第15話
「あ、人魚のユイだよ。
また、こんなところで寝ちまって」
「みっともないねえ。
いい若い娘が」
最初のうちは同情していた魚たちも、ユイが朝も昼も酔っぱらってしどけなく寝ているのを見ると、汚いものでもあるようにそこを避けて通るようになりました。
ユイを見ただけで顔を背けたり、回れ右をして道を帰る魚さえいました。
魚たちは次第に、ユイだけではなく、そんな娘を放っておく人魚の一家まで疎ましく思うようになっていきました。
ある晩、いつものように正体のなくなるまで酒を飲んで酔いつぶれたユイは、ゆらゆらと漂っているうちに居心地のよさそうな岩陰を見つけました。
そこは岩にぶつかる波によって下の砂地が窪みになっていて、ちょうどユイがころりと横になるのに都合が良さそうでした。
「あら、いいところがあるわ」
ユイは無邪気にそう思って、砂に寝そべると、うっとりと息を吐きました。
「ああ、いい気持ち…。
お酒って、いいものね。
何があってもお酒を飲めば、どうでもいい気持ちになって、嫌なことも忘れられて、気分がよくなるわ。
…ずっとこのままでいたい…」
ユイは長いまつげを伏せて目を閉じました。
そしてそのまま、深い眠りに吸い込まれていきました。
冷たい波がユイの火照った体を撫でながら、少しずつ熱を奪っていきます。
娘の身体は次第に冷えていき、その寝息はだんだん間遠になり、弱く微かになっていきました。
そうしてその晩が過ぎないうちに、あるとき、人魚の息はすっかり止まってしまって、再び繰り返されることはありませんでした。
虚しい体になった人魚の娘の上に、波はさらさらと砂を含んでは寄せてきて、砂はわずかずつ積もってはユイを埋めていきました。
* * *
半ば砂に埋ずもれて亡くなっているユイが見つけられたのは、それから幾日もたった後でした。
人魚の娘はすっかり冷たく硬くなっていましたが、その死に顔は夢見るように微笑んでおりました。
頬に大きな傷を負っても、この世のものでなくなっても、ユイはやはり美しかったのです。
醜い傷のために、ほかの部分の美しさがますます際立つようですらありました。
その美しさは気高く思えるほどでした。
「とうとう、死んじまったなあ…」
「可哀想になあ…」
「いつか、こんなことになると思っていたよ…」
魚たちは、娘の骸を遠巻きに眺めるばかりで、誰も砂から引き出してやろうとしませんでした。
ユイの死を知らされてやってきた人魚の一家は、母親の死で疲れ切っていたために、娘のことを心から悼む気になれませんでした。
それどころか、これは困ったことになった、厄介なことをしてくれたと、口にこそ出しませんでしたが、恨めしく思いました。
一家は姉娘のために新たに砂を掘る気力もなく、亡き骸をこのまま埋めてしまうことにしました。
どの魚も手伝おうとしないので、父人魚がまた少なくないお金を払って、何度も頼み込んで娘を埋めてもらいました。
心のこもらない、形だけの送りが、寒々となされました。
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