第7話 迷走する側近達

「というわけで、俺はルーナルーナから夜会のパートナーとして誘われたんだ」


 ここは、サニーが住まう離宮の食堂。ちょうどランチの時間だ。もちろん外は真っ暗で、部屋の中もぼんやりとした蝋燭の薄明かりがあるだけである。


 長テーブルの端に座るサニーの向かい側には、アレスとメテオの姿があった。食事に招かれた二人が呆れた顔をするのも無理は無い。


「つまり、もう一度会えるかどうかの確証すらないのに、無責任な返事をしようとしているのですね」


 アレスはメテオに視線を投げて、彼の意見を促した。


「夜会のパートナーということは、ルーナルーナさんの伴侶、もしくは婚約者の立ち振る舞いが必要ということだよね?」

「その通りだ」

「でもそれって、今回限りってことですよね? じゃぁ、夜会が終わればサニーなんてポイっ……」


 メテオが言い終わるや否や、サニーは持っていたフォークを床に取り落とした。独特の金属音が部屋に響き渡る。まるで最期通告のように。


 しかし、部下であり友である者からの忠言で、すぐに軌道修正する程サニーという男は素直ではなった。


「いや、ルーナルーナはそんな悪い女じゃない」

「何を根拠に?」

「初対面の際は、さすがの俺も間者かと疑ってナイフを突き付けた。だが、避けることすらできず、誤って彼女の綺麗な首筋に傷をつけてしまった」


 サニーは力説を続ける。


「そして今朝会った時は、誘われた嬉しさのあまり、うっかりベッドへ押し倒してしまった。その時も彼女は驚きの表情を見せたものの、非常に初心な反応をして、指一つ動かせないぐらいに固まっていたよ。それから……」

「殿下」


 ここで言葉を遮ったのはアレスだ。声色に尋常ならぬ苛立ちが滲み出ている。


「王位継承権第一位という紳士の頂点に立つべきあなたが、か弱き女性に何をやっているんですか?」

「いや、それは、その……彼女にも謝ったよ。それに、お詫びも含めて夜会は最高の時間にしてあげたいんだ。力を貸してくれないか」

「サニー、よくぞ言った! ではこれからレアの所へ行って、流行りのドレスについて調べてくる」

「頼んだぞ!」


 これらのやり取りを眺めるメテオは、明らかに遠い目をしていた。


(ヤバイ。馬鹿がもう一人いた。誰かアイツらに、ドレスうんぬんよりも、正確にルーナルーナさんの世界へ行く方法を調べる方が先決だって教えてやれよ……)


 メテオの希望的観測が虚しいものであることは、メテオ自身がよく分かっている。それでなくても、サニーの護衛としての役目や暗殺部隊の活動で忙しい中、これ以上仕事を増やしたくないのが本音だ。しかし、これを解決しない限り、恋する十八歳の青年はずっと魂をどこへ飛ばしたままになるだろう。メテオは腹を括って、ある提案をサニーに持ちかけた。






 翌朝、休暇届と外出届を出したキュリーは、人目を忍んで後宮の敷地を出ると、乗合馬車に飛び乗って貴族街へ急いだ。訪れたのは、宰相レイナスの屋敷。裏にある使用人専用の勝手口から侵入すると、あらかじめ定められた二階の小部屋へ足を運ぶ。


「おはよう、キュリー」

「おはようございます、叔父様」


 キュリーは表向き子爵家の次女という出自になっているが、これは養子縁組で相成ったものである。実際は、シャンデル王国宰相レイナス・ウェイラーの前妻の妹の娘で、伯爵家の四女であった。これはキュリーが十五歳の時に、レイナスの目となって情報収集活動することを欲したため、その隠れ蓑として子爵家に入った故のことである。


 これまでもキュリーは、男性の目が届きにくく、同性同士ということから口が軽くなりがちな後宮の侍女社会において、ありとあらゆる貴族の裏情報を掻き集め、レイナスに奏上してきた。今では、レイナス子飼いのプロの間諜顔負けの仕事ぶりだ。


 キュリーがここまで身を粉にして働く理由は単純。幼い頃から、レイナスに懸想しているからである。当のレイナスはそんな彼女に曖昧な態度しか取らず、搾り取った成果を次々と外交カードに仕立て上げる狸だ。然して、己の中に埋める黒い内面はおくびにも出さずに、今日もキュリーには年相応のダンディーで柔らかな笑みを向けるのであった。


「早速だが、報告を聞こう」

「はい」


 キュリーは最近後宮ではエキゾチックな文化が流行り始めていること、一部の侍女が新たな宗教にのめり込み始めたこと、そして侍女長がまた王妃の不興を買ったことを話した。


「どれも問題は無さそうだな。流行の変化は、物流にも出ているようだ。機会があれば極東から来た商人を紹介しよう」

「ありがとう存じます」

「宗教についても、これは定期的に発生することだ。今代の大巫女は絶大な力を持っている。そう簡単に統一宗教が傾くことはないだろう」

「はい」

「侍女長については、念の為背後関係を洗ってくれ。ただの馬鹿だと良いが、誰かが糸を引いて王妃の機嫌を損ねようとしているのであれば質が悪い」

「かしこまりました。それから、もう一点ございます」


 キュリーは忌々しい黒ずくめの同僚の顔を思い出した。


「先日ご用命受けました通り、黒い娘を唆しておきました」

「ご苦労だったな。どうせあの娘に相手は見つかるまい。そこへ颯爽と私が現れる。どうだ? なかなかの策だろう?」


 レイナスは、なぜかルーナルーナのことばかり気にかけている。キュリーにとって大切なものを何もかも奪っていくルーナルーナ。キュリーが満足げなレイナスへすぐに賛同の言葉を伝えられなかったのは、こういう訳である。


「叔父様、もし彼女が別の男を連れて夜会に現れた場合は、どうするおつもりですか?」

 

 その時には、代わりに私をエスコートしてください。と念じながらキュリーはレイナスに尋ねる。レイナスは、日頃他人に見せることのない挑戦的な笑みを浮かべた。


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