第二十五話 今後の方針――シュヴァルツ
方針を一気に転換した以上、まずは魔界に残っているもう一人の四天王、ショコに話をした方がいいだろう。
ショコのいる場所は、いつも魔王城地下の書庫である。故に、僕は書庫へと向かったわけだが……
「あ、貴方は!」
そこにはショコだけでなく、予想外の人物がいた。
「魔王か。その様子だと、あそこから無事に逃げられたようで何よりだ」
「あのときは、ありがとうございました。ええっと……」
「ジョーカーだ。それに、そう畏まらずとも、普通に話せばいい」
「そう言ってもらえるなら、そうしよう。僕はシュヴァルツと言う。ジョーカー、早速だが、どうしてここに……?」
「それが……」
そして、ジョーカーはこれまでの
どうやら、ヴァサゴが政権を握っていた間、ショコは書庫に立て籠もって抵抗を続けていたが、人界に設置しておいた空間転移の起点となる魔法陣に反応があり、その反応が示す魔力があまりにも異質だったために、空間転移でこちらに転移させたようだ。
二人の話を聞いた後、こちらもこれまでの経緯を話すと、
「そうか……。すまない。
俺がもう少し上手く動いていりゃあ、犠牲者を減らせたかもしれないのに――」
そう言ってジョーカーが頭を下げてきた。だが、それは違う。
頭を下げるべきは彼ではない。他でもない――この僕だ。
「あなたが謝ることなど何一つとしてない。これは、僕の責任だ。
僕は、都合の良い理想ばかりを夢見ていて、現実が見えていなかった。結果、人間に欺かれ、魔族の皆を犠牲にしてしまった。
この罪は、全て僕自身が背負うべきものだ」
罪の所在は、僕にある。だから、犠牲を出してしまった責任は絶対にとらねばなるまい。
そんな僕の言葉から内面を読み取ったのか、ジョーカーは暫し考えてから、訊いてきた。
「お前……人間と敵対するつもりか」
「ああ。今までの僕の甘さが、今回の失態を招いた。これまでのように、人間と魔族が分かりあえるなどという絵空事は金輪際言わない」
僕の返答に、ジョーカーは少しの間押し黙り、それから滔々と語り出した。
「……俺の敵対する男――カオスは、この世界を混沌へ還そうとしている。
現状を見る限り、奴はその為の手段として、魔界と人界を全面衝突させる気だろう。
カオスとの戦いでダメージを負っていたとは言え、この俺をかなり疲弊させるほど人界の兵士の戦力は高い。
そして、お前ら魔王軍も彼らに匹敵、いや、それ以上の力を持っているだろう。そんな両者が激突すれば、この世界は確実に崩壊する。
それに、アレスの発言から察するに、この世界には元になったモノがある。ならばこの世界は、本来辿るべき道がしっかりとある世界だ。
そういった世界は、少しの歪みで崩壊しやすい。秩序立った筋書きのある世界にとって、それを大きく乱す混沌は、致命的な
それは、荒唐無稽な話だった。
だが、このジョーカーという男は、下らない嘘を吐いたりするタイプには見えないし、まして妄想と現実の区別がつかない狂人というわけでもなさそうだ。
ならば、この突飛な話の中にも、一片の真実が隠されているかもしれない。だとすると、僕の取るべき行動は――
「なら、戦いを長期化させなければいい。確実かつ迅速な手で人界を落とす」
これが、最適解だろう。もとより、戦乱を長引かせるつもりはない。
戦争が長期化すればするほど犠牲者は増える。
短期間で一気に攻め落としてしまえば、その一時の死傷者は多く出ても、長期的に見れば犠牲を減らせるはずだ。
しかし、ジョーカーは首を振った。
「戦力が拮抗している以上、それは不可能だ」
「そうかもしれない。
だけど、だからと言って何もしなければ、人界側に策を練る時間を与えてしまうだけだ。魔族を守る為には、人間を何とかしなくちゃならない」
――正直に言って、世界が崩壊するなどと言われても困る。
何よりも目下の問題、人界への対処を優先すべきだ。
今回の事で勢い付いた人界は、これを好機と見なし、迅速に侵攻の準備を進めるだろう。こちらもそれに備える必要がある。
どの道戦争は避けられないのだ。ならば、叩かれる前に叩くのみ。ただ相手の出方を待っていては、敵のペースに乗せられてしまうだけだ。
「そうか……」
僕が自分の意見を絶対に変えないと悟ったのだろう。ジョーカーは残念そうに呟いた。
正直、僕達を助けてくれたジョーカーにそんな思いをさせるのは心苦しい。
そう思い、僕は謝罪の言葉を述べる。
「すまないな。貴方は命の恩人だ。本来ならば言うことを聞くのが筋なのに……」
「いや、お前が謝る必要はない。
正直言って、俺も今考えていることが当たっているかどうか確信はしていない。俺がこう助言しているのも、カオスの掌の内かもしれないしな。
奴が黒幕である以上、確実に信じられることなど何一つない。
何せ、世界を丸ごと創れるような奴相手だ。どれほど思惑を巡らせても、まるで出し抜ける気がしない。
そして、何も信じられないのなら、結局は自分の判断を信じるしかない。故に、俺の発言に簡単に惑わされないお前は、むしろ頼もしい」
優しい声色でジョーカーは言った。そう言われると、尚更心苦しくなる。
いっそ、罵ってくれたほうがこちらとしてはありがたいのだが……しかし、この男がそういう事をする人間でないことは、この短い間でよくわかった。
それにしても、今のジョーカーの言葉。少し気になる部分がある。それは――
「世界を丸ごと創った、か……。もしかしたら、あの時のアイツは……」
あの時。すなわち、僕の前世にて。
僕はある男に殺され、この世界に転生した。彼は僕がこの世界に魔王として転生する事を知っていた――というか、そう仕向けたようにみえる。
そして、あの男のイメージはあまり良くない。
さっきのジョーカーの言葉。そこから察するに、そのカオスという男は、世界を創るほどの絶対的な力を持っていて、かつ、自分で創った世界を崩壊させたいような倒錯的な異常者。
何と言うか……僕を殺し、転生させたあの男の人物像と、一致しているような気がするのだ。
「どうした?」
「ジョーカー、貴方は、前世の記憶を保持したまま、別世界に転生したって言う奴がいたら、信じられるか?」
正直、唐突にこんな事を言っても信じてもらえるとは思えない。
しかし、先に荒唐無稽な話をしてきたのは、ジョーカーの方だ。だから、彼も真面目に答えてくれるだろう。
「信じるも何も、俺はそういう奴とも何度か会ったことがある。何せ俺自身、数多の世界を渡り、多くの人と会ってきたからな」
その言葉には、不思議と驚かなかった。
多分、この男は何かが違うと、本能で感じ取っていたのだろう。
そして、それならばこちらも気兼ねなく話せる。
「それなら話は早い。僕は、その類の人間だ」
そう告白し、それから僕は、前世で死の間際、謎の人物に殺されたことを話した。
「なるほど……。そいつはたしかに、カオスっぽいな。しかし、だとすると……」
ジョーカーは少し考え込み、そしてこう質問してきた。
「この世界について、前世で何か情報を持っていたか?」
そう訊かれて、僕は前世の記憶をひねり出す。しかし、あまり有益な情報は出てこなかった。
「何も。強いて言うなら、前世の世界からすると、この世界はゲームやらファンタジー小説やらでありそうな世界観ではあるかな」
「ようするにここは、お前の前世の世界における創作物で描かれそうな世界だってことか……」
「ああ」
会話が途切れる。
まあ、こんな答えでは、ジョーカーの助けにはなれそうもないか。そんな風に思っていたのだが……
「そうか、そういうことか……っ!」
唐突に、ジョーカーは手を打った。
そして、早口でブツブツと何かを呟く。
「この世界は、こいつの前世の世界にあった、何らかの創作物の世界を再現したもの。
そして、その世界にいた奴ら数人をカオスは殺した。その魂を、この世界の何人かの肉体に転生させたのか。前世の記憶を植え付けた状態で。
その中には元の物語を知っている者と、知らない者がいる。前者はアレスやあの女、後者はお前か。
アレスや女の反応を見る限り、もしかしたら、あの女を助けた男もそうかもしれないな……」
「……?」
よく聞き取れず、僕が首を傾げると、ジョーカーは上機嫌に返答した。
「いや、お前のおかげで何となく見えてきた。有益な情報、ありがとな」
「そんなに役立つような事は言っていないと思うけど……まあともあれ、参考になったのならよかった」
「ああ、本当に参考になった。それと、俺はしばらくこの書庫にいるから、何かあったらすぐに呼んでくれ」
「……わかった。いろいろとありがとな、ジョーカー」
「礼を言われるようなことは何もしていない。むしろこちらが礼を言いたいくらいだ」
「何と言うか……本当にいい人だな、貴方は」
「そりゃあこっちの台詞だ」
そんな風に話した後、僕はショコに声をかけてから、書庫を出た。
ジョーカーにはああ言われたが、やはり僕は人界との決着を優先すべきだ。その為に、僕は行動を開始した。
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