第二十八話 カインズの密告――カインズ/アレス

 俺は今、ローズ様に会いに王都を訪れていた。

 王都に行ったところでローズ様のお役に立てるわけでもなし、ならばせめて邪魔しないようにしようと、今まで王都に行こうとは思わなかった。


 しかし、今は耳寄りな情報がある。しかも、俺だけが知る、とびっきりの情報が。

 ムラジが魔族を匿っている。魔界と敵対している人界にとって、最大の禁忌だ。

 俺はこれを誰にも報告せずここまで来た。それも、ローズ様に真っ先にこの事を伝えんがため。


 この情報は、ローズ様にとっても有益なものだろう。何故なら、ローズ様はアレス様に気に入られたがっているようだからだ。

 彼と会うため、王都に滞在するほどだ。それに、昔っからローズ様は、アレス様に並々ならぬ想いを抱いているようだった。


 男としては少し嫉妬も覚えてしまうが、しかし、俺は好きな相手と結ばれることよりも、好きな相手の幸せを願う紳士だ。

 俺はローズ様の特別にはならなくてもいい。ただ、その視線をこちらに向けてほしいのだ。

 少しでも彼女のお役に立てるならそれでいい。その想いから、俺はこの王都に馳せ参じた次第だ。

 魔族を撲滅したいアレス様に、この情報を与えれば、ローズ様はさらに気に入られることとなるだろう。少し悔しいが、ローズ様の幸せの為だ。


 まあそれに、仮に俺の思惑から外れ、この情報が何の益ももたらさなかったとて、それはそれで徒労にはならない。

 ローズ様は基本的に、こういう噂話ゴシップとか大好きだしな。

 まあ、そんな風にいろいろと考えているが、結局俺はローズ様と会う口実が欲しかっただけなのかもしれない。

 いい加減我慢の限界だしな。やはり、俺はローズ様と共にいないと駄目なのだ。

 今はただ、久し振りにローズ様に会えるという期待感だけで、胸が一杯だ。そう思いながら、俺はアレス様の屋敷に辿り着いた。

 ここでなら、ローズ様の宿泊先を聞き出せるはずだ。そんな風に思って来たのだが――


「あら、カインズ。久しぶりね」


 そこに、ローズ様はいた。


「どうしたの、呆けた顔をして」


「あ、いえ、まだ心の準備が出来ていなかったというか……っ!」


……何を言っているんだ俺は! 不意打ちすぎて、思考が纏まらない。


「心の準備って……ふふ、相変わらずなのね」


 そう言って微笑んだローズ様のお顔はとても美しく、俺の心はそれだけで満たされた。


「あ、ありがとうございます。光栄です」


「え、別に褒めたつもりはなかったんだけれど……それで、何か用があって来たんじゃないの、カインズ?」


 そう言われて、俺は我に返った。

 そうだ、俺はローズ様に情報を伝えに来たのだ。


「実は……」


 かくかくしかじか。

 俺は、ムラジが魔族を匿っていたことを、ローズ様に話す。


「へえ、なるほどね。あのムラジが……」


 ふむふむと頷いて、ローズ様は妖艶な声で囁いた。


「とても役に立つ情報ありがとう、カインズ。

 これからも何か耳寄りな情報があったら、いつでも持ってきてほしいわ」


「わ、わかりました。必ずや!」


 やった。ローズ様のお役に立てた!

 目的を達成し、俺は内心ガッツポーズをした。



◇◇◇



 くそ、くそ、くそ、くそクソクソ……ッ!

 また邪魔された。ジョーカーという、規格外に。

 この世界が、ホーリーブレイヴの通りの展開を辿らないことを知り――

 それでも俺は、作中のアレスと同じようにハッピーエンドを迎えるため、前倒しでストーリーを進めようと画策した。


 それも無駄。すべてを疑い、すべてに牙を剝いても、結局、あんな規格外ジョーカーが相手じゃあどうにもならない。

 圧倒的なまでの力。それに、俺の未来は塗り潰されてしまう。

 本当に、何もかもが上手くいかない。またなのか。また、前世と同じように努力が全て水の泡になってしまうのか。


 嫌だ嫌だいやだいやだイヤダ……ッ! 現世ではある筈なのに。確実に幸せになれる道が……っ!

 だというのに、その道は求めても求めても俺から遠ざかっていく。

 まだか。まだ足りないのか……ふざけやがって、いいだろうならば限界まで足掻いてやる。

 足掻いて足掻いて、それでもその果てに暗い未来しか待っていないのだとしたら……


……俺は呪ってやる。ジョーカーも、カオスも、リーネも、この世界も、前の世界も、すべて――


 そんな風に、溜まりに溜まった負の感情が弾けそうになっていたとき。


「ねえ、いいかしら、アレス様」


 美しい声が、背後から聞こえた。

 急いで取り繕い、尋ね返す。


「ああ、どうしたんだローズ?」


 我ながら、この切り替えの早さは見事なものだ。

 ずっとアレスという役を演じてきたことによる賜物だろう。


「実は、ワタシの村の友人から、ビックリな情報をもらってね」


 ビックリな情報? 一体何なのだろう。

 まあ、これだけ話の展開が変わっているうえ、規格外イレギュラーな相手と戦ったばかりなのだ。

 どんな突飛な事を言われても驚かない自信がある。


「ワタシの村に、ムラジっていう男がいたでしょう? アレス様も一度会った事があるはずよ、覚えているかしら?」


「ああ、もちろん覚えているよ。彼がどうかしたのか?」


 俺は内心歯噛みしながら答える。

 忘れる筈がない。ジョーカーの陰に隠れがちだが、彼とて、ローズが龍に襲われた場にいた男だ。

 まあ、彼は特別な力などないただの村人のようだが、しかしそれでも作中にない異分子イレギュラーであることに違いはない。


「実はね……ムラジが魔族を匿っているらしいの」


 な……。

 思考が、空白になった。

 人間の、それもただの村人が、敵である魔族を匿っているだと……?

 意味が分からない。それが本当だとするなら、一体――


「それは、本当に確かなのか?」


「ええ。カインズがワタシに嘘を吐くことは、まずありえないわ」


「……そのカインズとかいうのは君の友人か。わかった。その友人から、詳しい話を聞いてみよう」


 ともあれ、事態を把握しないことには埒が明かない。

 俺は、ローズに情報を齎したカインズという男に、会ってみる事にした。



◇◇◇



「……ここか」


 翌日。

 カインズという男に話を聞き、彼が魔族を見たという小屋に足を運んだ。

 しかし、そこは既に誰もおらず、ただ数日前まで人が生活していた痕跡だけが残っていた。


「血の跡……ふむ、この分だと、一人はかなりの傷を負っているようだな……。ならば、移動に時間がかかるはずだ」


 だとすると、まだ何とかなるかもしれない。そう遠くには行っていない筈だ。

 そして、彼等の目的地は予想できる。この人界に、魔族の居場所などない。つまり、彼らの取れる行動は一つだけだ。それは……


「――魔界に、落ち延びようとするはず」


 そして、魔族の用いる、最も高率的な移動手段といえば。


「空間転移用の、魔法陣か」


 向かうべき場所は決まった。

 正直、ジョーカーにやられたあの日の失態を思い出すため、あまり行きたくはないのだが……しかし、こんな状況で四の五の言ってはいられない。

 迷っている内にムラジと魔族が魔界に行ってしまったらどうしようもないしな。

 そうなる前に、早く向かおう。魔族側が仕掛けた、空間転移の魔法陣がある場所。すなわち――


――あの、戦場跡へ。

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