第9話

「ああ、楽しかったあ…!」


 ユイはそう言って家の中に入ってくると、


「あら、かあさんは?」


と、悪びれもせずに尋ねました。

 家族は皆、黙って顔を見合わせました。


「よくなって、気晴らしにでも出掛けたの?」


 そう無邪気に続けました。


「…亡くなったよ」


 父親がぶっきらぼうに答えました。


「え? まさか。

 嘘でしょ。からかわないでよ、父さん」


 ユイは本気にしません。

 母さん、母さん、と叫びながら家中をあちこち探しました。

 母親の人魚はどこにもいません。


「いないわ…。

 じゃ、本当なの? 

 本当に、本当のことなの?


 …いつ…?

 どうして…?」


 ユイは初めて事情を呑み込んで茫然としました。


「三日も前になるよ。

 …ユイ、おまえ、一体、今までどこへ行っていたんだい?」


 ユイはそれに答えることなく、がくがく震えながら言いました。


「母さんの病気はそんなに悪くなかったはずよ!

 それに、元々、死ぬような病気じゃなかったわ!」


 ユイは叫びました。


「…急に死んじゃったんだよ。 

 俺たちも驚いたんだ」


 弟が答えました。


「亡き骸は? 母さんの亡き骸はどうしたの?」


 家族は黙ったまま目をそらしました。


「ねえ! どうしたのよ!」


 半狂乱になってわめき散らすユイに、家族は困ってありのままを話すしかありませんでした。


「…埋めてしまったよ。

 もう、葬儀は済んだんだ」


「…酷い!

 どうしてあたしを待ってくれなかったのよ!」


「そんなこと言ったって、姉さん」


 上の妹が口をとがらせて言いました。


「忙しかったのよ、あたしたちも。 

 すごく大変だったの。

 それに、姉さん、いつだって、どこにいるか、いつ帰ってくるか、わからないじゃない。

 いつも何も言わずに遊びに行ってしまうじゃない。

 いつだって家にいないじゃない。

 忙しくて探すことに気づかなかったのよ、誰も」


「もう、終わってしまったのよ。

 だって、亡き骸をそのままにしておくわけにはいかないし。

 仕方ないじゃない。

 もう、済んでしまったのよ」


 下の妹も口を揃えました。


「あんたたちは自分が立ち会ったから、そんな冷たいことが言えるのよ!

 …ひどいじゃない! ひどすぎるわ!

 誰もあたしを慰めてくれやしない…!」


 ユイは泣きながら家を飛び出しました。



 ユイはそれから、いつも遊んでいる店や場所に次々に行くと、会う魚ごとにことの顛末を訴えました。

 けれど皆、呆れるのを表に出さないようにするのが精一杯でした。

 何と言ってよいのかわからず、困って、


「お気の毒ね」

「大変だったわね」

「残念ね」


と、繰り返すばかりでした。

 誰かが、


「ルカちゃんのお母さんも亡くなったんだよ」


と言いました。


「みんなで穴を掘りに行ったんだ」


 ユイは怒りました。

 どうして自分の気持ちを誰もわかってくれないんだ、ルカなんて今、関係ないのに、と思いました。

 でも、自分のその気持ちをうまく言い表すことがユイにはできませんでした。

 ほかの魚の心に寄り添ったことのないユイは、自分の心にも歩み寄ることができなかったのです。

 いつまでもしつこく食い下がるユイに、魚たちはうんざりしました。


「ユイ、もう止めて。

 雰囲気、暗くなっちゃう」

「そういう話は、せめて、お身内でしたら…?」


 ユイはカッとして叫びました。


「うちは今、みんな大変で忙しいのよ!

 母さんが亡くなったばかりなのよ!」



 


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