰って磨いては、家や店に飾りました。

 美しいスズメダイに出会ったりイワシの群れが銀のナイフのようにきらめいてひるがえるさまに見とれたりしているうちに、ルカの疲れた心は少しずつ元気を取り戻していきました。

 何よりユイのために祈ることが、ユイに傷つけられて乾かずにいた傷をいやしていきました。


 そんなある日、久しぶりに寄ったウツボの店で、ルカは美しいものを目にしました。

 流木を磨いてつなぎ、そこに波に洗われて丸くなった赤や紫のガラスのかけらをはめ込んだ首飾りでした。


「ああ、あたし、これによく似た櫛を、きれいな箱に入れて大切にとってあるわ」


 ルカはかつて、ユイの捨てた櫛を拾ったことを思い出しました。

 ルカは家に帰って、しまっておいた懐かしい櫛を取り出してみました。

 ルカのひげで修繕された櫛は、丁寧に埃を落とされていて、青いガラス玉が宝石のように光りました。

 それを見ているうちに、ルカの脳裏には、この櫛を挿したユイの美しい姿がはっきりとよみがえってきたのです。


 

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