第3話

 それが去年の赤鬼祭の出来事だ。

 今年は、俺はあの女性に会うため参加している。


「よう、何しているこんなところで」


 今年は、鬼ごっこ開幕早々声をかけられた。男性だったが見たことあるような……。


「おいまさか、忘れてるのかよ! ひどいぜ!」


 そんな親しいやつだったか?

 ……ダメだ何も思い出せん。


「……まぁ会うのは小学校以来だしな。俺もお前の名前出てきてない」

「駄目じゃねぇか」


 なら、俺が思い出せなくても無理なくね。なんでこいつは俺のことをそんなに覚えているんだ。


「小学校の低学年の時、めちゃくちゃ遊んだじゃんか。覚えてね?」

「いや」

「ひどくね!?」

「顔しか覚えてないお前も、同等だと思うんだが」


 この男性をもう一度、見直す。それで気づいたことが一つ。


「ま、とりあえず……」


 男性は俺に向かって準備体操をする。


「……遊ぶか!」


 男性はそう叫ぶと、俺に向かって走る。俺は、男性の来る方向と逆に走り始める。


男性のベストは赤……つまりは、鬼ということ。


「さぁさぁ!!」


 男性は楽しそうに俺を追いかけている。負けじと俺は足を早める。

 まだ鬼になるわけには行かない……俺にはこの赤鬼祭に目的がある。


「負けられない」


 自然と足に力がこもる。いい大人、全力で鬼ごっこをしている風景は、とても愉快そうに見えるだろう。実際のとこは違う。


 数分後。


「……ま、待てぇ!こぉら!待たんかいぃ!!」

「はぁはぁ……待てって言って待てるか、バカ野郎! お前が勝手に止まれ、アホ!」


 いい大人がぜぇぜぇと息を吐きながら、見苦しく怒号を吠えているのだから、始末に負えない。


「ま、待てよ……! こらぁ……! 待てって……!」


 次第に追いかけて来ていた男性はスピードダウンして、しまいには座り込んでいた。


「……いやッ! もう無理ッ! 降参ッ!」


 男性は一度、両手を上げて降参のポーズをしてからそのまま寝転がった。


「いやー疲れた疲れた!」


 男性は満足そうに寝転がっていた。


「お前の名前も鬼ごっこしてたら、思い出すかなと思って頑張っただが無理だったわ!ごめん!」

「いや、別に……」


 俺もやっぱりこの男性のこと思い出せないし。


「俺さ、仕事嫌になちゃってさ。実家に帰ってきたんだよね」

「うわ、なんか語り始めた……」

「いいから聞けって。……それでさ、親から気分転換に祭りのこと聞かされて、嫌々参加してさ。こうして、お前にあったわけなんだけど」

「うん」

「会った瞬間ちょっと嬉しくてさ。昔のこと、いろいろ思い出して走りながらあの頃は楽しかったなぁって思ったりして」

「うん」

「ただの鬼ごっこなのにさ……もういい年した大人だよ? 俺たち?」

「……」

「だけど、どうして大人でも鬼ごっこ楽しんだろうな!わかんねぇな!ハハハ!」


 男性はそう言うと大声で笑い始めた。


「あぁどうして忘れてちまうのかな……何もかも」


 男性はひとしきり笑い終えるとそう呟いた。


「たしか、お前はいつもクラスのみんなといた。複数のグループの中で、それぞれお前は人気だったな」


 男性は、遠い昔のことを思い出すかのように語り始めた。まるで、その頃の風景が今ここにあるかのように。


「俺は、そんなお前の姿が羨ましかった。休み日とか暇じゃないんだろうなーとか、いろんなあだ名で呼ばれてるなーとか」


 確かに、小学校の頃の俺はよくいろんなやつと遊ぶ約束をして、学校が休みの日とかよく友達の家とか近所の公園とかに言って遊んでいた気がする。

 だが、小学校の頃の話だ。


「年を重ねるごとに、クラス替えとかでお前の姿は見なくなったけど、顔だけは覚えている。お前は俺の同級生だって」


 確認するように男性は俺の方を見るけど、俺は未だに男性のことを思い出すことはできなかった。


「はは、まぁいいや。お前には、また会えるだろう」


 男性は、起き上がる。


「……なぁ、あのときのこと覚えてるか?」

「あのとき?」


 男性のいうあのときが俺には思いあたらない。何か特別な出来事でもあっただろうか。


「いつもお前のさ。後ろについて来てたやついただろ? 帽子かぶったやつ」


 帽子をかぶったやつ……?


 ……あ。そういえばいたな、そんなやつ。いつも教室の隅でおままごとみたいなことしてたからいつも暇そうだから俺が連れまわしていた。

 男なのに女みたいなことしてたから、鍛えなおしてやるとか言って……あの頃の俺って結構、強引だったな。そいつもいつも泣きそうな顔してたし。


「……そいつがどうしただよ」

「お、思い出したみたいだな。そいつのこと」

「いいから、話せよ」

「わかったわかった。……ふと、思い出したのさ。そいつ、今何してるんだろうって」

「何って、仕事してるじゃないか? こんなバカみたいな祭りなんかしてないで」

「バカみたいなって、お前も参加してるじゃん」

「うるさい。結局、何が言いたいんだ。昔話がしたいんなら後にしろ、俺もこの祭りには別の用がある」

「そんな固いこと言うなよ、同じ学校だった同級生だろ?」

「名前も思い出せないやつと、楽しく話せる自信はない」

「……それは俺も否定はしないな」


 男性は俺の方を見て、ニヤリと笑ってみせると急に真面目な顔になった。なんなんだ、こいつ。




「……今ならお前と一緒に酒でも飲んだりしながら話させるかも知れない。あの時、親の仕事の関係で突然転校していったあのボウシの子のことを」

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