第四十一話 勇者の役割――アレス

「嘘、だろ……」


 先程以上の魔力が、カオスを中心に渦巻く。これは、あまりに規格外だ。

 比喩ではなく本当に、この世界そのものを消し飛ばしてしまうほどの魔力。

 カオスは冷静な判断力を失い、周囲への被害など考えていないのか。

 それとも、先程の俺の攻撃により、なりふり構っていられなくなったのか。

 あるいは、そもそも初めからそんな事などどうでもよかったのか。

 ともかく、一つだけ確かなことは、アレが放たれたらまずいということだけ。ならば、俺のやるべきことは決まっている。


「撃ち、落とす……ッ!」


「ははっ、やってみろよ、わが新たなる好敵手ッ! 楽しみにしているよ……っ!」


 俺とカオス。双方の魔力が極限まで高まる。

 そして、カオスの口から、悪魔じみた呪文が紡がれた。


「是は、全てを原初へと還す一撃。理性ロゴス以前の混沌の海――」


 ただでさえ膨大な魔力が、さらに凶悪なものへと変化していく。

 俺も負けじと、勝利を掴むべく、吼える。


「是こそは、我が人生の終着点。鍛錬の果てに掴んだ一筋の光――」


 そして、限界まで引き絞られた両者の魔力が、唸った。


「世界を呑め――さあ、全てをカオスト破滅に導こうロフィー


「我が身の全てを力に変えて、唯一人の敵を討つ――極・聖剣抜刀ホーリーブレイスト――ッ!」


 世界を滅ぼす一撃と、それを撃ち落とす為の一撃が、今、ぶつかり合った。


「ぐ、あああ……っ!」


 しかし、やはりカオスは規格外だった。俺の渾身の魔力砲は完全に押されている。

 やはり駄目なのか。

 結局、巨大な悪を倒せるのは、真の勇者だけ。ただ勇者の真似事をしてきただけの俺では、敵うべくもない。そんなこと、自明の理だ。

 だけど、それでも。

 ここで折れたら、この世界はどうなる。俺は、この世界に大きな波乱を起こす契機となってしまった。だったら、その責任を取らなくては。


 いや――違うか。それは建前だ。

 結局のところ、俺がここで折れるわけにはいかない理由はもっと単純シンプルだ。

 俺には、大切なものが、守らねばならないものが出来た。そして、それは今も後ろにいる。

 だからこそ、俺はこうして立っているのだ。

 理由なんてそれだけだ。そして――それだけで十分だ。


「う、おおおおお……っ!」


 戦う理由を再認識し、気力を奮い起こす。しかし、それでも状況は変わらない。気合いだけでどうにかなる局面など、うに過ぎている。

 クソ、やはり駄目なのか……。


「大丈夫」


 ふわり、と。

 リーネが、俺の手にそっと触れた。


「リーネ、何やってる! 早くここから離れ……っ!?」



 そこで、俺は気付いた。

 俺の後ろに、多くの人が居て、俺の背中を支えている。

 それだけではない。魔術を放つことで加勢してくれている人もいる。

 そりゃあ確かに、カオスがこれだけ派手に暴れているのだから、王都中の人がこの戦闘に気付くのはおかしくないけど、でも、カオスのこのあまりに絶望的な魔力を感じたら、普通は逃げるものだ。

 でも、皆こうして加勢してくれている。一体、何故……?


「何故も何もない。アレスが戦っているから、皆がここにいるの」


 リーネは、俺の心を包み込むように優しく語る。


「あなたは、ホーリーブレイヴのアレスにはなれなかったと自分を卑下しているけど、それでも、あなたはずっと救ってきた。物語の中のアレスと同じように、沢山の人を」


「ああ――そうか」


 俺は、あくまでアレスの真似をして、彼と同じように、人界の民を助けてきた。

 でもそれは、自分が幸せになるため、ただ物語通りのハッピーエンドを迎える為だけのものでしかなかったというのに。

 それでも彼らは、俺を信じ、こうして支えてくれているのか。

 ならば。

 その信頼に応える事。それこそが――


「勇者の、役割だ――ッ!」


 限界など疾うに超えている。だけど、それがどうした。まだ。まだ俺はやれる。

 限界を超え、極限までこの魔力を絞り尽くす――!


「うおおおおおっ……!」


 気付けば、手助けしてくれているのは人界の民だけではなくなっていた。

 空間転移の魔法陣から出てきたであろう魔族軍の兵士もまた、俺に加勢してくれていたのだ。

 俺は魔族に対して、あんな仕打ちをしたのに。

 それでも、人間も魔族も、この最大の脅威に立ち向かうため、手を取り合っている。

 ならば、尚更負けられない。負けられない、のに――


「く……っ」


 押し返されている。

 くそ、皆が力を合わせたというのに、これでも足りないのか――!


「はは、当たり前だろう。僕はこの世界を創った張本人だぞ。なら、この世界の全てをぶつけられたって、やられる事はあり得ないのさ――!」


 愉しそうに、カオスは笑う。

 そして、遂に俺達の迎撃は完全に押し返された。


「結局、無駄だったのか……?」


 誰かが呟く。

 ああ、ここまでやっても駄目だったのだ。

 互いにいがみ合っていた人間と魔族。

 それが手を取り合い、ここまで抵抗したと言うのに、それも結局押し返された。

 努力が全て水の泡になる感覚。もう味わいたくはなかったあの感覚がもう一度……


「いや、無駄なんかじゃない」


 聞き覚えのある声が、俺達の諦観を否定した。この声は……魔王シュヴァルツ……!?


「人間と魔族が手を取り合い、カオスの攻撃の威力をここまで減衰する事ができた。

 そして、威力が削がれた状態ならば、カオスの攻撃とて僕が何とかできる。だから、皆の行動は無駄なんかじゃなかったんだ」


 その声色は以前と違い、どこか吹っ切れたような――いや、違う。これは死地に向かう人間の声だ。

 シュヴァルツは、まさか――


「燃魂魔術――この魂、全てのグランドプ守護に捧げますロテクション


 刹那、シュヴァルツから生じた膨大な魔力が、カオスの攻撃を抑え込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る