第41話 兄弟
足音は、扉の向こう側でピタリと止まった。
「父上! オービットにございます」
「早く入れ。馬鹿者! どこをほっつき歩いてた?!」
オービットは謁見の間に入ってきた。ルーナルーナは目を見張る。なんとオービットの後ろには見知ったシャンデル王国の者がいたからだ。
(リング様?! エアロス様のお側を離れて、どうしてここにいるの?!)
サニーが王の真正面の場を空けると、そこへオービットが進み出て跪き、事の経緯を説明し始めた。
サニーから神具を無断で拝借したが、それは盗みに値すること。シャンデル王国へ単身渡り、そこで出会った第一王子エアロスに神具の片割れを見せてもらったこと。そして、エアロスが二つの神具を一つに合わせてしまった事件。その瞬間二つの世界が重なって見えるようになってしまった最悪の事態。
「申し訳ございまん。いかなる処罰も受ける所存にございます」
オービットは低身低頭、床に這いつくばるようにして震えている。クロノスは、オービットの話を頭の中で整理した。
「オービット、確認する。神具を一つに合わせるという決定的な行為をしたのは、お前ではないのだな?」
「はい」
「では、そこの新たな客人を紹介してもらおうか」
ここで、オービットの隣に佇んでいたリングがさっと顔を上げた。
「お初にお目にかかります。私はこことはもう一つの世界シャニーにあるシャンデル王国第一王子エアロス様の側近、リングにございます。此度は、我が主の失態により二つの世界を混乱に貶め、貴国にも甚大なご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます」
「うむ」
「ただ、少しばかり申し開きもございます。どうかお聞きいただけませんでしょうか」
リングは、まずエアロスのことを話し始めた。本来ならばエアロス本人がこのような場に出てくる必要がある。だが、体質に問題があったのか、キプルジャムを食べてもダクーに来ることが叶わなかったため、リングが代わりに馳せ参じることになったのだ。ちなみにこれは、シャンデル国王も承認していることである。
次に、オービットによって持ち込まれた神具がここまで危険なものとは知らなかったことを弁明。これは暗に、自国へ勝手に危険物を持ち込まれたことに対する不満も表している。
これらのことを承知の上で、両国間で調停と講和を行い、今後はウィンウィンの関係を築ける協定を結びたいというのがリングの話の趣旨だった。
クロノスは全てを聞き終えて、大きく頷く。
「概ね、それで良いだろう。ただし、具体的な内容を詰めるのは後だ。まずは、世界を分離せねばならん。オービット、皆で力を尽くすぞ」
話がまとまり、場の空気が若干和らいだように見えた。が、それを解せずに立ち上がる者がいる。
「お待ちください!」
ルーナルーナだ。
「私はシャンデル王国王妃ミルキーナ様に使える上級侍女のルーナルーナと申します。発言をお許しください」
ルーナルーナは完全にクロノスへ敵意を剥き出しにしていた。
「良いだろう。申してみよ」
「オービット殿下からサニウェル殿下への謝罪がなされていません。さらにこの流れでは、本件の収集について任されるのはオービット殿下のようではありませんか? 窃盗をした上に、他人から任務を横取りすることを甘んじて認めるような王の国と、果たして我が国が協力できるものでしょうか?」
クロノスは、物怖じもせずに最後まで言い切ったルーナルーナを楽しそうに眺める。一方リングは目が飛び出しそうになる程に驚いていた。
(あの女、なぜここにいる!? あ、そうか……第一王子に連れてこられたのだな。にしても、その言い草はないだろう? 斬り捨てられても知らないぞ!)
ルーナルーナがあまりにも現地人のような姿をしていて、全く気づいていなかったのだ。
「で、どうする? オービット」
クロノスは鼻歌でも歌いそうな雰囲気で、オービットへ発言を促す。
「あ……兄上……」
今やサニーは、ルーナルーナと共に壁際へ退いていた。接近を禁じられているオービットが向こうからやってきたのだ。こんな場でもなければ、王からの怒りを買う前に自ら退室していただろう。
サニーは一歩王の方へ進み出た。
「第二王子への発言の許可を」
「許す。ここからは自由にしろ」
と突然言われても、サニー自体どうすれば良いのか分からない。弟という存在があるのは確かだが、とても身内とは思えない程に遠い関係だ。兄上と呼ばれても、自分とは別人のことを指しているようにすら思える。
「オービット、あの神具は大切なものだった」
「はい。世界を守るのにあれほど重要な物だとは……」
「違う! あれは、ルーナルーナが私のことを信頼して託してくれた物なのだ。それをお前は……!!」
「兄上、どうかお許しください。僕は神具の片割れが見つかれば兄上の願いが叶うと思って……」
「勝手なことをするな! こんなことをしてもルーナルーナが喜ぶわけがないだろう。」
「申し訳ございません!!」
サニーは疲れたように肩を落とした。
「謝罪などいらない。代わりに、俺の配下になれ。望み通り、しっかり働かせてやる」
サニーは、これまでルーナルーナが見たことが無い顔をしていた。その溢れる殺気は、ルーナルーナからすると反対に悲しみや寂しさに濡れたサニーの心の裏返しのように思えてならなかった。ようやく相対することが許された兄弟。なぜこうも疎遠になり、対立せねばならなかったのか。
(大丈夫。サニーは、ちゃんとオービット様のことも守るつもりで懐へ取り込んだにちがいないわ。この兄弟が本当の兄弟になるのはこれからなのよ)
オービットは、感極まった様子でサニーへ近づいていく。
「はい! 兄上」
サニーはクロノスの方を仰ぎみた。
「あなたの配下である第二王子を使わせていただきます」
王はふっと笑うと、黒いマントを優雅に翻して謁見の間を出ていった。それを見送ったサニーは、静かにオービットの方へ手を伸ばす。オービットはそれを両手で握ると、涙を堪えるかのようにして俯いた。ルーナルーナは、目頭が熱くなるのを感じた。
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