第5話 挑戦状

 ルーナルーナ自身、とっくに行き遅れの身だということは自覚している。


 ルーナルーナが後宮へ入ったのは十五歳の時だ。当時、後宮は前宰相の意向で無駄に大きくなりすぎていた。王に仕える側妃の数は百近くにも上り、それに伴って侍女勤めの門戸も広く開かれていた。住んでいた貧乏な村、子沢山の家族からは口減らしとばかりに追い出され、働き口を探していたルーナルーナは、迷わず侍女試験に挑むこととなる。


 その後、「もしかすると、選択を誤ったかもしれない」と考えるようになるまで、それ程時間はかからなかった。公平正大を掲げる試験には一度で合格したものの、侍女見習いとして後宮の裏方仕事に就いた途端に悲劇は始まったのだ。


 ルーナルーナの肌は故郷でも珍しがられる程の浅黒さではあるが、似たような者は他にもいた。しかし後宮ともなると、王都のど真ん中に位置することも手伝って、集まる人間の感性は最先端だ。つまり、陽の光、すなわち白や金を尊ぶこの国では、そういった色を持つ人間こそが優秀であり、美しいとされていた。


 さらに侍女の内訳を見ると、実家の商売の発展や、親兄弟の出世の足掛かりとすべく、人脈を作るために出仕する貴族出身の婦女子がほとんどを占めるのだ。平民の、しかも忌避されるべき黒しか持たないルーナルーナは、たちまち侮蔑の対象にされてしまったのである。


 この感覚は女に限ったことではない。時折、先輩侍女からの言いつけで城下町へ降り、買い物をすることがある。その際、男性からの目もかなり厳しいことをルーナルーナは実感していた。


 けれど、自分で分かっているのと、他人から面と向かって言われるのでは、傷のつき方が大きく異なる。キュリーの言葉は確実にルーナルーナの心を蝕んだ。


 毅然とした態度を貫けなかったルーナルーナを庇うように、コメットはわざとらしく楽しげな声を上げた。


「そういうキュリーもまだ未婚じゃない! ねぇねぇ、それよりも、もうすぐ夜会だよね!」


 しかし、完全に話題が変わったわけではない。ミルキーナ付きの侍女としては、夜会に向けて大忙しになることは間違いないが、今回の夜会は未婚の男女を集めたパーティーも同時併催されることになっているのだ。


「コメットは決まったお相手がいるのだから、どうせ出ないんでしょう?」

「まさか! 夜会程面白い場所なんてないのに、行かないなんて選択肢はありえないわ! それに、まだ婚約しかしていないのよ?」

「でしたら、せいぜい自慢の幼馴染とやらを夜会で自慢していらっしゃい」


 二人がかしましく話している間、ルーナルーナは話題を自分の方へ振られないように、少しずつ後ずさりしていた。だが、ここでキュリーから一つの挑戦状が叩きつけられる。


「ルナ、どこへ行くの?」

「こちらの手紙にある目録と、実物を照合するために倉庫へ行ってまいります」


 キュリーは、自らルーナルーナへ近づくと、少し顎を突き出して仁王立ちになった。


「まさか、私に伺いも立てず、夜会に参加するつもりではないでしょうね?」

「とんでもございません」

「隠したって無駄よ。でも、いいわ。チャンスをあげる。もし、あなたが今日から三日以内にエスコートしてくださる殿方を見つけられたら、後宮の留守番は私が代わりにしてあげるわ!」


 頭の回転が悪くないルーナルーナも、すぐにはキュリーの言わんとするところが理解できなかった。


「元々、私に夜会当日の後宮の留守をお任せくださる予定だったのに、運良く相手さえ決まればパーティーへ出ても良いというご慈悲をくださったということですか?」

「三日以内ということも言ったはずよ!」


 ルーナルーナは口にしなかったが、これはキュリー自身も現在エスコートしてもらう相手がいないと明言したのと同じである。もし、ルーナルーナに相手が見つからない場合、王城が夜会で盛り上がっている最中、キュリーと二人きりで留守番をすることになってしまうだろう。それはあまりに憂鬱だ。


(ちょっと真剣に相手を探そうかしら。どうせ見つからないけどね)


 そんなことを思いながら、無言でキュリーに頭を下げるルーナルーナであった。同時に、相手がいないのならば尚の事パーティーに出席した方が良いのにとキュリーのことを心配するのだが、激昂することは目に見えているので伝えられるはずもない。





 ルーナルーナの仕事は十九の刻に終わりを告げる。今宵は十七の刻に王妃の元へ王のお通りがあり、すぐに二人は寝室に引きこもってしまった。他の侍女は十八の刻に去り、その後一人で翌日の仕事の準備を済ませるとこの時間になる。


 ルーナルーナは、コメットが帰り際に喋りかけてきた話を思い返していた。


「それにしてもルナ、今日はどこか変よ? 何か悩みがあるのなら、神殿の巫女様に話を聞いてもらっては?」


 巫女はその立場上、信者のプライベートを吹聴するようなことはしない。確かに信頼できる相談口だと思ったが、ルーナルーナの抱える問題はおそらく解決しないと思われる。あまりに奇想天外な話だからだ。


(もう一度でいいから、会ってみたいな。もし、夜会のエスコートをしてほしいと頼んだら、どんな顔するかしら?)


 そしてルーナルーナはすっかり寝支度した上で、キプルの実をツマミに酒を飲み、魔法書の続きを読むのである。夜は少しずつ更けていく。世界の歪みが膨らんでいく。







「今日はここまで!」


 本の四分の三を読み終えた頃、ルーナルーナはようやく眠気を覚えた。目を擦りながら、すっかり空になった酒瓶を部屋の隅に追いやり、本も机に片付けた。いよいよ寝ようとしてベッドに入ったその瞬間、目の前にありえない光景が広がった。


(もしかして、もしかする?!)



 眠気も吹き飛ぶ麗しさ。男性にしては少し長めの銀髪が、白いシーツの上に少し散らばり、息を飲むほどに整った顔が文字通り目と鼻の先にある。いつの間にかルーナルーナは、前夜出会った男と同衾していたのであった。



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