第5話

 そんなある日、ルカはウツボのおじさんの雑貨屋で飾り櫛を見かけました。

 手ごろな大きさの流木を細工して、波に洗われて丸くなった青いガラスのかけらをはめ込んだものです。


「まあ、きれい! 素敵…」


 ルカはうっとりと飾り櫛を眺めました。

 高い値段がついていて、ルカにはとても買えるものではありませんでしたが、見つめているだけで豊かな気持ちになるような美しい櫛でした。


「いくらでも見てお行き。

 見る分にはお代はいらないんだからね。

 何なら手に取ってじっくり眺めていけばいい」


 日頃からルカの優しいことを知っているウツボは、そう言ってルカのひれに櫛を乗せてくれました。

 ルカが喜んで櫛をよく見ようとした、そのとき。

 しなやかな手が素早くそれをひったくりました。

 ユイでした。


「おいおい、鯨の娘さんが先だよ」


 ウツボのおじさんはさすがにユイをとがめました。


「これはあたしに似合うわ。

 それに、あなた、どうせ見ているだけで買わないんでしょ。

 だいたいこの子のどこに、これをつけるところがあるっていうのよ?」


 確かにユイの言う通り、鯨であるルカはどこもかしこもつるりとしていて、櫛の引っ掛かる長い髪もありません。


「おいおい、そんな言い方は失礼だよ。

 髪に挿すだけが使い道じゃない。

 大切に飾ったり、しまっておいて、時折、取り出して眺めるのもいいもんだよ」


 ウツボはそう言ってルカをかばいました。


「いいのよ。本当のことですもの」


 ルカはユイの言ったことに思わず笑ってしまいました。


「この櫛が気に入ったのなら、どうぞ。

 どちらにしろ、わたしには高すぎて買えやしないんですもの」


 そして続けました。


「でも、こんな美しいものを身に付けるのなら、あなたも本当に美しくなってほしいわ」


「あら、おかしなこと、言うのね」


 ユイはむっとして突っかかりました。


「あたし、きれいよ。

 誰に聞いても、そう言うわよ。

 ううん、あたしが何も言わなくたって、みんなあたしのこと、きれいだ、きれいだ、って言うわよ」


「ええ、あなたはきれいよ」


 ルカは静かに言いました。


「でも、あたしの言っているのは、外見のことだけじゃないわ。

 内側のことよ。

 心の中のことよ」


「心の中?

 変なこと言うのね。

 あたし、別に悪い娘じゃないわ。

 悪いことなんて、何もしていないわ。

 今まで誰にもそんなこと言われたこと、ないわ。

 それはあたしが良い娘だからじゃないの。

 その証拠に、あたし、幸せだもの。

 健康だし、毎日、ずっと遊べて楽しんでるわ」


「それはよいことね。

 でも、そんなに幸せなら…」


 ルカはユイを見つめました。


「ほかの魚にも、優しくなってほしいわ。

 いつも優しくしていてほしいわ。

 優しいって、自分のことだけ考えるのではないってことよ。

 自分が相手の立場になって、同じように言われたら、同じようにされたら、どう感じるだろうって想像することよ。

 これからこの櫛を身に付けるときはいつも、自分がこう言ったら、こうしたら、相手はどう思うか、考えるようにしてほしいわ。

 だから、約束して。

 あたしからあなたへのお願いよ」


 ルカが心を込めて静かに言う間、ユイは黙ってそっぽを向いていました。

 面倒だと思っているのか、ほかのことを考えているのか、ルカの訴えを聞いていないのが傍からもよくわかりました。


 

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