第三十一話 信念と執念――アレス/ムラジ

 何故だ。何故、この男は倒れない。こいつは、ホーリーブレイヴには名前すらなかった、単なる村人。モブキャラにすら満たない存在だ。

 それが何故、主人公に転生したこの俺を、こうまで手こずらせているんだ――っ!


 俺の苛烈な連撃を避け続けていて、こいつは相当に体力も集中力も消耗しているはずだ。それに、少なからずダメージも負っている。

 にも関わらず、こいつは立っている。満身創痍ながらも、確固たる信念を持って、こちらを睨み付けている。


 ただ、己の守る者の為、命を賭して強大な敵と戦う――その姿勢は、まさに勇者のそれだった。

 俺がなるはずだったもの。俺が憧れた生き様。それを何故だか、この男から感じてしまう。

 だとするならば、今の俺は紛れもなく、勇者に滅ぼされるべき悪か。


 違う。違う違う違う!

 俺が、俺こそが勇者アレスだ。勇者アレスとして転生したのだ。

 ならば、俺は正義だ。打ち倒されるべき悪などでは決してない。

 だから――


「いい加減、倒れろ――――ッ!」


 そう叫び、目の前の男にさらなる追撃をしようとした瞬間、


「――ッ!」


 大岩が、こちらに向って猛スピードで飛んできた。

 崖の上から、こちらに向けて投げたのか。こんなことができるのは、作中に一人しかいない。

 魔王直属の四天王の一人。魔族一の怪力を持つ女。すなわち――


「レッカ――ッ!」


 俺は、反射的に剣を振るう。その剣先から放出した魔力の余波で、大岩は空中で真っ二つになった。

 しかし、そちらに気を取られたのがまずかった。

 目を離した隙に、ムラジが俺の懐に潜り込んでいたのだ。


「……っ!」


 気付いたときにはもう遅い。ムラジは、自らの右拳を強く握り――


「剣士であることが災いしたな。お前は大岩を砕くのではなく、斬った。それがお前の敗因だ!」


 その拳が俺に突き刺さった。

 当然、その程度の攻撃、大したダメージにもならない。

 しかし、その所為で、俺はよろめき、後ろに押し出されてしまった。

 それは、ほんの一瞬の出来事。つまり、真っ二つに斬った大岩が、まだ完全に地面に落下していない。

 つまり、俺のいた場所から少しでも離れてしまえば、大岩の片割れが落下して――


「まずい……っ!」


 再び剣で斬ろうとしたが、間に合わない。

 岩を斬り裂くあの技は、魔力だけではなく、俺自身の、完璧な剣の技量がなくては放てない。つまり、崩れた体勢のままでは、放てないのだ。

 何とか体勢を立て直そうとするが、その甲斐もなく、大岩が俺の身体を押しつぶした。



◇◇◇



 何とかなったか……。

 本当に、一か八かの賭けだった。

 本来であれば、レッカが岩を投げた瞬間に、俺は後ろに下がるべきだったのだろうが、先程、アレスが遠くにある木を真っ二つにしたとき、この剣は硬い鉱物すら斬ることができると言っていた。

 だから、大岩もあの木のように真っ二つにされると思い、俺は下がるのではなく前に出たのだ。


 そして、アレスを殴ることで、アレスは大岩の片割れの落下地点に、俺はアレスのいた安全地帯にそれぞれ動き、結果俺は助かり、アレスは岩の下敷きになったわけだ。

 こんな大岩に押しつぶされてしまえば、いかに人界最強の剣士たるアレスとて、一溜りも無いだろう。

 いくら戦わねばこちらが殺されるかもしれない状態だったとはいえ、今まで人々の為に尽くしてきたこのアレスという男を殺してしまったのは心苦しい。


 しかし、だからと言ってここで立ち止まっていてはそれこそ何の意味もない。

 何より、相当の無茶をしてしまったレッカが心配だ。急いで、レッカのもとへ行かないと。

 そう思い、大岩に背を向けようとした刹那――


――ピキリ、と。


 アレスを押しつぶした大岩に、罅が入ったような音がした。

 嫌な予感がして立ち止まる。

 いや、ただの空耳だろう。いくら何でも、そんなことは……

 必死にそう思おうとしたが、次の瞬間、その思考は大岩と共に無残に砕け散った。


「ムゥゥラァァァジィィィィィ――――ッ!」


 地獄の底から響き渡るような怨嗟の叫びと共に大岩が避け、血だらけのアレスが現れた。

 アレスは、そのまま剣を振りかぶったが――すぐに剣は、その手からスルリと抜けた。


「はぁ、はぁ……既に、剣を持つ力すらないか……。まあ、これだけのダメージだ。仕方ない。

 と、するならば、重傷を負いながらこの大岩を俺に向かって投げたレッカの胆力が如何に異常なのかがわかるな。

 いや、むしろ、奴がそこまで必死になって守りたいと思う、この男こそが、規格外イレギュラーなのか……?」


 これ程の重傷を負いながら、この男はまだ立ち上がるのか。

 タフネスとかそういう次元ではない。

 レッカにせよアレスにせよ、武人というのは何故、こんなにまでボロボロになって尚、己を貫くことが出来るのか。その強さは、本当に尊いものだと思う。

 しかし、現状、その強さは脅威でしかない。

 剣を握れないほど弱っているとはいえ、アレスはアレスだ。何とかして、彼に殺されないようにしなくてはならない。


 一番良いのは、この場から逃げ出すことだ。

 いくらアレスでも、これだけボロボロの状態では、流石に追って来れないだろう。

 しかし、この男に背中を向けてはならないと、本能が告げていた。

 自分の身体がどうなろうと、確実に俺を逃がさない。アレスから、そんな凄まじい気迫プレッシャーが感じられる。


「……本当に不愉快だ。何故、ただの村人が、この俺をここまで追い詰められた?」


「偶然に偶然が重なっただけだ。

 それに、俺一人でお前を追い詰めたわけじゃない。俺とレッカの二人で追い詰めたんだ」


「……そうだな。だが、四天王とは言え深手を負っている魔族と、ただの村人。如何に二人がかりとは言え、勇者が負けていい相手ではない。

 だから、何が何でも勝たせてもらうぞ。

 現状ですでに、あまりに不甲斐なくはあるが、しかしこれ以上恥の上塗りをするつもりはない。覚悟しろ、ムラジ」


「……そうか。ならばその執念、俺が打ち砕くのみだ」


 そう言葉を交わし、俺とアレスは互いに拳を強く握り、同時に前へ出た。

 そして――


「アレス――ッ!」


「ムラジ――ッ!」


 両者の拳が交差し。

 その渾身の一撃が、互いに突き刺さった。



◇◇◇



「……っ」


 背中から、レッカの声が聞こえた。


「目が覚めたか。大丈夫か? レッカ」


「ああ。痛みはあるがな。お前こそ大丈夫か?」


「ああ、大丈夫だ」


 アレスとの戦いは、勝利に終わった。

 その後、俺は大岩のあった場所で倒れていたレッカに応急処置をし、現在は彼女を背負って歩いているところだ。

 それにしても……アレスと俺。互いの一撃が交差したあの時――

 アレスの拳には、迷いがあった。

 彼は、こちらを倒す事に迷いがあったのだろう。

 いや、違うか。

 彼はずっと、何らかの迷いを抱き続けてきた。何故だか、そんな風に思えてならないのだ。

 だとすると、少し複雑な気分だ。

 対して、俺はレッカを守りたい一心だった。だからこそ、力の差があっても、勝つことができたのだろう。

 そんな事を考えていると――


「……この辺りだな。ムラジ、少し待っていてくれ」


 レッカはそう言って、何らかの呪文を詠唱した。

 すると、すぐ近くで、何かが光った。その光は複雑な文様を描き出している。これは――


「空間転移用の……魔法陣!」


「ご明察。遠征前に、ショコに訊いておいてよかった……。それに、詠唱も上手くいってよかった。うろ覚えだったんだよ呪文」


「それは大問題じゃあないのか……!?」


「むぅ……。暗記は苦手なんだよ」


「はは、そうか。でも、これで」


「ああ。魔界に帰れる」


……良かった。本当に、良かった。

 これで安心できる。レッカは本当に、死なずに済んだのだ。こんなに喜ばしい事はない。


「そういうわけだ。ムラジ、魔法陣の上に立ってくれ」


「ああ」


 言われるがまま、俺は魔法陣の上に立つ。


「じゃあ、いくぞ」


 次の瞬間、俺とレッカの身体は重力の軛から解放され、空間を跳んだ。

 そして、遂に辿り着いたのだ。レッカの故郷――魔族の住まう国、魔界に。

 そこには、予想外の男がいた。

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