第6話

 ユイはルカの優しいまなざしさえ、うっとうしいと思いました。

 それでもどうしても櫛が欲しかったので、急いで笑顔を作ると口だけは愛想よく答えました。


「わかったわよ。約束するわ」


 ユイは貝殻のお金を払ってウツボから櫛を受け取ると、店の鏡に姿を映しながら、それを髪に飾りました。

 ああでもない、こうでもないと、ためつすがめつしながら、一番美しく見えそうな飾り方を探して一生懸命でした。

 やっと位置が決まると、ユイは言いました。


「ほうら、こんなに似合うわ。

 ほかの誰がするより似合うわ。

 この櫛、幸せよ。

 あたしの髪に挿してもらって…」


 ユイはそのまま鼻歌を歌いながら、挨拶もせずに長い髪を揺らして出ていってしまいました。

 店の扉がバタンと閉まると、黙っていたウツボがそっと口を開きました。


「ルカちゃん、よくあれだけのこと、言えたね。

 みんなずっと思っていたけれど、誰ひとり言えなかったことだよ。

 …おじさん、胸がすいたよ。

 でも、残念だけれど、あの子は何にもわかっちゃいないよ」



 それから何日か後のことです。

 母鯨のお使いに行く途中、ルカは岩陰に光るものを見つけました。

 近寄ってみると、それは先だって、ユイがウツボの店で買った髪飾りでした。

 光っていたのは櫛に付いているガラス玉でした。

 上から降ってくる光を受けて、きらきらと宝石のように輝いています。

 けれど櫛は、たくさんの歯が並ぶ根元が無残にも折れていました。

 それはユイが波にもつれた髪を無理にとかそうとして乱暴に扱ったために壊れたのでした。

 ユイは折れた櫛をあっさり投げ捨てると、そのまますいすいと泳いで行ってしまったのです。

 そんなことを知らないルカは、てっきりその櫛をユイが落としたのだと思いました。

 髪から外れて落ちるとき、岩か何かに当たった衝撃で折れてしまったのだろう、と。


 ルカは櫛を手に取って、しげしげと眺めました。

 折れてはいても、やっぱりきれいだわ、とルカは思いました。

 形良く削られた焦げ茶色の流木に磨かれた丸いガラス玉が点々と青く光って散っています。


「これ、直せやしないかしら?」


 ルカは自分のひげを一本抜くと、折れたところをつないで、その上からぐるぐると巻いて縛りました。

 黒い太いひげが青いガラス玉の上にかからないように注意しながら。


「…さあ、これでまた使えるわ。

 また同じところが折れないように、そうっと扱わなけりゃいけないけれど」


 

 ルカはその日行った市場で、出会う魚ごとに人魚の家を尋ねました。

 人魚たちがどこに棲んでいるのかわかると、何日かしてそこへ出かけていきました。


「ユイはこんなにきれいなものを失くしてしまって、気を落としているのじゃないかしら。

 おまけに壊れてしまったって知ったら、どんなにがっかりするかしら。

 でも、以前とは少し違うけれど、こうして直ったんだし、きっと喜んでくれるわね」


 ルカは少しでも早くユイを安心させたくて、海の中を急いで泳いでいきました。



 

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