第11話

 ルカは不思議に思いました。

 ユイが何を言っているのか、全く見当がつきません。

 ユイは構わずまくしたて続けます。


「そしたら、この間、家へ帰ったら、母さんがいなくて、どうしたのって聞いたら、死んじゃったって!

 お葬式も、もう、終わっちゃったって!

 ひどいわ!

 あたしだけ、母さんの死に目に会えなかったの!」


 聞いていてルカは、ああ、この娘も最近、母親を亡くしたんだっけ、とぼんやり思いました。

 けれど、それならどうして、家にいて残された家族をいたわらないのでしょう。


「いろんな魚に言ったのに、みんな、『大変ね』とか『お気の毒ね』とかしか言ってくれないの!

 みんなわかってくれないの!

 誰も助けてくれないのよ!」


 …それはみんなが、唐突で何と言ったらいいかわからないのよ、とルカは思いました。


 それに、この娘がほかの魚とそういう関係しか作れなかったということだわ。

 この娘なら、そうだろうな。

 誰かに優しくしたり親切にしたこと、一度もないのだろうから、誰も親身になってくれないのだろうな。

 遊んでばかりで物事を深く考えたことがないから、自分で自分を助けることもできない。

 苦しいこと、辛いことを面倒だと思って避けて、楽で楽しいことしかしてきていないから、本当の友達もいないし、不幸を乗り越えることもできないのだわ…。


「あんたならわかるでしょ、あたしの気持ち!

 ねえ、何か言ってよ!

 早く助けてよ!

 どうしたらいいか、わからないのよ!

 こんな苦しい気持ちでもういたくないの!」


 泣き叫ぶユイをルカは何の感情もわかずに眺めました。


 あたしだって、哀しくて寂しくて辛いのに…。

 本当に辛い時って、泣けないものよ。

 そういう気持ちを抱えていても、あたしは働いたり、後片付けをしなくちゃいけないのに。

 なにより、ひとりで生きていかなきゃならないのに…。

 ふつうは、自分が大変なら、相手も大変だろうと思いやられるものなのに…。


「残念だけれど、あの娘はなんにもわかっちゃいないよ」と言ったウツボの言葉がルカの心に今更のように浮かびました。


 …ああ、この娘はきっと、何があっても変わることなくこのままなんだろうなあ…。

 

 そんな気持ちが、一筋の秋の波のように冷たくルカの心を通り過ぎました。

 けれど、今はルカだって大変なのです。

 ユイに構っている余裕はないのです。

 どうにかして、自分で自分を護らねばなりません。


「あなた、どうしてあたしの家を知っているの?」


 ふと気がついてルカは尋ねました。


「ほかの魚に訊いたのよ。

 すぐわかったわ。

 お葬式を出した家だったから。

 でも、大変だったのよ、ここまで来るの」


「あなたも大変なのだろうけれど…」


 ルカは注意深く言いました。


「あたしも今、とても大変なの。

 だから、今日のところは…」


「だったらわかるでしょ!?

 あたしの気持ちも!」


 ユイはルカが言いかけたのを遮って叫びました。


「だったら助けてよ! 

 誰も助けてくれないの!

 みんなひどいのよ!」


「あたしにだって難しいわ。

 …無理よ…」


「そんなことないでしょ!」


 ユイの目が吊り上がりました。


「ひどいじゃない!

 あんたしかいないのに、なんでそんなこと、言うの!?

 ねえ、助けてよ! すぐに! 今すぐに!」

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