それぞれの結末
第三十三話 混沌の始まり――ローズ
もう、ダメかもしれない。
アレス様は、ワタシを見てくれていない。
だからこそ、ローズがリーネに嫌がらせを受けるという作中のイベントを形を変えて再現したのに、それはむしろ逆効果だった。
表面上はワタシに優しくしてくれているが、やっぱりアレス様はどことなく上の空だ。むしろ、その度合いは酷くなった気がする。
加えて、アレス様は魔族に奇襲をかけ、失敗している。あの、強くて聡明なアレス様が、こんな無様を曝すだろうか。いや、曝すはずがない。
ともあれ、その件もあってか、アレス様は日に日に落ち込む一方。しかし、寛容なワタシは、それでもまだアレス様のコトを信じていた。
だから、アレス様を元気づけてあげようと思ったのだ。そこに、カインズが良い話を持って来た。
あのムラジが、魔族を匿っているというのだ。しかも、この話はカインズしか知らないときた。
ならば、これを利用しない手はない。ワタシがアレス様にこのコトを密告するのだ。
そうすれば、アレス様はムラジとその魔族を捕らえにいくはずだ。上手くいけば、その手柄で前回の失敗が帳消しになり、アレス様も自信を取り戻すかもしれない。
そして、情報提供者であるワタシは感謝され、アレス様は今度こそ、ワタシを見てくれる。
そう思い、ワクワクしていたのに――
その結果がこれだ。
アレス様は魔族もムラジも取り逃がし、その輝かしいまでの光は影も形もなくなっていた。
自信を無くし、すっかり弱弱しくなっているアレス様を見ながら、ワタシは思った。
違う。ワタシの運命の人は、いつでもワタシを助けてくれる、強くて真っ直ぐな人間であるはずだ。
これまでは、アレス様が運命の人だと思っていたが、やはり違った。
今の彼は、とても頼りなく見える。強さや外見、周囲への振る舞いなどは合格点だが、肝心の精神性が実に心許ない。
結局、アレス様も、有象無象のつまらない男どもと同じ。
ああ、ワタシはこうして生まれ変わってさえも、ワタシに相応しい運命の人と結ばれるコトはできないのか。
もともと、この世界に期待していたのは、アレス様がいたからだ。彼が、ワタシの運命の相手でなかったとしたら、もうこの世界に用はない。
思えば、最初の出会いからして違ったのだし。ワタシを助けたのは、アレス様ではなく――
そこまで考えて、ワタシの心は大きく揺れた。
そうか――そうだったのね!
ああ、どうして気付かなかったのでしょう! あの時点で、ワタシの運命の人はアレス様なんかじゃないって、わかり切っていたのに!
あのとき、ワタシを助けたのは、アレス様ではなく、ジョーカーと名乗る男だった。
思えば、彼もまた美形だった。端整な顔つきのアレス様とは違い、どちらかといえば
そして、あの圧倒的なまでの強さ。
ホーリーブレイヴの物語において、アレス様でさえ、あの龍を倒すのにはかなり苦戦していた。それを、ジョーカー様は一瞬で倒したのだ。
あれほど頼りになる男など、まずいない。
たしかに、ワタシに対して、棘のある言葉を発していたが、しかし、それ以前にワタシを助けてくれたということは、おそらくツンデレか何かなのだろう。
行動も、粗野なようでいて、ワタシやムラジを気遣うようなものだったし。
つまり、あのジョーカー様がワタシの運命の人ということで、ほぼ間違いないだろう。
ああ、どうしてワタシは、彼にあんな態度をとってしまったのでしょう!
そうと決まれば、ジョーカー様に会いにいかなくては!
そう思ったが、彼の居場所などわかるはずもない。
しかし、ちまちまと情報を探るなど、もう煩わしかった。故に、ワタシは虚空に向けて叫ぶ。
「カオス!
ワタシをこの世界に呼んだのはアナタでしょう!
なら、きっとどこかでこちらを観察しているわよね? 出てきなさい!」
詰まった時の、最後の手段。あんな男に頼るのは忌々しいが、これが一番手っ取り早い。
まあ、こんなコトで出てくるとは限らないが、果たして……
「やれやれ、僕も暇じゃないんだけどねえ」
瞬間、空間が開き、カオスが現れた。なあんだ、やっぱり見ていたんじゃない。
「カオス! ジョーカー様の居場所を教えなさい!」
「なんだってそんな……」
「いいから!」
気乗りしない様子のカオスに、ワタシは迫る。
すると、彼は渋々といった感じで所感を述べた。
「僕も厳密にあいつの場所を特定するのは難しいんだけどね……。
まあでも、最後に会ったときの状況から考えると、多分魔界――魔王城の中にいると思う」
「わかったわ!」
魔王城の中か……。人界から行くのは難しいけれど、どうにか頑張ってみるしかない。
そんな風に考えていたワタシの心を読んだのか、カオスは驚愕の表情を浮かべ訊いてきた。
「まさか……魔界に行くつもりかい?」
「そうよ」
当然、即答する。何せ、ワタシの運命の人がいるのだ。ならば、そこに向かうのは当然のコト。
まあ、またアレス様みたいにハズレって可能性もあるけれど……なんにせよ、会ってみなければはじまらない。
「はは……さすがだね。
しかし、戦闘手段も何もない君が魔界に――どころかその中心である魔王城に行くなんて、あまりにも無謀じゃないか?」
「確かに、魔界まで行くのは面倒ね……。そうだ、ならアナタが連れて行ってよ。
今も虚空から出てきたんだし、空間を繋ぐコトなんて容易いんでしょう?」
「いや、まあそうだけど、そう言う事じゃなくてね……。
仮に僕が君を魔王城に転移させたとしても、その後どうするのさ。
いきなり人間が現れたら、魔族に殺されるに決まっているじゃないか」
「殺されないわ」
カオスの言葉を、ワタシは否定した。
「だって、ジョーカー様が本当にワタシの運命の人なら、ワタシを守ってくれるに決まっているもの!」
そう。強くて、優しくて、いつもワタシを守ってくれる。
ワタシの運命の人は、そういう男である筈だ。だから、絶対に大丈夫。
そう思っての発言だったが、不本意ながらカオスの機嫌を良くさせてしまった。
「はは、君には本当に期待していたけど、まさかここまでとはね!
多くの世界を知っている僕でさえ、君みたいにぶっ飛んだ人間は初めてだ!
さすが、神をも超える力を持つこの僕を、ビビらせただけのことはある!
いいね、本当に最高だ。君はきっと、この世界をグチャグチャにかき乱してくれるだろう!」
「アナタの気持ち悪い話を聞いている暇はないわ。
いいからさっさと、ワタシを魔王城に転移させなさい」
「うん、言われなくともそうしよう!
僕自身が展開に直接干渉するのは最小限に留めようと思っていたけど、気が変わった。
君がどんな風にこの世界をかき乱すのか、とても楽しみだ。その手伝いなら、僕は喜んでやろう。
だから君も、大いに僕を利用してくれたまえ……!」
「いいから早く、と言っているでしょう。
ワタシは世界をかき乱すとか、そんなコトに全く興味はないの。
ワタシはただ、理想の人に出会いたいだけ。わかった?」
「ああ、わかったよ。君の言う通り、すぐに転移させよう。
それに、帰りも僕に任せてくれ。合図してくれたら、すぐここに戻してあげるからね。じゃあ、いくよ……っ!」
カオスのその宣言と共に――ワタシの身体は空間を跳んだ。
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