第40話 謁見

 大巫女の亡骸は王城へ運ばれ、地下の牢に入れられた。そもそもユピテは大巫女という高い地位にあり、これまでになした国民への貢献は大きい。しかし、その罪はあまりに大きく、死してもなお第一級の罪人として扱われるのだ。


 ルーナルーナとしては、かなり複雑だった。メテオが教会にあった大巫女の部屋から大量のキプルジャムを押収し、それを受け取ったものの、これで世界を何度でも行き来できると素直に喜ぶことができないでいる。


(ユピテ様は、無事にジェンドル様とお会いできたかしら……)


 ルーナルーナはサニーの客人という扱いで王城へ入った。服さえダンクネス仕様のものに着替えてしまえば、あっという間に現地人と同化してしまえるルーナルーナである。この時ばかりは、自分の持ち色が黒でよかったと彼女自身もほっとした。


「ルーナルーナ、悪いが王に会ってくれないか」

「サニーのお父様よね?」

「一応な。いけ好かない覇王だが、さすがに報告に行かねばならないだろう。二つの世界の分離についても対策会議をする必要がある。ルーナルーナが一緒にいてくれると心強いんだけどな」

「喜んでお供します」


 と言ったものの、ルーナルーナは緊張でカチカチになっていた。


 一方、サニーの離宮では、突如現れた客人という美女の登場に、にわかに沸き立っていた。数少ない侍女達が腕によりをかけてルーナルーナを風呂に入れて磨き上げ、どこからか入手した大変手触りの良い上等な藍色の衣を彼女に着せ付ける。髪もダンクネス仕様に結い上げたので、完全にこの国の貴族のご令嬢のようだ。


 サニーは、ルーナルーナの準備が整った知らせを受けて、すぐに客室へやってきた。


「……あぁ、綺麗だ。この世に女神が実在したなんて」


 サニーの言葉は決して大袈裟ではない。その場にいる誰もが、思わず平伏したくなるぐらいの高貴な存在感、そして類まれなる美貌(ダンクネス基準)に惚れ惚れしてしまう。


「王に見せるのもったいないな。やっぱり連れて行くのやめようかな」


 本気で悩み始めるサニー。


「でも、ほら、このお部屋だってシャンデル王国との重なりが見えてるわ。まだ何も解決していないもの。お父様もこの件を任せているサニーから何の連絡も無いことは、きっと怒っているはずよ。急がなきゃ」

「……ルーナルーナ、王から側妃にならないかと聞かれても頷いちゃだめだよ」

「えぇ、分かってるわ。だって私は」


 ルーナルーナは急に恥ずかしくなって、言い淀む。その隙にサニーはギュッとルーナルーナを抱きしめた。顎のラインに指を這わせて、ルーナルーナの顔をくいっと上に向かせる。そしてとろけるような笑みでそのまま覆いかぶさった。


「サニー? ……んんっ?!」


 サニーはルーナルーナに深く口づけした。続いて大きく開いたキモノの襟から覗く美しいうなじにも吸い跡を残す。部屋にいた侍女達からは黄色い悲鳴が上がった。


「所有印つけただけ。さ、行こう」


 サニーは、今にも倒れそうなルーナルーナの腰をそっと抱く。二人は、ゆったりとした足取りで部屋の外へ出ていった。


「別に、羨ましくないんだからな!」


 サニー達を見送るメテオの目は、完全に死んでいた。









 謁見の間は静まり返っていた。ダンクネス国王クロノスは、目前で跪く息子とその客人を見下ろし、そっとため息をつく。


 息子からの報告は、聞かずともほぼ全てを把握していた。逐一、メテオを始めとする配下経由で耳に入ってくるようになっているからだ。しかし、一つだけ正確に分かっていなかったことがある。ルーナルーナのことだ。クロノスは、その異国の女が侍女であることも掴んでいるが、とてもそんな低い地位には思えないでいた。佇まいが楚々としていて上品。礼儀も完璧な上、あまりに美しい娘だからだ。


(サニウェルが選んだ女か。面白そうだな)


 非常時にも関わらず、クロノスはルーナルーナのことが気にかかって仕方がない。しかし、今は世界の分離が先決である。クロノスは王として、息子との対話を再開した。


「我々が異教徒と見なしていたものが、実は教会の中枢だったとはな。さらには、この現象がうちの第二王子が発端になっているとは……」

「まだオービットに全ての責があるとは言い切れませんが、本件に深く関わっているのは確かです」

「あやつは今どこに?」

「手の者を放って行方を探していますが見つかりません。もしかすると、シャンデル王国へ行っているのかもしれません」


 クロノスは少し俯いて眉間を指で揉んだ。サニーも冷静に現状を見つめれば見つめるほど頭が痛くなるのだった。


「此度は申し訳ございませんでした。首謀者が亡き者になったとは言え、もう教会の真の教えは広がりすぎているため、今や止めようもありません。まずは世界を再び完全に分離する方法を早急に探ります。どうか……」

「良い。まさか本当にもう一つの世界が存在し、さらにはこうして重なることになろうとは、誰もが思ってもみなかったことだろう。お前の宿題とするには、些か難関すぎる案件だったかもしれぬな」

「それは……!」

「怒った猫のように威嚇するでない。ここからは、己の力をしかと見せてみよ」

「はっ」


 サニーがさらに深く頭を下げた後、ルーナルーナは彼の袖をこっそり引っ張った。サニーはそれに小さく頷き返すと、再び王に向き直る。


「ここからは、二つのことを行います。まずは世界の完全なる分離。そしてシャンデル王国との講和。ここには、シャンデル王家との繋がりが深い者もおります。私にお任せくださいませんでしょうか」

「良いだろう。最後までやり遂げよ。必要であれば私の配下も貸してやろう」

「ありがとう存じます」


 その時だ。謁見の間の外から、大きな足音が近づいてきた。


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