第二十四話 ヴァサゴ――シュヴァルツ
現在、僕達は武器を取り上げられたうえで縛られ、ヴァサゴの前に突き出されていた。
加えて、ヴァサゴの配下が僕の喉元に槍を突き付けている。
こちらに怪しい行動を一切させない為だろう。
経緯としては、ごく簡単なもの。僕達が人界に行っている間にヴァサゴがクーデターを起こして魔界を乗っ取ったのだ。
そして僕達は、帰還するなりヴァサゴの配下たちに囲まれて、こうして捕らえられたわけである。
「よお、シュヴァルツ。甘言に騙されて痛い目見てきた挙句、国が乗っ取られていた気分はどうだ?」
挑発的にヴァサゴが訊いてくる。対して、僕は嘘偽らずに答えた。
「ああ、最低の気分だ。自分の甘さに反吐が出る」
理想なんかに縋り、愚かな判断を下した所為で多くの臣下を失い、むざむざ撤退してきた。
ヴァサゴが僕に愛想を尽かすのも、当然と言えるだろう。
そんな意味を籠めた僕の返答だったが、それを聞いてヴァサゴは目を丸くした。
「おまえ……」
ヴァサゴはそのままこちらに歩いてきて、僕の顔を覗き込む。
「へぇ……魔王らしい、良い目になったじゃねえの」
今までに聞いたことのない声色で、ヴァサゴが言った。
そこに含まれているのは、いつもの嘲弄や呆れではなく――期待、だろうか……?
その真意がわからず、僕は訊き返した。
「そうか?」
「ああ、前より幾分マシだ。だが、まだ足りないねえ……」
「足りない……か」
そこで、何となくわかった。
ヴァサゴは、僕を値踏みしている。
僕が嘗ての愚かで甘い自分のままなのか、あるいは、魔界を統べるに足る覚悟を持った王なのか。
前者であれば、ヴァサゴは僕のことを容赦なく切り、後者であれば投降する気か。
思えば、ヴァサゴはずっとそうだったのかもしれない。
僕が馬鹿げた理想を述べる度に、彼は決まって僕を嘲笑っていた。だけどそれは、僕が不甲斐なかったからなのだろう。
ヴァサゴは、何よりもこの魔界の事を大切に考えていたのだ――こんな僕なんかよりもずっと。
だから、僕が魔王に相応しい男か、彼は試している。
だったら、僕も覚悟を示さないと。今までのように口だけの理想論ではない。言葉ではなく、行動で示さなくては。
そう思い、僕は――
「なら、これでどうだ?」
そう言って、即座に動いた。
そうはさせまいと、僕に槍を突き付けていた兵士がそのまま喉元を貫きにくる。
反抗の意志を見せた相手は、迅速に殺す。なるほど、さすがヴァサゴの配下だ。よく訓練されている。
だが、その動きは想定内だった。無駄のない動きで僕を突いてくる槍の穂先。僕はそれを紙一重で避け、その柄に噛み付き――槍ごと、兵士をこちらに引っ張った。
「……ッ!」
練度の高さが仇となったか。
僕の突飛な行動に驚きつつも兵士は槍を離さず、故に綺麗に引っ張られてしまい、僕の体当たりをもろに喰らった。
「ガッ……」
兵士を昏倒させた後、口に加えた槍を背中側に回し、僕の後ろ手を縛っていた縄を、その穂先で斬った。
「いくらボロボロの状態とはいえ、この程度で僕を拘束できると思ったら大間違いだ。
喉元に槍を突き付けられようと、後ろ手を縄で縛られようと、関係ない」
周囲の魔族たちがどよめく。
だが、唯一人、ヴァサゴだけは動揺の一つもせずに、こちらを見据えていた。
「そりゃあそうだろうよ。
だが、これまでのおまえだったら、今みたいな乱暴な場の切り抜け方はしなかった。そして――それがおまえの欠点だった。
強い力を持っていても、それを行使しなければ誰も畏れない、怯えない。
だからこそ、その強さには意味がなかったが……クク、ここにきて、ようやくわかってきたじゃねえの」
クックと笑って、ヴァサゴは言った。
「で、次はどうすんだよ、シュヴァルツ」
期待するようなこの言葉。
ヴァサゴの望む魔王であれば、ここで行うべき事はただ一つ。
反逆者の粛清。クーデターを起こした首魁を赦すなど、魔王としては甘すぎる。
だが、それは――
いや、迷ってはならない。ヴァサゴは、疾うにその覚悟が出来ている。
ここでまた僕が甘い決断を下せば――それこそ、ヴァサゴに対する最大の侮辱だ。
だから、僕は言い放った。ヴァサゴの望む、強き魔王である為に。
「無論、反逆者には、罰を与える」
迷いを振り払い、僕は手にした槍で、ヴァサゴを突く。
対して、ヴァサゴは自らの武器、痛みの鎌で応戦した。
「……!」
槍が折れる。当然だろう。痛みの鎌は特別な呪具だ。何の変哲もない槍など簡単に壊せる。
あるいは、魔剣であれば対等以上に戦えるのだが……しかし、ここに連行される際、魔剣は回収されている。
この戦いで勝たねば、取り返せないだろう。
「おらおら、どうしたシュヴァルツ……!」
ヴァサゴがさらに鎌を振るってくる。
彼の持つ痛みの鎌には、斬った対象の苦痛を何倍にも増幅させる効果がある。
つまり、少しでも触れれば、掠り傷ですら凄まじい痛みに変わってしまうのだ。故に、あの鎌に触れるわけにはいかない。
しかも、今は勇者との戦闘の傷が癒えていない。
あの鎌で斬られれば、もともとあった傷の痛みまで増幅してしまう。
ただでさえ立っているだけで辛いこの痛みが何倍にも増幅されたら、もう一巻の終わりだ。
しかし武器のない現在、あの鎌を受けきる事など到底できない……っ!
「ほらほら、避けてばっかりじゃあ話にならないぜ!」
ヴァサゴの猛攻が続く。
このままでは埒が明かないな……。ならば、仕方がない。
僕は、避けるのではなく、前に出た。
「な……っ!」
ヴァサゴが驚いている。それはそうだろう。
僕は、自らの左腕で鎌の攻撃を防いだのだから。
「く……っ!」
当然、凄まじい痛みが僕を襲う。本当に、意識を保っているのが精いっぱいだ。
だけど。こんなものは。
自分の所為で多くの仲間が命を失った。あの時の痛みに比べれば。
痛みの内になど――入らない。
驚いているヴァサゴに拳を叩きこんだ。
そしてそのまま、ありったけの魔力を放出する。
「ぐはッ」
ヴァサゴは、その場に倒れた。
痛みではなく、完全にダメージによるノックアウト。
あまりに捨て身で、魔王らしくない戦い方だったかもしれないが――ともかく、これで勝ちだ。
「これで終わりだ、ヴァサゴ」
必死に痛みを抑えこみながら、僕はヴァサゴに告げる。
しかし、ヴァサゴは首を振った。
「いや、まだだ」
残っている甘さを全部捨てろと。
ヴァサゴは真っ直ぐ僕の目を見つめ、訴えていた。
「とどめを刺せ、シュヴァルツ」
その強い眼差しに、だからこそ僕は躊躇してしまう。
「言っただろう、まだ足りないものがあると」
それでも、ヴァサゴは言葉を続ける。
中途半端はしない。自らの命を失う事よりも、自らの筋を通す事が大事だと。
言葉ではなく行動で、ヴァサゴは僕に示した。
「やれ!」
ヴァサゴの声が響く。
それは、強い意志の籠められたものだった。
ならば、ここで躊躇うのは違う。それは、ヴァサゴに対する侮辱に他ならない。
故に、僕はしっかりとヴァサゴを見据え、とどめを刺した。
目を逸らさず――彼の死を、この目にしかと焼き付けた。
「ハッ、それでいい。やりゃあ……できるんじゃねえか……
魔王様、と。
やっと認める事が出来たかのように、安らかな笑みを浮かべ、ヴァサゴは絶命した。
ありがとう、と言おうとした口を必死に押しとどめる。
それを口にしてしまったら、ヴァサゴの望む魔王から、元の僕にまた逆戻りだ。それだけは絶対に避けねばならない。
僕はただ、謀反を企んだ愚かな反逆者を誅しただけ。そう思うのが、ヴァサゴの掲げる強き魔王だ。
「魔王の座は再び我が手に戻った」
完全に、切り替わった。ただ理想に縋る愚かな自分から、魔族を統べる、冷酷無慈悲な王に。
「これより、僕は魔王として、長きに渡る人界との戦を終わらせると誓おう。無論、魔界の勝利という形で」
血に濡れた手を掲げ、宣言する。
この日から、僕は本当の意味で魔王となった。
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