第三十九話 守るべきもの――アレス/カオス

「無事か、リーネ……」


 カオスの攻撃をその身に受けた俺は、後ろのリーネに尋ねた。


「アレス……なんで、わたしを、かばって……」


 泣きながらリーネが言う。答えなんて、もう決まっていた。


「君に死んでもらったら困る。だって、あの時の返事、俺はまだ返してないから」


 あの時の、告白の返事を。

 俺の事を好きだと言ってくれた、リーネのあの言葉に応えなければ。


「……?」


「今までずっと、散々君の事を疑って、つらく当たってきて、ローズのことばかり妄信して、本当に今さらすぎて、信じてもらえないかもしれないけど――」


 すぐにでも途切れそうな意識を懸命につなぎ止め、俺は告白する。


「好きだ。リーネ、君の事が」


 リーネの事を知って。その本心を聞いて。

 俺にずっと向き合ってくれていたのだと実感した瞬間、さんざんブレ続けていた俺の心は、ここにきて一つの答えを出した。


「もしかしたら君は、物語の中のリーネとは違うのかもしれない。その事にうっすらと気付きながらも、結局は君の事を信じられず、俺は酷い態度をとってきた。

 本当に――すまなかった。

 だけど。俺はそんな風に君を物語の色眼鏡でしか見ていなかったのに。

 君はこの世界が物語であると知っていながら、ありのままの俺をずっと見ていてくれた。

 俺は物語のアレスにはなれなかったけど、それでも、この世界で見てきたアレスは他でもない俺自身だと、君が言ってくれた。

 その事実だけで、俺は救われたんだ。だから……」


 今にも死にそうな身体に力を籠め、立ち上がる。

 そんな俺を、カオスが愉快そうにせせら笑った。


「皮肉なものだね。勇者アレスとして生きようとするあまり、勇者とは真逆の生き方になってしまった君が、それを諦めた途端、勇者らしい行動を取ることになるなんて」


「ああ、本当に、回り道をしたものだ」


 今までの思い出を噛みしめながら、リーネに最期の言葉をかける。


「リーネ、今まで本当にありがとう。

 結局、告白の返事もこんなに待たせちゃったし……俺としては立つ瀬がない。

 だから、最期だけでも、格好いいところを見せたいんだ」


「……なら、死なないで……生きて、もっと格好いいところをわたしに見せてよ……アレス――っ!」


「はは……。そう言われると心苦しいけど、それなら尚更、アレを何とかしなくちゃな……」


 カオスの上空。そこには更なる魔力が渦巻いていた。今度は、先程以上の魔術が飛んでくるだろう。

 だが、今度はさっきと違って、不意打ちじゃない。こちらだって、十分応戦できる。


「俺は、ホーリーブレイヴのアレスにはなれない。

 でも、この世界での・・・・・・アレスは、俺自身に他ならない。故にこそ俺は、是より誰も模さず、俺自身としてこの剣を振るおう――」


 聖剣を握り、魔力を籠める。

 相手はカオスという規格外。今までの俺では、勝負にすらならなかっただろう。

 だけど、今の俺には、守るべきものがある。ならば、いくらでも戦える――!


「是こそは、我が憧れし勇者の剣、されど我が迷いにより曇り堕ちた剣。

 それでも、この想いに応えてくれるのならば……今一度、我に呼応し給え――聖剣抜刀ホーリーブレイヴ


 迫り来るカオスの攻撃に対して、俺は聖剣抜刀ホーリーブレイヴで応戦する。

 もちろん、これで相殺しきれるとは思っていない。ただ、リーネにまで届かないように、威力を減衰させることくらいならば、俺の力でも可能だ……っ!

 そして、それが出来たのならば、後のやることは決まっている。


「グ、あああぁぁ……ッ!」


 前に出る。遠距離戦も可能とは言え、もとより俺は、近接型の戦闘スタイル。

 自らの土俵に持ち込まねば、カオスにはまともに太刀打ちできないだろう。


「ガ、ああ……ッ!」


 カオスの魔術が、身体中に突き刺さる。だが、無視して前へ出ろ。

 先程のダメージで、どの道俺はもうすぐ死ぬ。どうせ死ぬ事に変わりはないのなら、この程度の無茶、許容してみせろ。


「おおお……ッ!」


 そして、俺はカオスの元へ辿り着き、剣を振るった。


「へえ……ここまで辿り着くか。こんな無茶が出来るのは、ジョーカーくらいだと思っていたけど、なかなかどうしてやるものだ。だけど……」


 そう言って、カオスは魔力障壁をつくり、俺の斬撃を防いだ。


「この世界を再現したのは僕だ。ならば、勇者アレスの力量を知っているのも必定。故に、それに見合った防御をすればいいだけだ。

 この障壁は、ゼロ距離からの聖剣抜刀ホーリーブレイヴでさえ、ギリギリで耐える。ここで君が何をしようとも、全くの無駄だ」


 得意げに言うカオス。だけど、そんなのこっちだってわかってる。


「はっ、そうかよ。油断したな、カオス……ッ!」


 叫び、俺は奥の手を出す。

 カオスが想定していたのは、あくまでホーリーブレイヴの物語におけるアレスの力だ。

 だけどここにいるのは、物語に登場するアレスではない。正真正銘、この世界に生きている一人の人間だ……!


突・聖剣抜刀ホーリーブレイヴァー――ッ!」


「な……ッ!」


 俺の渾身の一撃は魔力障壁を貫き、遂にカオスをぶっ飛ばした。



◇◇◇



「く……っ」


 吹っ飛ばされた。この僕が。

 僕はホーリーブレイヴの世界を模倣する際に、当然アレスの性能スペックも完全に理解していた。その僕の防御を突き破ったという事は、つまり――


「生まれ持った魔力量は同じでも、その後の鍛錬によって、魔力操作の練度は上がる。

 なるほど……魔力拡散を極限まで抑え、さらに魔力の圧縮まで行うことによって、広範囲殲滅型の魔力砲である聖剣抜刀ホーリーブレイブを、一点突破型の魔力砲に改良したのか。だが……」


 それで理屈は通る。だけど、あくまで理屈だけだ。だって、そんな技術は――


「それほどの練度、生中な鍛錬では身につかない。

 君は、従来のアレスの何倍も、鍛錬に励んできたのか」


 その時点で、違いは生じていた。

 たしかに、アレスが多くの鍛錬に励んできたという記述はあっても、アレスの日々行ってきた鍛錬すべてが物語に記述されているはずもない。

 つまり、アレスとして転生した彼は、一部の記述を元に、どのような鍛錬を行っていくべきか、類推する必要があった。

 その時点で、従来のアレスと、現在のアレスの鍛錬量に、差が出てしまうのは必定だ。

 しかしながら、ここまで違うものなのか。

 人間が、物語の中の努力家を、さらに上回った努力を続けてきたと。

 それは、どれほどに辛く、険しい道のりだったのだろう。


「は、はは。面白い、本当に面白いよ君は……っ! まさかジョーカー以外に、ここまで僕を追い詰められる奴が出てくるとはね!」


 認めよう。僕はこの男の事を見誤っていた。ああ、素晴らしい。これだから、人間と言うのは面白い……っ!


「はあ、はあ……これでもやられないのかよ、お前は……ッ!」


「ああ、やられないとも。こんなに面白い敵が現れたんだ。決着がつくまで、死んでなるものか……っ!」


 叫び、僕はとびっきりの魔術式を構成する。

 こんなものを放ってしまえば、その時点でこの世界を崩壊させてしまうかもしれないが、もうそんな事はどうでもよくなってしまった。

 目の前の男の全力を見てみたい。

 僕の心は、そんな好奇心で満たされていた。

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