第四十二話 カオス――シュヴァルツ/ジョーカー/カオス
――燃魂魔術。
前にショコに忠告してもらった通り、自らの魂を燃料とし、奇跡をも起こす大魔術だ。しかし――
やはり辛いな、これは。
肉体ではなく、自己の存在そのものが消失していく感覚。あまりのおぞましさに耐え切れず、心が折れてしまいそうになる。
けれど。
このまま世界が終わってしまう恐怖に比べれば、些細なものだ。
ここで僕の存在が消えても、この世界が、そして、この世界に住む
それならば僕は、この魂を賭けられる。
「う、嘘だ……この僕の全力の攻撃を抑え込むだって……ッ!? たしかに、かなり減衰させられていたとは言え、世界すら砕く一撃だぞ! それを、どうして……」
カオスが叫んでいる。この世界を壊そうとしている元凶、誰から見ても、最悪の敵。
だけど、不思議と僕はこの男を憎む事が出来ずにいた。今燃魂魔術を使っているのも、カオスを倒す為ではなく、
実質的には同じ意味かもしれないが、少なくとも僕にとっては違うのだ。
僕がカオスに抱いているのは、怒りでも恨みでもなく、むしろ――
「カオス、貴方が前世で僕に話してくれたこと、覚えているか?」
「……シュヴァルツ、何を……?」
「理想に燃えた、魔術師の話だ」
皆を幸せにするため、願いをかなえる魔術を開発し、それによって世界が壊れてしまった、哀れな男の話。
「あれはカオス自身の話だったんじゃないのか?」
カオスは一瞬目を丸くし、そしてすぐに笑い出した。
「ははは、その通りだよ。それが、僕が最初に世界を壊した時の話さ」
大きく手を広げ、大仰な素振りでカオスは語る。
「描いた理想が粉々に砕かれ、空っぽになった心で、世界の終焉だけを見ていた。そこで僕は魅了されてしまったんだ。
皆の幸せを願い、結果世界を滅ぼしてしまったという本末転倒な結末も、救いようのない情景も、僕の願っていた理想より何倍も美しいものだったんだって――!」
その恍惚とした表情に一瞬宿った翳りを、僕は見逃さなかった。
「魅了された、と言ったねカオス。だけど多分、それは後付けだ。
僕もこの世界で、理想が敗れる瞬間を経験した。その後僕は、自分を誤魔化したんだ。
自分が理想を追いかけた所為で失敗したから、今度はまるっきり逆の道を歩もうとした。
我ながらあまりに極端だと思うけど……だから、何となくわかるんだ。カオスもきっと、そうだったんじゃないか?」
「何を……」
「ただ皆を幸せにしたかっただけなのに、その所為で世界ごと皆を殺してしまった。
貴方はその事に耐えられなかった。その時点で、心がバラバラに砕け散ってしまったんだよ。
だから、自分の心に嘘を吐いた。これは自分が見たかった光景だ、美しい光景だ、って。自分の進んだ道は正しかったんだと、そう思いたい一心で」
「……違う、違う違う違う違う。僕は、そんな哀れな人間なんかじゃない……っ!
僕は本当に、世界の崩壊に魅了された。混沌に還る世界を、美しいと思っただけなんだ……その、はずだ……! 僕はあの世界を……!」
カオスは見るからに動揺していた。髪を掻き毟り、表情を歪ませて。
今までの軽い話し方は見る影もない。思えばあれも、彼なりの強がりだったのだろう。
今のカオスの姿はあまりにも痛々しく、とても見ていられなかった。
だけど、最後まで見届けなくては。それが彼に真実を突き付けてしまった、僕の責任だ。
とはいえ、魂の方はそろそろ限界だ。もうじき、僕の存在は消えてなくなる。
そうなってしまえば、もうあの攻撃を抑え込める者はいない。だから――
「ジョーカー、あとは任せた。とどめを、刺してやってくれ」
「ああ、もとよりその為に俺はここに来た。俺はお前とは違う。憐みではなく、憎しみを以て、カオスをここで討ち滅ぼそう」
そして。
僕が攻撃を抑え込んでいる間に、ジョーカーはカオスのもとに駆けた。
◇◇◇
遂にこの時が来た。
今までカオスによって滅ぼされてきた多くの世界。
そして何より――同じく滅ぼされた、俺の故郷。
その人々を想い、俺は全力の一撃をカオスに叩きこむ。
「これで、最後だ……ッ!
「ぐ……っ!」
しかし、
これなら十分に貫けるはずだ。しかし――
「ガ、は……っ!」
俺の身体も、悲鳴を上げている。そう。あと一度でも戦闘したら確実に死ぬ事は、自分自身が一番良く分かっていた。
だけど、もう少しなんだ。だから、あと少しでいい。カオスを殺すまでは、もってくれよ俺の身体――ッ!
その時、俺の力が倍増した。
「――これは……っ!」
感じる。これは、ショコの魔力。
ここで強化されたところで、俺が死ぬ事に変わりはない。けれど、ならばせめてカオスを倒してくれと。
カオスを倒す事を諦め、俺の死を嘆いてくれたあいつが、今は俺の死より、俺の矜持を優先して背中を押してくれているのか。
なら、俺は――
「負けるわけには、いかねえええええ――――ッ!」
俺は限界を超えて拳に魔力を籠め、そして――
バキリ、と。
遂に、カオスの
◇◇◇
このままじゃ、押し切られる――!
動揺している頭を冷静にさせたのは、皮肉にも命の危機だった。
ジョーカーの攻撃が、あと少しで僕の
非常にまずい状況。だが、僕にはまだ手がある。
空間転移だ。ジョーカーの攻撃が僕を貫く前に、空間転移でここから離れればいい――!
しかし、何と言う事か。
「空間転移が、出来ない――ッ!?」
何かが、妨害している。何者かの魔力が、僕の魔力をかき乱している。
こんな事、僕と
そこで、僕は思い当たった。
この世界での、僕の傀儡。そうだ。僕は展開をある程度
その為、ずっと彼に魔力を送り続け、脳を冒していたのだが……
今、僕が全力の魔術を放ち、かつ精神的にも隙が出来た故に、一瞬だけその支配が緩んだのだ。
その隙を突いて、操る為の回路から、人界王は魔力を逆流させた。
その所為で、僕の自由が一時的に奪われているって事か――!
僕の支配が緩むほんの一瞬。操られながらも、あの王はずっとその機会を探っていたというのか。なんて精神力なんだ――!
――舐めるなというのはな、この世界を、だ。さもなくば貴様は、貴様自身が創ったこの世界によって、痛い目を見ることになるぞ。
ああ、王が言っていたこと、その通りになったな。
思えば、僕の全力が防がれたのだって、アレスやシュヴァルツだけの力ではない。
人間と魔族が結託して、僕の魔術を減衰させた。
そして、最後の最後で僕は、人界の王によって行動を封じられた。
結局僕は、自分が創ったこの世界によって、足を掬われたわけだ。ああ――これは何という皮肉だろう。
そんな事を思っているうちに、ジョーカーが完全に
凄まじい一撃。これで僕は、完全に死ぬだろう。
だけど、何故だか晴れ晴れとした気分だった。
ああ、こうなってみると、やはりシュヴァルツの言っていたことは正しかったのか。
今になって気付くなんて、あまりにも遅すぎる。
僕が世界を創り、壊す事をずっと繰り返してきた、その理由。
要するに僕は――誰かに、罰して欲しかったのだ。
理想を夢見て、結果世界を壊してしまった。なのにのうのうと生きている自分に、天誅を下してほしかった。
本当に、なんてはた迷惑な人間なんだろう、僕は。
ああ、それでも、これで――
やっと、止まれる。僕はこれ以上、世界を壊さずに済む。
はは、死ななきゃ止まれなかったなんて、あまりに救いようがないな。まあでも、だからこそここで終われてよかった――
そんな風に思いながら、僕のはた迷惑な生は、終わりを迎えた。
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